4.地下トンネルの闘い


「…なあ」

「はい」

「さっきのアイツな?」

「ええ」

「…言い過ぎたかな?」

「いえ。大丈夫ですよ」

「そっか。お前、

 …あたしから解放されてよかったな?」


 とっさに意味が分からず、私は彼女の顔色を伺った。

 どうやら、武村が私の後任者だと勘違いしたようだ。


「いえ。彼は欠員補充です」

「…ケツイン?」

「規則で決まってて。

 本当は、俺を含めて支援要員が三人いるはずなんです」

「…そっか」


「俺たちは働き過ぎなんですよ」


 徐々にサーチライトの明かりが増す中、七菜子の頬に血の気が差すのが見えた。


 実際のところ、七菜子は優秀だ。

 強化外骨格パワードスーツを使いこなし、探知だけでなく、機動、攻撃、防御の能力を兼ね備えている。

 だから支援要員が私一人だけでも何とかやってこれた。


 トンネルの奥で動きがあった。


 暗く淀んだ水面を切り裂くようにシュッと白波が立ったのが攻撃の始まりだった。

 瞬く間に赤いうねりが押し寄せてきた。

 七菜子の拳銃が火を噴いた。


 ブラッドワームは水中を高速で泳ぎ、そのままの勢いで空中を跳ぶ。

 厄介なことに、さらにその先端からマズルを触手のようにうねり飛ばし、百メートルの距離を一気に詰めてくる。


 七菜子は、両手のデザートイーグルを撃ちまくり、十文字に金属牙を拡げて噛みついてくるマズルの先端を次々に撃退した。


 彼女が突然振り向いた。


 私の頭上に直径一〇.九ミリのAE弾を撃ち込むと、ブラッドワームの巨体がずるりと落ちてきて、私の目の前で水しぶきを上げた。


 暴れて危険なので、私は無反動砲を右肩に構えたまま蹴り飛ばし、同時に左手で拳銃を取り出し、中枢神経節を狙ってとどめを刺した。


 奴らは水没した線路に沿って潜行したり、天井の隙間を這い伝って私たちの背後に回ろうとしている。


 だが中核的コアな動きはトンネルの奥で起きている。


 それは、“マグマ”と呼ばれる。

 ブラッドワームがグルグルと絡み合い、それによって群体としてさらに巨大化し、トンネルを埋め尽くすほどの赤い塊となる。


 ドクドクとうごめく地底の赤いモンスターだ。


 “マグマ”が完成してしまうと、セブンス・センサーズであっても、そこから不規則に繰り出されるマズルの連続攻撃を防ぐことは困難だ。

 一気に何十という死の赤い軌道が降り注ぐことになる。


 こちらが隙を見せれば、溶岩流のように押し寄せて来るだろう。巻き込まれたら骨も残らない。


「撃ちますか?」

「ちょっと待ってくれ。赤玉マグマの中心がまだ見えねえ」


 七菜子は目まぐるしくワームを撃退しながら、“マグマ”が完成する間際を見極めようとしていた。


 彼女は無反動砲の射線とバックブラストを避けて、私の隣に立った。

 そして、膝を立てて重心を落とした私の肩に手を置いた。


「よし、数えるぞ。

 照準を修正、

 四時の方向、三〇センチ、

 …さらに五、

 よし。

 四、三、二、一、撃て!」


 地下トンネルに轟音が響いた。

 私が撃ったのは、フレシェット散弾だ。

 小さな翼を持った一千発の矢が射出方向に飛び散り、標的をズタズタにする。

 他方で、狙いを的確にすればトンネルを崩落させる心配もない。


 一瞬でブラッドワームの群体は真っ赤な体液を噴き出しながら散り散りになった。


 七菜子は生き残りを狙って撃ち続け、私もウージー・サブマシンガンに切り替え、彼女を援護した。


 ブラッドワームの駆除が終わったのは地下に潜って三〇分後だった。


 地下二階まで戻ると、七菜子の動きが鈍くなった。


「クソ!電池切れだ」と言うと、フロアをとぼとぼ歩き、強化外骨格パワードスーツを脱ぐと、イスの一つに倒れ込んだ。


 飲み物や食事を提供するカウンターがあり、奥にはソファーの席もある。

 かつては乗客が立ち寄り、コーヒーを飲みながら本を読んだり、パソコンで仕事をしたことだろう。

 夜になれば、仕事帰りの酔客や、語り合う男女で賑わったのだろう。


 今は、ホコリまみれだ。


 七菜子は虚ろな目で咳をした。


「どうぞ」

 私はしゃがんで背を向けた。


 だが彼女は、「ちがーう」と私の背中を蹴った。「抱っこだ」

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