第25話 シャワー借りていいですか?

 ジュースを飲んで、つゆりが買ってきたお菓子を食べ終えると、僕らはリビングから僕の自室へと移動した。

「私の部屋のことを汚いって言ってた割に、朔くんの部屋も散らかってるじゃないですか」

「単純に物が多いだけだよ。収まらないものを床に積んであるだけだ」

「まあ、床が見えてて通路があるだけ私の部屋よりはマシですね」

 六畳の室内を見回していたつゆりの視線はほどなく本棚に釘付けになる。

「おおー、読んだことないラノベやマンガがたんとありますっ!」

 本棚にずらりと並んだ背表紙に目を輝かせるつゆり。

「気になるのがあるなら読んでもいいぞ。なんなら貸すし」

「い、いいんですか!」

「どうぞどうぞ」

 ま、本棚には見られてまずいものはないし、漁るがままにさせておこう。

「この巻、特捜版なんてあったんですね!」

「日本橋で買ったけど、発売日なのに最後の一個だったなあ」

「この本は読んだことあるんですけど、別の店だとこんな特典SSだったんですね」

「他の店の特典と見比べてここのSSが面白そうだから、ここで買った」

 だとかそんな話を皮切りに、水を得た魚のごとくオタク談義が炸裂する。

 どのキャラが好きだとかいう定番の話題はもちろんのこと、古本屋で昔のを漁って読んでみたら面白かっただとか、この作品はもっと続いてほしかっただとか、本棚の前で立ったりしゃがんだりしながら話し続ける。

 話し続けてアドレナリンが出まくったのか、気が付けばつゆりは汗でびっしょりだ。

 僕はあわててつゆりにタオルを渡し、クーラーの電源を入れる。

「汗かいちゃいました。シャワー借りていいですか」

「家近いんだし、帰って浴びろ」

「そんなこと言うと、この汗びっしょりの身体で朔くんのベッドにダイブしますよ? 朔くん潔癖症だから、そういうの気にしますよね」

 脅迫する気かコイツ。

「わかったわかった。サッサと浴びろ。着替えは用意しといてやるから」

「あ、着替えに関してなんですけど、下着も朔くんので大丈夫ですよ」

「妥協したっぽく言ってるけど、ほんとは僕のを履きたいだけなんだろ」

 そう指摘すると、つゆりは目を丸くした。

「え、なんでわかったんですか?」

「君の考えそうなことくらいお見通しだよ」

「テレパシー?」

「アホなこと言ってないで、サッサと行ってこい」


 ジャージと下着を用意し、脱衣所に持っていく。さすがに妹のを無断で拝借するのはどうかと思ったので、つゆりの要望通り、僕のトランクスを貸してやることにした。

 脱衣所と浴室を隔てる折戸には肌色の影が映っていて、浴室からはシャワーの音と音痴な鼻歌が聞こえてくる。

「籠の上に置いておくぞ」

 折戸越しに話しかけると、鼻歌がぴたりと止んだ。

「朔くーん、お湯が出ないんですけど」

「はぁ?」

 給湯器の故障だろうか。最近調子悪いもんな。てか、お湯が出ないのに鼻歌を歌いながら浴びてたのか。色々考えつつも、さすがにつゆりがいる浴室に入るわけにもいかない。

「朔くん、入ってきてもいいですよ。私は見られても平気ですから」

「僕が平気じゃないんだよ」

「見たら我慢できなくなるから?」

「うるせえな」

 聞こえよがしに舌打ちしてやると、目の前で折戸が開いた。

 とっさに目を逸らすが、もう遅い。つゆりの裸は瞼の裏にしっかりと焼き付けられてしまっていたのだ。

 しっとりとして水が滴る黒髪、上気した頬、髪の毛が張りついた白い首筋、小さいけれども形のいい二つの膨らみ、ほどよく肉のついた柔らかそうなお腹と太もも……。

「なにも見てない、なにも見てないぞ!」

 ついさっき見たものを忘れようと努めてみるが、下半身に血が集まるのを感じる。

「見てもいいんですよ。なんならもっとすごいことをしてもいいってずっと言ってるじゃないですか」

「てか、お湯が出ないのはどうした」

「あ、それなんですけど、ごめんなさい。嘘です」

「嘘⁉」

 思わずつゆりの顔を見ると、「てへ」とでも言うように舌を出していた。

 胸が視界に入ったので目を瞑る。

「朔くんに入ってきてもらう口実が欲しくてですね」

「君なあ。そんな目的で嘘つくなよ」

「じゃあ、素直に入ってきてほしいって言ったら、朔くんは入ってきてくれましたか?」

「いや、入らないけど」

「ですよねっ」

「てか、いつまで裸でいるんだ。シャワー終わったんなら身体拭いて服を着ろ」

 つゆりに向かってバスタオルを投げると、僕は逃げるように脱衣所を出た。


 僕が部屋に戻ってしばらくすると、つゆりも戻ってきた。左胸に「棚倉」と白抜きで刺繍された僕の体育用ジャージ(黒色)を着ている。体育を見学することが多く、あまり酷使されていないので、ジャージの状態は良い。

「シャワーで綺麗な身体になったことですし、これでベッドに正々堂々と飛びこめるというものです!」

 つゆりは部屋に入るなり、そう言うとベッドめがけて飛び込んだ。

 布団がぼすんっと音を立て、埃が舞う。僕は空気清浄機の電源を入れた。

 つゆりはベッドの上に我が物顔でうつぶせに寝そべり、「ここ空いてますよ」と言わんばかりに、隣の空間をポンポンと手で叩く。

「二人で寝そべるには狭いだろ」

「朔くんなら小柄ですし、いけると思いますけどね」

「どんだけチビだと思ってるんだ。その空間で寝れるのはせいぜい小学生くらいだよ」

「小学生のショタ朔くんと添い寝……ぐへへ」

「いったいなにを想像してるんだ。おねショタは尊いけれど、ナマモノで妄想すんな」

 つゆりは僕の呆れも気にせず、ごろりと壁の方に転がって、涅槃像ねはんぞうみたいな体勢になった。

「ほら、これくらい空ければ朔くんも寝れますよね」

 それでも僕が立ったままでいると、ベッドの上から僕の手を掴んで、引っ張ってきた。

「ていっ」

「おい、暴れるな。ケガしたらどうする」

 足を踏ん張って耐えるが、意外と力が強く、たちまちベッドに引きずりこまれる。

 いや、つゆりが強いんじゃなくて、僕が貧弱なだけだ。

「さーくくーん、こっち来てください」

 結局、僕らは窮屈なベッドの上にうつぶせで二人並ぶことになったのだった。

「えへへ、こうしてベッドの上に二人いると、恋人って感じでいいですよね」

 つゆりが足をバタバタさせながら言う。

 ベッドが狭いので、少し首を傾ければお互いの頭がこつんと当たってしまうんじゃないかと思うくらい、二人の距離は近い。

 つゆりの息遣いまで聞こえてくるほどだ。

 つゆりがあまりにも近くにいるということを認識したら、心臓がドキドキしてきた。

 昂る鼓動を聞かれたくなくて、僕はベッドから立ち上がる。

「あー、逃げないでくださいー」

 袖を引っ張るつゆりの手を優しく振りほどいて、僕はごまかすようにこう問いかけた。

「飲み物取ってこようと思うんだが、なにがいい?」

「アイスが食べたいです」

 飲み物を聞いているのに、返ってきたのはアイスの要望。マイペースだが、そこがつゆりらしくてかわいいと思う。

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