第5話 スフレ死亡

「老人が魔力で魔物だとばれてしまい、かばう形でスフレが死にました。」


スフレ結構強そうだったけど、やはりというか、勇者の方が強いのか。貴重な戦力が…。


「老人は?」


「無理矢理、身体能力を上げ…。」


見つけた。すごいな、生殖器だったものを尻尾のように使い、木々の上を異常な速度で逃げている。まじで猿だな。


「確認したよ。無事逃げられそうだね。」


スフレは脳にスライムの影響が入ったが、ほぼ純粋な人間だ。勇者一行もわかったようで、死体を大事に扱っている。うわあ、スフレの頭が陥没して、鼻血が…。


「勇者の固有スキルは、『時間停止』のようです。」


なになになに、固有スキル?


「なんでわかったの?」


「はい、勇者はスキル使用時にスキル名を口走るので、容易かと…。」


羨ましいような羨ましくないような…。いいや、羨ましいね!スキル名は恥ずかしいから叫びたくないが、叫ばないといけないなら、大義名分があるのならかっこよく叫びたい欲はある!


そう、恥ずかしい事でも少し興味があったりするやつ。


果たして、自分が女装したらかわいいのだろうか?男装したらかっこいいのだろうか?演劇をやることになった時、ヒーローやヒロインを周りから冗談ではなく真剣に熱望されたら!?


俺はやりたいと思うね!嫌がりつつ、最後にはノリノリになっているね!


「魔王様。」


「失礼考え事をしていた。時間停止って言ったけど?」


「はい、勇者が叫んだ直後、スフレが死にました。間違いないかと。」


時間停止ね…。


時間停止!?


無理無理無理、強すぎでしょ。なんでこんなところにそんなチートスキル持った人間が来てんですかって。


「魔王様、勇者はまっすぐにこちらに向かっております。申し訳ありません。私たちでは時間稼ぎすら十分にできるかどうか…。今すぐお逃げください。」


スライムの表情はわからないが、言葉の端に決意を感じる。ここに居る戦力のほとんどはスライムが遠隔で操作が可能だ。俺と逃げても時間稼ぎは可能だろう。だが…問題となる先ほどまで嬉しそうに子供を報告していたゴブリンが真顔になっていた。生まれた子供は…なんかもう大人になってる。


核を持たず、自我を持ってしまった彼らゴブリン。各々の判断で行動が可能というのは素晴らしいことではあると思うが、残念ながら彼らとは遠隔でコミュニケーションをとることができない。スライムとネズミは俺が作成した核を通して遠隔での連絡を可能にしていたようだ。


彼らを置いて行くか連れていくか。時間稼ぎをするなら既に100を超えそうな勢いで繁殖を続けている彼らの物量は大いに役立つだろう。逆に連れていくならば大きな足かせとなってしまうだろう。彼らは置いていくしかない。しかし、彼らの知能を鑑みるならば、置いて行っても期待した効果が得られるかどうか。


「魔王様、後はネズミに任せます。私は残りますので、どうかお逃げください。」


言いにくいことを…。この場にスライムが残ることで、できることが大幅に増える。当初の目的であった、新人類計画。老人が生きていることもあり、戻ってきた老人にスライムが寄生しなおせば、流暢に会話や思考をすることが可能だろう。スライム人間の操作は、どうしても人間味がかけてしまう。無理であっても、勇者らの情報を俺へと共有することができる。ゴブリンには無理だが、スライムならば可能である。


順調かとも思ってたが、そんなことはなかったようだ。


「…勇者が丁度目を閉じて眠りだした。今日はもう休むみたい。勇者が起きる前には方針を決める。各自自由にしてくれ。」


「承知しました。」


こんなことなら異能バトル系もっと見とけばよかった…。大体時間を止める能力と主人公が戦うじゃないか。それこそ物語の終盤で。


興味がなかったから序盤の異能バトルしか知らないって…。力が人より強いとか、物動かせるとか、その程度にしといてくれよ…。


俺は少しでも情報がないかと…いいや、違うな。動き出したら俺殺されかねないし、怯えていたのだろう。感情がめちゃくちゃのまま、眠りにつく勇者を見張った。


今逃げてもいずれ戦うことになる勇者。先延ばしにして何か解決するのか?いっそ今寝ているうちに殺せないか?


…殺せるくない?


思った瞬間、ばれたのだろうか、勇者がむくりと起き上がった。早すぎだって、10分寝たかどうかだろ。勇者が立ち上がると、他の4人が眠りだした。まだ動かないようだ。ひとまず安心か?


それにしてもスフレを殺した直後にすぐ寝るってどんな神経してるんだ?寝ようと思っていた矢先にスフレと接敵したのか?


だが時間帯は朝、今眠りについているということはつまり夜通し歩いていたということか?夜に寝なかったのに、今になって寝る。タイミング的にはスフレを殺した直後。…いや、時間停止した直後か?


先に寝たのは勇者、すぐに起きて他が寝た。10分経った今でも他を起こす気配のない勇者。眠そうに武器を握って欠伸をするのみ。


屈強な4人と勇者1人。釣り合ているとは思えない見張りの数。勇者が時間停止できるのなら妥当な数か。


「スライム。老人はなぜ生きてる。」


老人が原因で襲われたのだ。庇ったスフレが死んで老人が生きているのは違和感しかない。


「いえ、あの人体は既に死体です。分体についてでしたら、頭を強打されたため脳に居た分体は死にましたが、胃の中に居た分体が生きていたので、拾い上げて逃亡を図った次第です。」


そうだ、脳を食ったんだったな。全てのスライム人間の体内には少なくとも2体のスライムが住んでいることになる。食ったら成長せずに分裂してしまうハズレ能力に助けられるとは。


「…追ってはこなかったのか?」


「取り巻きが追ってきましたが、森へ入ったあたりで諦めて引き返しておりました。なぜ時間を止めなかったのでしょうか…?」


時間を止められるなら老人が頭を拾った時に再度時間を止めたんじゃないのか?殺したいならすぐにでも追いかけるはずじゃないのか?人間であるスフレを殺すぐらいには殺意があったはずだ。時間を止めない理由がない。


仲間に任せていただけの可能性もある。だが、そんな事する必要…!


「おい、スライム!」


老人がいつのまにやら勇者の近くまで来ていた。そうか、俺が逃げずに考えているのを見て、少しでも情報を得ようと動いていたのか。全く気が付かなかった。


「時間停止能力を安全に確かめる機会はなかなかありませんし、選択肢を増やせるかもしれません。魔王様が認識されている今であればその価値も跳ね上がるかと。老人の損傷した頭部や道中の獣を消化して、予備の分体も複数生成しました。」


情報収集?負け戦など誰が好む?やるなら徹底的にだ!


「勇者が立ち上がった。魔力の所為かな、もうばれてる。分体を体内に均等に配置しろ。密集しすぎている。」


胃に集中する分体を指摘すると、すぐに肩やももへ分体を移動させる。うん、戦闘に支障がない部位への移動。ナイスだが…。


「相手は人間だ、魔力を辿られる。もう一度分体を配置し直しながら、一部分体を液化しろ。そこ、ももにしよう。ほか、分体の無い部位にあからさまに魔力を集めろ。」


「承知しました、魔王様!」


面白くなってきたな!さあ、勇者、最弱スライムにどう戦いを挑むよ!!


「時よ…止まれ。時間停止。」


悲しそうな表情から、ぼそりと呟かれる。うっわ。時間停止じゃないと意味がないのに、余分な台詞が付け足されてる!


恥ずかしさもあったが、一瞬で老人の背後へと移動した圧倒的な力に、停止した後にやる必要のなかったであろう武器を振り下ろして血を払う姿に、感情が溢れてしまう。


「かっこよ…。」


「ま、魔王様?」


手に持っているのは金属バットか。


案の定、魔力の固まる箇所全てが全て、はじけ飛んだ。停止中によく狙って攻撃しているのだろう。精度が高く、無駄がない攻撃だが裏目に出たな。


「分体は残ってるか?」


「はい、魔王様!2体残りました!」


スライムめ、もも以外も液化して隠していたな?


「液化した1体を体外へ吐き出し、もう1体ですぐに老人の肉体を回収!どんな形でもいいが、老人の体を使って勇者の横を走り抜けろ!」


他の分体は残念だったが、これで寝ている4人から勇者を引き離す。さて、どうでる!


スライムはぐちゃぐちゃの肉塊に残っていた手足をそれっぽく引っ付けて転がるように走り出した。流石に体の持ち主への冒涜過ぎて申し訳なくなる。


「クソ!なんで生きてんだよ、この…化け…物!」


勇者は焦ってバットを振り下ろす。コオーンと、綺麗な音が鳴り、不運にも老人だったものが動かなくなる。スライムを見ると首を振る。クソ!老人を逃がすことができなかった!勇者の魔力を見つける能力が厄介すぎる。


「まだだ、直ぐにスフレに寄生させろ!道のわきによけてある。この距離なら停止を使われない限り間に合う!」


「しかし、時間停止を使われては…。」


そういいつつも液化していた分体は、打てば響く様にスフレへと飛んでいた。


「どのみち死ぬ!使われない方に掛ける!」


小さな丸い体から跳ねるように移動するのを祈りながら見守る。勇者はすでに気が付いて、スフレの元へ走り出している。だがこの距離は間に合わない。時間停止は…。


「寄生できました!」


やはり1日1回のような制限があったのだろう。追わずにすぐ寝て起きたのは1日の終わりを睡眠と定義していたとか、そのあたりなのだろうな!


「よし!殺せ!!」


突然起き上がった死体を見て悲鳴を上げ尻餅をつく勇者。スフレの死体がすかさずバットを踏むと、もう片方の足を勇者の頭を蹴るため大きく後ろに引く。勇者も反応してもう片方の腕でガードするが、多大な労働を重ねた密度の高い脚は勇者の頭を腕ごと千切った。


「よくやったスライム!!」


時間停止能力を持った勇者が死亡した。歴史上、勇者が魔物に殺されたのは今回が初めてのケースだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る