エピソード6 夢見茶屋
以前、兄が突然連れて行ってくれた喫茶店。「夢見茶屋」
その場所はいつもお店が出来ては潰れてしまうテナントの場所だった。
「どんな喫茶店なの?」と、聞く私に
「行けばわかるよ」とだけ答える兄。
細長いビルの三階に位置するそのお店は決して目立つ場所ではない。
店内を入るとお客様は僕らだけだった。
カウンター越しに40代くらいの店主の女性が笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。今日はお友達と?」
その言葉で兄が度々来ているのだと分かった。
「いや、弟なんです。」
照れながら兄が答える。
とても人の好さそうな店主だったが、何故か少し暗く感じる雰囲気のお店。
カウンターの後ろには、木製の棚が横長に三段設けられている。
その上には全てデザインの違うカップアンドソーサーが並んでいた。
店主曰く、その日の気分でカップを選んでもらいたいそうだ。
なるほど、気分で自分好みのカップを選べるんだと思った私だったが、兄がどんなお店か行けばわかるよ、と言った意味まではその時はまだ分からなかった。
二人で珈琲を飲んでいると、その女性店主が横のテーブルの席に座り、一緒に会話に混ざってきた。私は興味があったその店名の由来を聞いてみた。
「昔から、喫茶店をするのが夢だったんです。そして、その時は自分の大好きなカップを沢山並べて皆さんに選んでもらいたかったんです。お店を始める前は、当時お付き合いしていた彼にプロポーズされたんですけど、夢を諦めきれず、それをお断りして自分の夢を実現させたんです。」
その話を聞いて、このお店が彼女の「夢」の場所なんだと改めて思い、よく味わいながら彼女の淹れた珈琲を飲んだのを覚えている。
彼女は「恋」よりも「夢」を追いたかったのだと。
何となく、その話を聞いて兄が連れてきてくれた理由が分かったような気がする。
彼女のその「夢」を応援したかったのだと。
その後、しばらく近くに寄る機会がなかった私は、そのお店の事をすっかりと忘れてしまっていた。
半年後、近くを通った時にふとあのお店を思い出した私は、「夢見茶屋」へ足を運んでみた。
ビルの3階のテナントの所には、「テナント募集」の張り紙が貼ってあった。
何となく店主の「夢」が無くなっていた事に言葉にならない寂しさを覚えた。
彼女にとってその選択が正しかったのかどうか、今でも分からないが、彼女が夢見たそのお店は、今でも私の心には残っているのは間違いなかった。
彼女の幸せな日々を今でも願うばかりだ。
珈琲、ご馳走様でした。美味しかったです。
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