5.風に吹かれても


 バッテリー交換した強化外骨格パワードスーツを地面に広げ、リクライニングシートの形状に変えて七菜子を座らせた。

 バスローブで身体を覆い、「お疲れ様です」と声をかけてバニラクリームを挟んだビスケットと飲み物を渡すと、トレーラーに向かった。


 振り返ると、七菜子は軽く目を閉じ、風の音を聞いていた。

 鼻孔も膨らんでいる。

 夕陽が少女のうぶ毛を暖かく照らし、頬や肩の輪郭を仄白ほのじろく輝かせた。


 武村は同じ場所にいた。


 私は運転席に腰を下ろすと、ダッシュボードに放置された空のペットボトルを、念のために足もとに隠した。

 運転席は完全防音だが、七菜子はペットボトルの表面の振動を眼で見て、それだけで大まかに音声を認識することができる。


 隣にいる武村に「お前の銃を見せろ」と命じた。

「そんなことより…」

「いいから見せろ」


 銃を取り上げると、持ち主の頭に当てた。

 武村は驚きと、それを上回る怒りを露わにしたが、私は構わず続けた。


「今から彼女に謝るんだ。反省してます、と言え。敬語で、丁寧に」

「なんで…」

「そうしないと頭が吹き飛ぶからだ。時間がない。早くしろ」

「冗談じゃない!

 彼女は俺を撃ったことを謝るんですか?」と武村がにらみ返してくる。


 無傷でピンピンしてるくせに、まだそんなことを言ってるのか。

 怒りがこみ上げてきた。


「撃たれただあ?」


 安全装置を解除し、トリガーに指をかけた。

「分かった。俺が謝ろうじゃねえか。

 本当に申し訳ない!」

 武村の頭を狙って、遊びの限界までトリガーを引き絞る。


「ちょっと待ってください!」

 武村は両手を上げた。




 私たち二人は七菜子のところに行き、武村は頭を下げて謝罪した。

 私の指示で、武村は七菜子を背中におんぶしてアイソレーション・タンクに運んだ。


 七菜子は、「まだいたのか?まあ、いいや」とだけ武村に言うと、タンクに沈んでいった。

 酸素ボンベや様々な太さのワイヤー、点滴のカテーテルが少女にまとい身体に潜り込んでいった。


 タンクが閉鎖されると、「脅して悪かったな」と私は武村に拳銃を返した。


「管理官に報告しますよ」

「好きにしろ」

「彼女があんな態度なのは、甘やかされたからじゃないですか?」

「そうだ」

「欠員補充できないのは、彼女のせいだけじゃない。

 言いたくないですけど…

 お二人、どっちもどっちですよ」

「全くだ」

「呆れた」と武村は絶句した。


第七感覚セブンス・センスが何か知ってるか?」

 私から質問を投げかけた。


「…あの化け物みたいな視覚、聴覚、嗅覚…」

「つまり五感。それと?」

「三半規管ですか」

「そう。

 弾道ミサイルに搭載するジャイロと加速度計。あれ並みに発達してる。

 だから、真っ暗闇で動き回っても自分の位置と姿勢が分かる。

 絶対的な空間把握が第六の感覚だ。

 じゃあ、最後の七つめは何だ?」


「…それこそ“カン”ってやつでしょ?」

「時間だ。

 彼女には正確無比な体内時計があって、感覚記憶を時間軸で統合できる。変化そのもの、“違和感”ってやつを常に感じている」

「確か、差分解析でしょ?

 本当かどうか知らないが、音波の位相差から植物の成長まで“感じる”んだとか…」


「そう。

 その能力と引き換えに、短期記憶がない。

 …つまり忘れられない」


 人間の記憶は階層構造になっている。

 大まかには、一秒程度の感覚記憶、数分程度の短期記憶、一か月くらいの中期記憶、そして長期記憶だ。

 階層のふるいにかけることで、必要な記憶だけを選別し、残していく。


 忘れるというのは、脳を守るために、極めて重要な機能だ。


 だが、セブンス・センサーズには、中期記憶と長期記憶しかない。

 見たもの、聞いたこと、匂い、味わい、触れた感覚、それらすべての記憶を少なくとも一か月、忘れることができない。


「辛いんですか?」

「俺にはわからない。想像できない。

 だが、あの子たち専用のアイソレーション・タンクが開発されるまで、生後数か月で衰弱死していた。

 そういう子たちだ」


「辛いんでしょうね?」

「分からない。

 でも、死ぬほど辛いんだろうな」


「彼女をおぶったとき…」

「なんだ?」

「軽くてびっくりしました」

「そうか…

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