幕間 もやもやします

 今日、朔くんから聞いた話は私にとって衝撃的すぎました。

 まさか朔くんに初恋の人がいたなんて。

 朔くんが正真正銘初恋の人で、朔くんに出会うまで恋という感情を知らなかった私は、朔くんに置いていかれたような感情を覚えていました。

 私と同じような陰キャオタクだから恋愛経験もないだろうと勝手に仲間意識を感じていた私が悪いわけですが。

 初恋の人の存在が、私と付き合えない理由だというのならば、私は「そんなの気にしてないよ」と言うべきでしょうか。いや、そんなこと言えません。

 なぜなら、彼に私以外にも好きな人がいたという話を聞いて以来、胸の奥になんとも言い表しようもない不快感が居座っているからです。この感情を人は嫉妬と呼ぶのでしょうか。

 嫉妬深い女は嫌われる。美帆ちゃんが、以前そう言ってました。

 私はいったいどうすればいいのでしょうか。嫉妬深いと朔くんに嫌われたくはないですし、かといってこの気持ちに蓋をして見ないふりをできそうにもありません。


 このままだと、もやもやが溜まって寝れそうにもないので、私は朔くんの初恋の人について確かめてみることにしました。

 こんな時間にかけたら悪いかも。そう思いつつ電話をかけた相手は朔くんの友だちの藤阪くん。チャラいしストーカーっぽいので正直苦手でしたが、先日一緒に出かけたことで多少は仲良くなれました。彼ならひょっとするとなにか知っているかもしれません。

「棚倉の初恋の人だと? そんなのいねーんじゃないですかねえ。だって、あいつほんと他人に興味持ちませんもん。誰かが付き合ったみたいな話聞いても、ほんとどうでもいいって感じで、微動だにせず本読んでるし、話振ったら眉をひそめて「くだらない」って言われましたもん」

 突然電話をかけても藤阪くんは全然面倒くさがらずにこう答えてくれました。

「たしかに朔くんなら言いそうですね。脳内再生余裕ですもん」

「テレビ見てても、芸能人の交際とか不倫とかのニュースになったら、すぐチャンネル変えるみたいなそういう男ですよアイツは」

「あー容易に想像つきます」

「文化とか歴史とか創作物とか、人間が生み出した諸々に興味はあるけど、人間そのものには関心がないみたいな。俺は棚倉朔のことをそういうやつだと思ってたんです。だから、あいつが笠置先輩とデートしてるのを見て、俺は心底驚いたと同時に安心もしたんですよ。あいつにも人を愛するという感情があったんだなって」

 まるでロボットに人の心を見出したみたいな言い草ですが、言わんとすることはわからないでもありません。たしかに朔くんってクールであまり人に感情を見せたがらない人ですから。

「それで、あいつ自身の雰囲気も笠置先輩と付き合いだしてからちょっと人間らしくなったというか、丸くなったというか。だからまあ、安心していいと思いますよ。あいつにとって笠置先輩みたいな好きになれる人間がこれまでにいたらきっと、あいつはとっくの昔に変わってるでしょうし」

 おそらく私を安心させるために言葉を選んでくれているのでしょうが、藤阪くんの言うことは信じていいと私には思えました。

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