第22話 ナンパ
書店やアニメショップを覗いていつものようにオタク談義を交わしたり、良さげな店があったら入ろうと話しながら、センター街地下の飲食店街をグルグル回ってみたり。たまにはこうして無意味に歩き回ってみるのもいいかもしれない。
つゆりもいつのまにか三人と馴染んだようで、元からの友人かのように会話に混ざっている。
歩くうちに僕らはビルの隅のトイレが設けられている一角に出た。
そこでつゆりがおずおずと手を挙げる。
「あの、皆さんすいません。ちょっとお花摘みに行ってきてもよろしいでしょうか?」
「じゃあついでに俺らも行くか」
「俺もちょうど行きたかったとこやし、行っとこ」
「では拙者も」
便乗しようとする男三人。
「ザキはさっき行っとったやろ」
「棚倉はまさか今度はついてこないよな」
「ついていくわけないに決まってるだろ。そもそもさっきしたとこだし」
僕が待機の意志を示すと、藤阪が心配する素振りを見せた。
「でも大丈夫か? 誰か戻るまでお前ひとりだぞ」
「別に。何分もかかるもんでもないし、スマホ見てたらすぐだ」
「そういう問題じゃねえよ。お前みたいなかわいい美少女が一人でいたらナンパされるかもしれないけど、大丈夫か?」
「大丈夫だろ。道沿いじゃなくてビルの中なんだし、そうそうナンパなんてされるわけないって。心配ならさっさと済ませて戻ってこい」
男子トイレについて行けばさっきみたいに恥をかくし、かと言ってつゆりと一緒に女子トイレに入れば法に触れてしまう。さっき行ったとこだし、ここは待機一択だろう。
とはいえ、一人待つのも寂しいものである。
早く誰か戻ってこいと念じつつスマホを触っていると、突然野太い声が前方から降ってきた。
「ねえ、お姉さん一人?」
そこに立っていたのは若い男二人組。ガタイのいい短髪の男と、センター分けの茶髪の男だ。二人とも遊び慣れてそうな雰囲気である。ナンパだと一瞬で理解した。
声を出せば男だとバレてしまうので、不機嫌な表情をつくって左右に首を振る。
すぐに誰か男連中が帰ってくるだろうし、そうなればこいつらも退散するはずだ。
「さっちゃ~ん、お待たせしました!」
ところが、最初に帰ってきたのはよりにもよってつゆりだった。こういうのって基本的に女子の方が時間かかる印象があるんだが。
「あれ、君も連れ? 俺たち二人だしちょうどいいじゃん、一緒にお茶しようよ」
「ぅえ、あ、えっと……」
茶髪男がつゆりに話しかけてきたので、僕は咄嗟に男とつゆりの間に立った。たとえ指一本でも触れさせてなるものか。
つゆりは僕にギュッとしがみついてくると、耳もとでこうささやいてきた。
「さっちゃん、良かったですね。ちゃんと女の子に見えてるらしいですよ」
「そういうことを言っている場合か。ナンパを怖がってしがみついてきてるヤツのセリフじゃないだろ」
茶化してくるつゆりに小声でツッコむ。
「男って言ったら引き下がってくれるかなあ」
その場合、僕の尊厳は破壊されるわけだが、つゆりの身の安全には代えがたい。
僕は気持ち高めの声を出して、話しかける。さすがにこの見た目で地声を出すのは恥ずかしかった。
「えっと、お兄さんたち。ちょっといいですか」
「なになに、ついに乗り気になってくれた?」
ナンパ男、まったく気付いてないらしい。
「実は、僕男なんですけど」
「いや~、冗談はやめようよ」
仕方ない。地声で話すか。
「冗談じゃないんで、さっさとお引き取り願えませんか」
「お、ほんとに男だ」
やっと気づいてもらえたが、ナンパ男に引き下がる気配は見えない。それどころか、茶髪の方は喜んでいるように見える。
「え、マジ? 俺、かわいければ男だってアリな人だよ。だからさ、俺らと一緒にき――」
「あいにくですけど、こっちはかわいい彼氏を女装させてのデートの途中なんで、むさくるしい野郎はいらないんですよ。早く帰りやがってください」
引き下がる気配のないナンパ男に痺れを切らしたのか、つゆりが食い気味に早口でまくし立てる。
「うお~、疑似百合カップルなんてはじめて見たんだけど、余計に興味出てきちゃったなあ」
「しつこいですねえ!」
彼氏なら、こういう場面では彼女を守るべきだろう。たとえ女装してようがそこは関係ない。ただ、彼我の体格差を考えれば、とても僕一人でナンパ男二人に叶うはずもない。
だが、ナンパの撃退方法が腕力だけではないのもまた事実だ。
僕は決意を固めると、精一杯高い声を出して叫んだ。
「キャアアアアアアアアアア! 助けてください!」
何事かと周囲の人たちが振り返る。
そして、案の定トイレの方からこちらに向かって駆けてくる影があった。
僕の悲鳴を聞いた正義感の強い人が助けに来てくれたのだろう。
「うおおおおぉ、お二方が不届き者に襲われているではありませぬか! 義によって助太刀いたす!」
助けに来てくれたのはザキだった。
大声を上げながら、勢いよく茶髪男にタックルする。
男はザキの体重を受け止めきれずに倒れ、そのはずみで、もう一人もドミノのように倒れる。
二人は身体をさすりながら立ち上がったものの、ザキに恐怖を覚えたのか、舌打ちをすると這う這うの体で逃げていった。
「お二人ともケガはござらんか!」
「私も朔くんも大丈夫です!」
「なら、よかったでござる」
ザキが話してくれたところによると、ちょうどトイレを出たところで悲鳴が聞こえたので駆けつけたのだという。
ほどなく航基と藤阪も戻ってきた。
ちょうど昼時なので、近くの中華料理店に移動する。
食事をしながら話すことのメインはもちろんさっきのナンパ事件のことだ。
「まさか朔がナンパされるとはな」
「そりゃどっからどう見ても美少女だし、気持ちは分かるが」
「藤阪殿も今朝、ナンパしようとしてましたよね」
「あれは冗談だっつーの」
「さっきのアイツら、私よりも朔くんの方がお目当てだったみたいです。男だって知っても引き下がろうとしませんでしたし」
「ザキが来てくれなかったら危なかったよ」
「まだ童貞卒業してないのに処女卒業するところでしたね」
「つゆりは食事中くらいえげつない下ネタを慎め」
「それにしても、ザキと朔が並んだら、オタク向けマッチングアプリの広告みたいやなあ」
隣り合って座った僕とザキをテーブルの向かいから航基が撮りながら言う。
「ツーショットをロック画面にしてもいいでありますか」
「それはマジでやめろ」
昼食の後はみんなでカラオケに行き、帰る方面が分かれる西宮北口まで戻って解散となったのだが、帰宅後はそれぞれが今日撮った写真をグループLINEにアップしたために、しばらくスマホの通知音が鳴りやまなかった。
お前ら、どんだけ僕の写真撮ってんだよ。
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