第30話 お片付け
ゴールデンウィーク初日、僕はつゆりの家に来ていた。つゆりの家に来るのはこれで早くも三度目だが、今回は泊まりである。
なぜ泊まりに来ることになったのかというと、理由は至って単純で、つゆりに誘われたからだ。
高校生の男女が泊まりなんてとは思うものの、もはやお互いの部屋にまで上がりこんでるわけだし、誘いを断るのも申し訳ないので承諾した。あと、僕も健全な男子高校生なので、そっちの期待がないわけではない。親には「ザキの家に泊まりに行く」と伝えており、ザキにも口裏合わせを頼んでいる。
つゆりの母親は娘の彼氏が泊まりに来ることを二つ返事で承諾したらしい。
家に招じ入れられ、ひとまず玄関の横の客間に荷物を置くと、僕はつゆりと一緒につゆりの自室に向かった。あいかわらずつゆり以外の気配がない家で、不気味に静まり返ってる。
「さすがに泊まりともなれば、挨拶しときたいんだけど」
「挨拶くらい、しなくていいですよ。パパとママは今日から旅行に出かける予定ですし、お姉ちゃんはまだ寝てますから」
「ひよりさんが在宅なのは正直不安要素だな」
「部屋の外から扉に釘でも打って閉じこめておきます?」
「割とマジなトーンで姉の監禁を提案してくるのはやめろ」
そんなやり取りをするうちに部屋の前に着く。
「まあ、適当に寛いでください」
そう言って、つゆりが扉を開けた瞬間、僕らは黒光りするアイツとご対面した。
「ひっ、きゃああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!」
つゆりが悲鳴を上げて僕に抱き着く。悲鳴にGの方も驚いたのか、カサカサと動いて、たちまち散らかった部屋の中に消えてしまった。
「そりゃ、こんだけ部屋が汚かったらGも出るだろ。しかし、どこに隠れられたのか、わからんな」
だが、居所がわからないからといって、Gを放置するわけにはいかない。廊下の隅の物置にはちょうどいい具合に殺虫剤と掃除機と雑巾が置かれていた。これをつかおう。
「せっかく時間があるんだし、この機会に二人で部屋を掃除しないか?」
「えー、部屋の掃除くらい今度にして、一緒にアニメ見ましょーよ」
「それはいつまで経ってもしないやつのセリフだぞ、ってこれ前も言った気がするな。前回ちょっとだけ片付けたのに、前より汚くなってる気がするし。ほら、アニメは後にしてさっさと片付けるぞ」
「じゃあ、私は名前を呼んではいけない例のあの虫から逃げるために外で待ってますね」
つゆりがすかさず部屋を出ようとしたので、僕はダボダボのシャツの後ろ襟を掴んだ。
「おい、こら逃げるな。君の部屋なんだから君がやらなきゃ意味がないだろ」
「だって、名前を呼んではいけない例のあの虫、怖いじゃないですかー」
「ゴキブリを魔法ファンタジーの悪役みたいに言うな。名前言ったからといって出て来やしないよ」
「わざわざ伏せたのに言わないでくださいよぅ。朔くん、言霊って知ってますか! そんなこと言ってると出てきちゃいますよ。ほら、あそこ、キャアァァー!」
つゆりの指さす方を見ると、黒光りする虫が床を我が物顔に這っていた。
つゆりがコアラみたいにしがみついてくる。よっぽど怖いのか涙目だ。
僕は息を止めると殺虫剤を噴射した。たちまちゴキブリはピクピクと痙攣し、動かなくなる。それを僕は掃除機で吸い込んだ。
「窓開けろ。換気するぞ」
「朔くん、やりますねぇ! モンスター一匹討伐ですよ」
「見てないで、片付けくらい手伝ってくれ。捨てたらいけないものがわかるのは君だけなんだから」
「片付けたらご褒美くれますか?」
「検討を加速しとく」
「私としてはご褒美にキスが欲しいです」
つゆりが自分の唇を指で指し示しながら言ってくる。
「私の唇をじっと見てくるなんて、やっぱり朔くんもしたいんですよね?」
「いや、僕は見てないぞ」
つゆりがニヤニヤしながら指摘してきたので僕はとっさに目を逸らした。
「目を逸らすのが露骨すぎですよ。あと、顔も赤いですし」
「そんなことより、さっさと片付けてゴキブリも退治していくぞ」
「あー、話逸らさないでくださいよー」
僕はひとまず床に散らばったプリント類を拾いにかかった。
「これは捨てていいやつだな?」
「あー、いらないですね。必要なプリントは失くす前にパパに渡してるので」
「じゃあ、そこのゴミ袋に入れよう。資源ごみだな。それで、そっちの袋が燃えるごみで、そっちがプラスチック」
つゆりと駄弁るのは楽しいけれど、さすがに片付けばかりはさっさと終わらせないとGの出元を絶つことができないので、テキパキと作業していく。
片付けをしていると、当然色々なものが出てくる。
「あ、第一巻だけ本棚から抜けてた漫画が出てきました! 買い直さなくてよかったです」
「読み直したくなるところだろうけど、読むのは片付け終わってからだな。とりあえず本棚に戻しとけ」
見つけたものに気を取られて片付けが中断するなんてあるあるなので、僕は片付けをさっさと終わらせるべくつゆりに歯止めをかける役を買って出る。
「あ、この前買ったメイド服、見かけないなと思ったらこんなところに埋もれてたんですね」
発掘したメイド服を着ようとするつゆりを慌てて止める。
「待て待て、ゴミの山に埋もれてたやつだぞ。着る前にまずは洗濯しろ」
「でも、掃除するんだったらメイド服着てやった方が雰囲気出ていいじゃないですかー。朔くんも私のメイド姿見たいですよね?」
「そ、そりゃ見たいけど、今度でいい。メイド服はとりあえず廊下に置いといて、後で洗濯だ」
「わかりましたよ。その代わり、今度朔くんにも着せてあげますからね」
つゆりは不満そうに口を尖らせながらも、メイド服を廊下に持って行った。
「ふいー、やっと床が見えてきましたね」
「普通は片付けるまでもなく見えてるもんなんだけどな」
片付けを始めてから数時間、ある程度片付いてきたので、僕らは一旦休憩することにした。
「名前を言ってはいけない例のあの虫、結局あの一匹しか出てこなかったですね」
「一匹見たら十匹はいるってよく聞くけどな」
「やめてくださいよ、そういうこと言うの」
「というか、僕らが最初に見たやつと、僕が退治したやつが同一個体とは限らないんだけどな」
「まだいるかもしれないと思うと、怖くなってきました!」
つゆりが顔を青ざめさせて、縋りついてくる。石鹸のいい匂いがした。
「いや、怖いとしても距離が近すぎるんだけど。もうちょっと離れてくれ」
もう五月だし、密着されるとさすがに暑い。
「朔くんから離れてるときに名前を言ってはいけない例のあの虫が出たら身を守れないじゃないですかー」
「そこまで危険な虫ではないだろ」
「でも病原菌を媒介しますよ」
「危険の方向性が違う。僕が言ってるのは、襲いかかってくるとかそっち系の危険のことだ。暑いし、ちょっと離れてくれ」
「暑いんならクーラーつけましょうよ」
「意地でも離れる気はないんだな。てか、強く抱きついてくるのはやめてくれ。バランス崩れるっ!」
気が付くと僕はつゆりを床に押し倒すような体勢になっていた。
「この前とは逆ですね」
ほんのり頬を上気させ、僕を見上げてつゆりが呟く。
「そんなこと言ってる場合か」
「この前みたいに誰かに見られそうな気がします」
「フラグみたいなこと言うな、アホ」
ほんとにそうなったら困るので立ち上がろうとした次の瞬間、扉が開いた。
立っていたのは柔らかい雰囲気の中年の女性。つゆりの母親だろう。見た目は若く、三十代に見えるが、ひよりさんの年齢から考えると五十代くらいか。
彼女は僕らの様子をじっと見つめると、ポケットからスマホを取り出してパシャリと撮影し、笑顔で「ごゆっくり」とだけ言って扉を閉じた。
姉のひよりさんといい、なんで写真を撮りたがる?
「なあ、ご両親は旅行に行く予定じゃなかったのか?」
「まだ出発してなかったみたいですね」
「出くわすにしてもタイミングが最悪すぎるだろ」
次の瞬間、つゆりのスマホが通知音を立てる。
「あ、ママから写真が送られてきました。見ます?」
つゆりは僕の返事も聞かずに写真を見せてきた。僕がつゆりを床に押し倒している写真だ。どっからどう見ても「そういうシーンの画」である。
「いい作画資料になりそうですね」
「するなよ」
ちなみに写真には「つゆりの彼氏、三次元に実在しとったんやな」とのメッセージが添えられていた。二次元かバーチャルな存在だと思われていたのか?
「ちなみにうちのママはエロ漫画家です」
「情報量が多いよ」
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