第21話 女装でお出かけ

 待ち合わせ場所は西宮北口駅のカリヨン広場だ。

 到着すると既に三人は集まっていた。

「おまたせ」

「おまたせしましたー」

「二人とも遅いぞ、待ちくたびれ……」

 弄っていたスマホから顔を上げ、僕らに文句を言いかけた藤阪が固まる。

 女装した僕を見て驚いたらしい。

 そして、ナンパの定型文をスラスラと口走った。

「君、かわいいね。どこ住み? てかLINEやってる?」

「初手でナンパすんのやめろや。お前のクラスメイトの棚倉たなくらさくだぞ」

「いやいやいや、俺が知ってる棚倉はこんなクールっぽい美少女じゃない。チビで根暗で不愛想な優男だっつーの」

「いちいち失礼なやつだな。大阪湾の魚の餌になれ」

「お前、ほんまに朔か? てかほんまに男なん?」

「棚倉殿の妹ではないですよね? 写真を見せてくれないんで、顔を知らないんでありますけれども、替え玉に寄こした可能性などは……」

 航基とザキも普段の僕と今目の前にいる女装した僕とを結びつけられないらしい。

「鏡を見ても自分自身が信じられないが、正真正銘棚倉朔だよ」

「声だけ聞いたら、やっぱり朔やな」

「元々高めだから、普通に女の子とごまかせそうな声でありますけどね」

「これでも声変りは終わってるはずなんだがな」

「なあ、棚倉。もっと高い声出せるか?」

「ああ、こんな感じか?」

 藤阪に言われた通り、僕は気持ち高めの声を出してみる。

「結構かわいい声だな。その声で俺の下の名前呼んでくんない?」

「キモ」

「あー、棚倉いいぞ。そのジト目。クール美少女が俺を蔑むような目で見て罵倒してくれてる感じで、たまんねーわ」

 変な要求をしてきたので罵倒すると、なぜか藤阪は恍惚とした表情を浮かべた。

「うわぁ、藤阪って前からキショい思うとったけど、これはさすがに一線越えとるわ。こいつ置いてった方がええんとちゃうの」

「さすがの拙者もドン引きであります」

「前から思ってたんですけど、皆さん藤阪くんの扱いだけひどくありません?」

「その自覚はあるけど、見ての通りこいつにとってはひどい扱いもご褒美みたいなもんだからなあ」

「藤阪殿は少しⅯなんでありますよ」

「少しなのかなあ?」

「でもこっちの路線で行ってくれた方が、女子の個人情報調べたりするよりは人間としてマシやろ」

「それは同意だな。キモいのはキモいけど、法には触れないし」


 それはさておき、全員が揃ったので僕らは神戸線に乗って出発することにした。行き先は神戸一の繁華街・三宮だ。

 阪急三宮駅に着き、電車を降りたところで、ザキがグループから離れようとした。

「ちょっとはばかりに行って参るであります」

「じゃあ僕も」

 ちょうど尿意を催していたところなのでついて行くことにする、

 ザキはなぜか「えっ」と目を見開いてこっちを見た。

「なんだよ」

「い、いや、なんでもないでありますっ!」

 トイレに入っていくと、そこにいた男たちが一斉にこっちを見た。

「えっ、あれ男か?」

「男の娘って実在したんだな」

 そこでようやく自分の犯した失敗に気付いたのだが、まさか女子トイレに入るわけにもいかないので、気にしないふりをして済ませて、そそくさと逃げ出した。

 トイレの出口でおっさんとぶつかりそうになり、「あっ、すいません」と直前で避けてまたガン見された。恥ずかしさはMAXである。

「ザキも止めてやれよ」

「そういう藤阪殿こそニヤニヤしてないで止めることができたはずであります」

「まあ次からは多機能トイレ使うたらええ話やろ」

「今度は私もついて行ってあげるから安心してください」

「安心できるか! 多機能トイレに男女が一緒に入るなんていかがわしすぎるわ」

「一緒に入りましょうよ♡」

「断じて拒否する」


 行き先は三宮と決めていたものの、特にどこに行くと決めていたわけではない。

 藤阪が「近いみたいだし、女の子多そうだから北野異人館行かね?」と言ってきたが、急坂で体力を消耗したくないと他の三人で反対し、結局センター街をあてどなくぶらつくことになった。

「正直女装で人が多いところを歩くのは不安だなあ。バレやしないか気が気じゃないよ」

「安心しろ。棚倉はどっからどう見ても美少女だ。素材の良さと笠置先輩に感謝するんだな」

「えへへー、藤阪くんってキモいけど案外いい人ですね」

「いやー、それほどでもありませんよ、笠置先輩」

「普通は前半否定するところだろ」

「藤阪にとって女の子からの罵倒はご褒美やからなあ」

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