エピソード7 浅草からの奇跡

アルバイトで浅草に行った日の事だった。

始めて行った浅草の風景は、映画で見ていた下町の雰囲気のまま懐かしさが漂っていた。仕事が終わり、浅草駅から電車に乗る。

浅草の路上の賑わいと違い、電車内はかなり空いていた。


たまたま座った席の隣に80歳くらいのお婆ちゃんがちょこんと腰を下ろしていた。

前の席に座る人達は仕事で疲れていたのか、ほとんどの人が寝ている状態だった。

その眠りについている人達の後ろの窓には、私とお婆ちゃんの姿が映し出されている。まるで同居家族の様に。


以前、私にも祖母と二人で暮らしていた経験があり、そのお婆ちゃんに自分の祖母の面影を重ねたのかもしれない。

だからこそ、なんとなく話し掛けてみたくなった。


「どちらまで行かれるんですか?」


「あ、私ですか?」


その小さくてか細い声が優しい人柄を醸し出している。


「井の頭線の〇〇駅です。」


それを聞いた途端びっくりして私は思わず声が出た。


「え?私もです!」


本当にこんな事があるんだと。浅草から乗って降りる駅が同じなんて、と正直かなり驚いた私は、一緒に駅まで行きましょうと、言葉を返した。

それからは、お婆ちゃんの昔話や、息子さんの話などをずっと聞いていた。

どうやら、一人暮らしでほとんど息子さんも顔を出してくれないらしい。

それは寂しいだろうな、と思いながら駅まで二人で沢山の会話を楽しんだ。


ちょうど井の頭線の駅に到着し、私はこっちなんです、と、指で方角を示した。

すると、お婆ちゃんも「私も同じです」と言う。

本当にうちの近所だった事に驚きながらゆっくりとお婆ちゃんの歩幅に合わせ、そして息子さんのようにお婆ちゃんの荷物を持ちながら話をした。

その駅からの10分くらいの距離が私にはとても有意義だった。


「私の家はここなんです。」


「あ、そうなんですね。本当に近い!私はもう少し先なんで」


と、言いながら荷物を返した。

私の姿が見えなくなるまで、祖母のようにずっと見送ってくれている。

息子さんが会いに来てくれたらいいな、と思いながら最後に大きく手を振り、私は家に帰った。


それから数年後、そのお婆ちゃんの家はすっかり取り壊され、代わりにマンションが建っていた。

なんだか思い出と共に、その場所が様変わりしたのを前を通る度に懐かしく思う。


お婆ちゃん、あれから息子さんと会えたのかな?と、それだけが思い出された。

私は元気でやっています・・・。

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