第3話 最初の指示
俺はネズミに村のネズミを全て集めるよう命令した。
「この村からの移動ですか?その程度であれば可能です。」
次の作戦の前準備のために、全てのネズミを移動させる。目的地は国だ。
次にスライムに分体の指示を促す。
「地下ですね。」
村の井戸の水にスライムを混ぜる。ターゲットは井戸の多い村。3つもあるところは、ろ過や他の水源を利用するはずがないと判断できる。だが、これだけでは怪しかったため、分体にはあらゆる生き物の排泄物を吸収させてから送り出した。こういう汚い仕事に抵抗がないのは、魔物だからなのだろう。
いい所はほかにもあって、スライムの操る液体は、意図的に吸収しないと混ざらないことだ。混ざらないということは、分離しないとも言い換えられる。ようは液体の状態の保持が可能だということだ。本来ろ過されるはずのばい菌を直送できる。
これにより、じわじわと村の人間が弱っていき、動けるものがいなくなるはずだ。
最初は村に張られた結界を超えられないのではないかと考えていたのだが、ネズミがすり抜けることができたように、魔物として定義できないほどの脆弱な存在は通過できるのだとか。もちろん、液体となったスライムも当然通過できた。蛇足だが、死んだ魔物も0ではないぐらいには魔力を保有しているらしい。
また、勇者の持つ魔剣などの道具は、死んだ魔物同様の微弱な魔力を帯びていて、実際使うときに人間の魔力で活性化するのだとか。もともとは最初から強力な魔力を帯びた武器や道具もあったようだが、地方だけでなく都心であっても、魔物の対策として結界を使用しているのだとか。
そのため、結界の通過時に毎回警報を鳴らされたり、最悪攻撃を受けるのは問題であると考えられ、今の装備品は既定の魔力値を超えないという制度になっているんだと。雑魚であることも悪いことばかりじゃない、か。
第一関門を突破して安堵した数日後。
別の問題が発生。回復や浄化の魔法を使う人間が出てきた。
失念していた。前の世界より数世代も遅れた文明と侮っていた。
「回復魔法は効果は薄く、水を浄化する方法がよいという会話を聞きました。」
このネズミ、思った以上に役に立つ。俺は魔法による治療行為を確認しただけだったため、作戦が失敗したと考えていた。村に他に害獣などがいないかという調査を言い渡していたのだが、いい誤算だ。
「効果が薄いってのは?」
「はい、腹痛や発熱等の症状の緩和などはできるようですが、原因となっている液化した分体の対処にまで至っていないようです。」
「人間だって水に浄化を行って、効果を確認してるんだろ?体内のスライムに浄化を行われてるんじゃないのか?」
「浄化を行っている人もいましたが、根本的な解決になっていなかったかと…。我も理解が及びません。事実の羅列になり申し訳ありません。」
ネズミは現時点まで行っていた攻撃は爪痕を残したことを報告してくる。
「浄化の作用を見誤っているように感じます。浄化は攻撃の一種です。」
ネズミと俺のやり取りを聞いてスライムが話し出す。知識量や知能はスライムが割と頼りになる。その透明な体のどこに思考能力があるのだろうか。
「知能の低い生物へ向けた攻撃であり、水に効果があったのは水中に混ざった液化した分体とそれに含まれていた細菌を一掃したからだと思われます。」
「それで?」
ならばより体内にある分体を倒せなかった、または細菌を手に負えなかった理由がわからない。もしかして、人体の善良な細菌と、有害な細菌の見分けがつかないのか?
「現在、分体は人間という生物に守られるような形で体内に存在しております。」
「ん?」
「人間は基本浄化の魔法の対象にはなり得ません。よほどの賢人…例えるならば、魔王様が愚かな人間に浄化の魔法を放てば可能かもしれませんが、その場合、先に人間が絶命するでしょう。」
つまり人間が盾になって、体内まで浄化が届かないのか。
「私は毒に対しての完全耐性を持っておりますが、分体らはそうではありません。加えて、液体となった分体はほとんど耐性がないと考えてよいかと思われます。」
「ほう。」
とりあえず相槌だけうつ。
「排泄は時間の問題かと。」
しまったな。病気になっても回復魔法によって体調は回復してしまうため、排泄までに死に至ることはないだろう。所詮爪痕、かさぶたになってはがれるだけ。結局効果なしか…。
飲料水の汚染から安全で華々しい初陣と行きたがったが、難しいようだ。つくづく人間という種の強さを痛感する。前魔王は本当にこの種族と戦えていたのか?
スライムとネズミは少し悔しそうにしていた。この数日、こいつらは俺のために十分な働きを見せてくれた。
クソ、人間が苦しそうに腹痛を訴えているのを見ていることしかできないのか…。
「井戸の汚染はもういい。」
「…魔王様!まだ策はあるのですよね!?我々が国へ向かったということは次の手をお考えになっているということですよね!」
「少し黙りなさい!魔王様が作戦を失敗したと言っているようなものでしょう!」
空気が重い。打つ手なし。だが俺は魔王だ。こういう時こそ、堂々としなければな。とりあえず何か声を掛けようと咳払いをすると、慌ててスライムが話し出す。
「で、では、浄化される前に呼び戻しますね!」
最初はどっちが話してるのかわからなかったが、今はわかる。区別がつくぐらいには仲良くなったということか。
「呼び戻す?」
「はい。少ない戦力ではありますが、無駄にはできません…が、呼び戻すべきでないとお考えですか?」
井戸にまだ向かっている液体を?いや、一度手を離れたのなら魔力がないとだめだっていってたよな。
「液化した分体のことであってる?」
「はい。再度魔力による干渉を行い命令が可能です。」
「…井戸の分体だよね。結界は?」
結界に阻まれるんじゃないのか?
「魔力を妨害する結界は人間も意図的に作成可能ですが、分体への再接続程度の害意の無い魔力を防ぐほどの結界はこの世に存在しないと思われます。実際、魔王様の魔力や、液化した分体、ネズミが結界を通過しております。」
おお、博打ではあるがまだ希望はある。
「呼び戻すな。これから攻撃に転じる。」
俺はスライムに液化した分体全ての再接続を要求する。
「よろしいのですか?魔物が発生したことがばれるのは勿論ですが…その、申し上げにくいのですが…仮に奇襲であっても私の分体では1人の人間すら…。」
「魔王様、スライムの分体は十分な働きをし、まだ利用価値があると具申いたします!威力偵察であれば我が参ります!」
ぷよぷよと不安そうなスライムを庇うように前に出てくるネズミ。どうやら、この作戦に少しでも価値を見出そうと、俺が無茶な特攻を命令しているように聞こえたようだ。
「落ち着け、狙っているのは人間の体内にいる分体への再接続だよ。」
「体内の分体でしょうか?可能でしょうか?人間の体内となると…。」
「俺もわからないが、分体の入った人間は今どうなってる?」
スライムとネズミが声を上げる。
「仮に人間が結界を常に展開していたとしても、床に伏している状態であれば話は変わってくるでしょう。流石魔王様!」
「ほかの分体は危険だから、安全な場所で退路の確保をするよう指示をだして。」
「人間内の分体には体内からの攻撃を言い渡せばよいでしょうか?」
「いや、脳の消化を…同時に行うよう命令しろ。同時だ。」
「承知しました。」
「タイミングは負って指示する。」
スライムは能力を吸収することはできない。しかし、消化したものを主軸とした粘性のある液体を排泄物として生成が可能だ。イメージ、脳にスライムを住まわせてパラサイトできればと考えているが…。
無理だったとしても、体内に潜伏した分体が全滅することを防ぐべく、同時に実行させることにした。体外に分体を待機させることで、そこまで逃げることができれば安全だというラインを作らせる。ネズミの方が知っているだろうが、指示を出すのはスライムだ。百聞は一見に如かずというもの。
それにネズミには別の仕事をしてもらう。
数日後。村で腹痛を訴えたほとんどの人間が姿を消すという奇妙な事件が発生した。
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