第24話 つゆりが家にやってきた
そして放課後、僕はつゆりと共に駅から自宅へと続く坂道を辿っていた。
「私ちょっと不思議に思ってることがあったんですよね。朔って『ついたち』とも読むじゃないですか。なんで25日生まれの朔くんにそう名付けたのかなって」
「考えてみたこともなかったよ」
「それで気になって調べてみたら、疑問が氷解しました。朔くんが生まれた年の4月25日は旧暦の4月1日だったんです!」
「そうなの?」
「私の誕生日の6月10日は旧暦の5月7日なので、お揃いですね!」
「誕生日の旧暦から子供に名前を付ける親がそんなにいるとは思えないが」
「名付けの由来が一致してるなんて、これはもう運命と言っても過言ではないのでは?」
「旧暦をわざわざ調べないと辿りつけない運命ってなんだよ」
誕生日と旧暦の関係なんていう微妙にオタクっぽい話を交わしながら、一歩一歩家へと近づいていく。いつもは一人で辿る家路なのに、隣につゆりがいるだけで非日常という感じがする。
「ここが僕の家だ」
「私ん家と比べると新しいですねー」
「君ん家に比べれば大概の家は新しいだろ」
「うちの家は戦前の建物ですからねー」
「90年経ってるとは思えないくらい中は綺麗だったし、手入れもしっかりしてるんだろうな」
「パパはよくぼやいてますよ。古いから維持費もかかるって」
とりあえず、洗面所で手を洗わせてから、つゆりをリビングに通す。
僕が飲み物を持ってリビングに戻ると、つゆりは我が物顔でソファにねそべっていた。
「実家みたいなくつろぎ方だな」
「実家じゃなくて嫁ぎ先ですけどね」
「娶るどころか、まだ彼女としても仮なんだが」
「私としては彼女通りこして許嫁になってもオッケーですよ?」
「あいにくだけど、ウチの親は自分の子供を婚約させようなんて、同棲ラブコメの冒頭みたいなことは言い出さないと思うよ」
「ところで、朔くん。さっき朔くんの学ランのポケット漁ったら出てきたんですけど、これなんですか?」
つゆりが手のひらに乗っけて見せてきたのは、いわゆる「ゴム」である。
僕としては断じてそういうことをする気はないのだが、万が一を考えてさっきドラッグストアでさりげなく買っておいた。
「勝手にポケット漁るなよ」
「朔くん、これを買うってことはつまりアレをする気持ちがあるってことですよね!」
「うるさいな。念のためだよ。使わないならそれに越したことはない」
「備えあれどプレイなし、じゃもったいないですよ」
「もったいなくない」
「えー、やりましょうよー。誕生日が卒業記念日になったらおめでたさが倍じゃないですかー」
「おめでたいのはピンクな発想しか出ない君の頭だ」
「きっとさっきの店員さんも思ってますよね。『こいつら交尾するんだー‼』って」
「いちいち思わないだろ。機械的に仕事として処理するだけだ。ただでさえそういう店は忙しいだろうし」
つゆりの手からゴムを取り上げ、僕はポケットに入れる。つゆりに持たせといたらおもちゃにされるし、僕の方で持っておいた方がいいだろう。
「そういやご家族は留守なんですか?」
「父さんは福岡に単身赴任してるし、母さんも働いてるから今日は帰りが遅い」
「妹さんいるんですよね。ご挨拶したいんですけど」
「しなくていい。それにアイツは友だちと遊んでくるって言ってたから」
「家族の居ぬ間に私を家に連れ込むって、つまりそう言うことですよね⁉」
「どういうことだよ」
「分かってるくせに、とぼけないでくださいよ~」
つゆりが指でツンツンと僕の頬を突いてくる。
仕草はかわいらしいのだが、一つ言ってやらねばなるまい。
「せめて爪はこまめに切れ。長い爪でそういうのやられると食いこんで痛いんだよ」
僕は「ほら」と爪切りを渡してやる。
「彼氏の家に上がりこんで真っ先にすることが爪切りってどういうことなんですかね」
「知らん。家で切ってこなかった自分自身に聞いてこい」
パチン、パチン、床に敷いたチラシの上につゆりの爪が散らばる。
「この爪も欲しいなら誕生日プレゼントにあげていいですよ」
「いらん。どういう嫌がらせだ」
「爪とはいえ私の身体の一部なんですから、食べて私と一体化するもよし、身に着けてお守りにするもよし、枕元に置いて私を感じるもよし。楽しみ方は無限大ですよ!」
「お守りは昔の人がやってそうだけど、それ以外は発想がいちいちキモいな? 思い人の爪を食べて一体化するのはどういう特殊性癖だよ」
つゆりが爪を切り終わったところで、僕はチラシをゴミ箱まで持っていき、チラシの上の爪をまとめて捨てた。
「朔くん家なら、邪魔なお姉ちゃんもいませんし、二人っきりでなんでもできますね」
「なんでもはしないぞ」
「ねえねえ、朔くん。壁ドンやってみてください! 早く早く」
「なんで、プレゼントに命令されなくちゃならないんだ」
「私の方から壁ドンはこの前しましたけど、朔くんの方からもやってほしいんですよ」
「そもそも壁ドンなんてのは、少女漫画みたいなキラキラしたイケメンがやるから許されるのであって、三次元の地味な高校生がやってもキモいだけだろ」
「朔くんならキモくないですよ。充分イケメンですから」
「こんな感じでいいか?」
やらなければしつこく催促されそうなので、つゆりをリビングの壁際に追いやり、壁ドンする。つゆりの方はだらしなく頬を緩めきっていた。
「にへへ……顎クイもやってください!」
「あれは身長差がなければ無意味な行為だろ。君よりも背が低い僕がやれば、むしろ顔が遠くなる」
「あそこに踏み台があるじゃないですか。朔くんがあの上に乗って、壁ドン顎クイを」
「喧嘩売ってんのか!」
これで拒否すれば、笑われるだろうことは確実なので、みっともなくとも喧嘩を買ってやることにした。
壁際に立つつゆりの前に踏み台を置き、その上に乗っかる。
「わーお、朔くんに見下ろされるって新鮮ですねぇ」
つゆりが上目遣いで僕を見つめてくる。
「うーんでも、背が高くてかっこいい朔くんっていうのはなんか違いますね。解釈違いと言いますか」
「うるせえよ。チビで悪かったな」
「むしろ、ちっちゃくてかわいいからこそ、年下の男の子として甘やかしてあげれるよさがあるんですけど」
「その割には君の方から甘えてくることの方が多い気がするが」
正直、つゆりにあまり年上を感じないのも確かだ。主に言葉遣いによるものだろうけど。
「あと、ちっちゃくてかわいいことのメリットとして、女装が似合うっていうのもありますねえ!」
「短期間で二回もさせられたし、当分はするつもりないぞ」
「当分?」
「言葉の綾だ」
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