第32話 改めて伝えたいこと
「私は、朔くんのおかげで自分を変えることができたんです」
つゆりは、初恋の人は、僕に向かってそう言ってくれた。
僕に話しかける勇気が持てないから、僕の方から声をかけてもらおうと、僕の好みに合致するように自身の見た目を変えた少女。
「話しかけるのよりイメチェンの方が勇気必要なんじゃない?」なんて無粋なツッコみはしない。僕だって人見知りだから、話しかけられない彼女の気持ちがよくわかるからだ。
なんせ僕と来たら、イメチェン後の彼女のことが気になってたまらなかったのに、一度も話しかけなかったくらいだし。
「てか、つゆりの見た目が好みにドンピシャなんじゃなくて、つゆりの方から僕の好みに寄せてたとは思いもしなかったよ」
「私の方も、昔の私を朔くんが好きだったなんて思いもしませんでした。昔の私は見た目がダサかったですから」
「きれいな顔してたけどな。自分の好きなこと、やりたいことに熱意を真っすぐ向けられてる人って感じだったし、憧れみたいな感情も抱いていたと思う。同一人物だとわかったからはっきり言うけど、僕はあの頃の君のことも好きだ」
「朔くんがお望みなら、私はまた髪も伸ばしますし、眼鏡かけますし、太りだってしますよ」
「そういう意味で言ってるんじゃない」
「冗談に決まってるじゃないですかー」
「今の君は君自身の持つかわいさを昔よりも大いに引き出せてるんだ。変わるためのせっかくの努力を水泡に帰すようなことをわざわざしなくてもよかろう。まあ、どんな見た目をするのかは君の自由だから、僕の好みなんて考えずに君自身のなりたい見た目を選べばいい。どんな見た目でも僕は君のことが好きだから」
気取ったセリフを早口で言ったからさすがに引かれるかもな。そう思って、つゆりを見ると布団に転がって悶えていた。両手で隠しているが、顔はリンゴのように真っ赤だ。
「ふええ……いきなりイケメンなこと言わないでくださいよ。惚れてまうじゃないですかぁ」
「なんか、その、ゴメン」
「そこは謝るとこじゃないです! てかとっくの昔に惚れてますから!」
「こっちは引かれてないか心配だったんだぞ。似合わない気障なこと言ってしまったと思って」
「気障なのは否定しませんけど、私としては嬉しかったですよ。好意を真っすぐぶつけてもらえて。直撃したので危うくショック死するところでした」
「それくらいで死ぬなよ」
「もし死んだら『死因:尊死』でダーウィン賞ものですね」
「アホな死に方ではあるけど、ダーウィン賞にしては幸せな死に方だな」
いつものような軽口を叩くうちにつゆりも落ち着いてきたらしい。
起き上がると、ぽすんっと僕にもたれかかってきた。
「話は戻りますけど、初恋の人と私が同一人物だと知った感想はいかがですか?」
「感想なー、色々あるけどやっぱり一番は驚きかな」
「その割には叫んだり、飛び上がったりしてませんでしたけどね」
「本当に驚くと、人間はむしろ固まるもんなんだよ、知らんけど」
「ドッキリ仕掛けられた芸人くらい驚いてくれれば、私も面白かったんですけどね」
「こっちは素人だ。笑えるリアクションを求められても困る」
「それはさておき、色々共通点はあったわけですし、気付いたりしなかったんですか?」
「似てるなって思うことはあったけど、その可能性は思いもしなかったよ。でもなー、思い返してみると、同一人物なら色々なことの説明がつくのも確かなんだよな」
つゆりと初恋の人が同一人物だと知った時、色んな事がストンと腑に落ちた。
泣きぼくろ、毛先を触る癖という共通点。
初恋の少女が描いていたイラストと市田明日が描いている絵のタッチが似ていること。
初恋の少女が消えたのと入れ違いに現れた図書館の美少女。
思い返していると、気付かなかった自分のことが「アホだなあ」という考えが浮かんで、自然に笑えてきた。「クククク」と喉の奥から上がってくる声は押さえようとしても止まるということを知らない。
「ちょ、ちょっと、朔くん笑いすぎですよ! 笑いすぎて目の端に涙が浮かんでます!」
「いやー、こんなことって現実にあるんだなって思ったらおかしくなってつい。漫画とか見ててもさ、実は同一人物でしたとかよくあるじゃないか。読者として見てると、色々ヒントはあるのになんで気付かないんだよって、もどかしく思うわけだけど、まさか自分がその立場になるなんて思いもしなかったからさ」
「気付かれないもどかしさみたいなのは私の方もずっと感じてましたけどね。一方で、気付かれない方がいいかもという思いもありましたが」
「なんで気付かれない方がいいかもと思ったんだ?」
「理由は単純で、イメチェン前の自分に自信がなかったからですよ。大好きな朔くんにダサい私を覚えていてほしくないと言いますか、幻滅されたくないと言いますか」
「幻滅なんてしないよ。昔の君のことも好きだからというのももちろんあるけど、なにかしらの欠点を知ったところでも同じだ。てか僕の方こそ幻滅されてないか心配なんだが」
いじめから助けてもらったということなどもあってか、つゆりの目には僕がまるで王子様のように映っているのではないかという気がする。だが、僕なんて王子様からは程遠い欠点だらけの人間だし、第一印象が良すぎるがゆえに幻滅されるんじゃないかと怖がっている自分がいる。
「幻滅なんてするわけないじゃないですか! そりゃ朔くんは不愛想な陰キャですし、口悪いですし、優柔不断でなよっとしたやつですけど、私はそういうのも含めて朔くんだと思ってますから。むしろ惚れたことでダメなところもかわいく見えてきちゃうんですよね」
つゆりはそう言うと、僕の身体を抱き寄せて包みこんだ。ついでに優しく頭を撫でてくる。
つゆりの匂いで窒息しそうだ。けれど、安心感がある。もし死ぬならこういう風に死にたい。
「だから、安心してダメなところもさらけ出してください。わたしばっかりダメなところを朔くんに知られてるというのは不公平なので」
「……」
「今日の部屋の掃除なんか典型ですけど、私朔くんにお世話になってばかりじゃないですかー。たまには私に朔くんのことを助けさせてくださいよ。ずっと敬語ですし、年上っぽくはないかもしれないですけど、私の方が年上なんですから、先輩として頼ってください。年上のお姉さんとして甘えてください」
「じゃあ、お言葉に甘えて、しばらくこのままでいさしてくれ」
つゆりのつつましやかな胸に頭を預け、愛撫されたまま、僕は目を瞑ってしばらくじっとしていた。
あまりの心地よさに寝落ちしてしまいそうになるが、それだとつゆりに迷惑をかけてしまうと思い直して、思いとどまる。
会話がないまま静かな時間だけが流れ、次に口火を切ったのはつゆりだった。
「私が朔くんに助けてもらったのは中2の3月のことですから、もう2年以上も前のことになるんですね。そのあと、フォロワーになって、絵を描くのを応援してもらって、オフ会でようやく気持ちを伝えられて。ちょっとどころじゃない遠回りをした気がします」
「いじめから助けたあの時、名前を聞いて、連絡先の一つでも交換しておけば、お互い回り道せずに済んだのかもしれないな」
「そういう考えもありますけど、私としては結果的にこれでよかったと思いますね。フォロワーから始めたからこそ、色々さらけ出せている面もあると思うので。これがリアルの知り合いから始めてたら、よく思われようと猫被ってたかもしれません。朔くんの前だと素の自分でいられますし、取り繕わなくていいので、気持ち的にも楽です」
「最初のオフ会の時はネット上のキャラそのまんますぎて戸惑ったのも確かだけど、素でいられて楽ならそれに越したことはないと思う。下ネタだけは控えてもらいたいところだが」
「公共の場では気を付けようと思いますけど、下ネタをやめる気はないですね。私にとっては大事なコミュニケーションツールの一つなので」
「下ネタ禁止されたから喋れないみたいなことにならないように、下ネタとネットミーム以外にも手段を持っとけよ」
「ぜ、善処します」
「まあ、僕との一対一でなら我慢しなくていいからな。ツッコむのも楽しいし」
「ところで、リアルの私とネットの私、どちらが本当の私なのでしょうか。リアルの、というか学校での私は典型的な陰キャぼっちコミュ障で全然喋らないわけですけど、ネットと朔くんの前では饒舌になるじゃないですか。私としては演技とかしてる気はないんですけど、どっちが本当の私なんだろうって」
「どっちのつゆりも本当のつゆりだと思うし、僕はどっちも好きだぞ」
「ふへ……ふへへへ。どっちも好きって言ってもらえると嬉しいですね。テンションの高低差が激しすぎて引かれてないか不安だったので」
「ぶっちゃけ引きはしたけど、全部含めてつゆりだからな。嫌う理由にはならん」
「あ、ありがとうございます。こんな私ですが、末永くよろしくお願いしますね」
つゆりのそんな言葉で、僕はつゆりに伝えておかなければいけないことを思い出した。
抱きしめられていたつゆりの胸から抜け出て、正座で正面から向き合う。
「つゆり、この機会に伝えておきたいことがある」
「ど、どうしたんですか! そんなに改まって」
「いやー、その大事なことを伝えるから改まった方がいいかなって」
「大事なこと⁉」
つゆりを驚かせてしまったので、もっとさりげない感じで伝えた方がよかったのかもしれないとは思ったけれども、今さら足を崩したりするのも変なので、このまま言ってしまおう。僕は息を大きく吸い込んで、昂る胸を落ち着かせてから告白の言葉を口にする。
「ぼ……僕は君のことが好きだ。僕と正式に付き合ってほしい」
それを聞いたつゆりは、驚きのあまりぽかんと口を開けていたが、数秒経って僕の言葉を理解できたようで、顔をくしゃくしゃにした。
「もうほんっと待たせすぎですよ、朔くんったら」
「そこに関しては本当にすまない」
僕が深く頭を下げると、つゆりの方も同じくらい頭を下げた。
「私の方からもよろしくお願いします」
一瞬経って、「ぷっ」と噴き出す声が向かいから聞こえた。頭を上げると、つゆりが笑いをこらえるかのように口を手で押さえていた。
「私たちなんでこんな改まったことしてるんでしょうね」
つゆりは眼鏡を外して目尻の涙を拭うと、満面の笑みでこう言った。
「ということで、正式に付き合いはじめた記念にキスをしましょう」
「なにが『ということ』なんだ。文脈が繋がらないぞ」
「野暮なこと言ってないでキスしましょうよ。キース! キース!」
「わかったよ、キスするから囃したてるようなのをやめろ」
僕はつゆりの肩を掴んで真正面から向かい合った。
晴れて正式な彼氏彼女になったわけだし、僕らのキスを妨げるものなんてないわけだが、実際キスをするとなるとやはり気恥ずかしさが邪魔をする。
「せーのでお互い目を閉じようか」
「ええーっ!」
「だって、至近距離で見つめ合うのは恥ずかしいじゃないか」
「まあ、それはたしかに……」
つゆりが頬をほんのり染める。
「じゃあ、キスをするから目を閉じるぞ。せーのっ!」
僕が音頭を取って、お互い目を閉じる。
一瞬ののち、唇が柔らかくてあたたかいものに触れた。
就寝前で歯を磨いてからそう時間が経ってないこともあってか、その日のキスは歯磨き粉のミントの香りがうっすらとした。
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