第20話 性癖のルビコン川は思いきって渡るべきものですよ?
そして日曜日、朝から僕はつゆりの家にいた。女装させられるためである。
つゆりの部屋だと汚すぎるので、着替える場所はリビングだ。今日も今日として家族の気配はない。
「この服、さっちゃんに似合いそうだなと思って、買っておいたんですよね」
原資はイラストのパトロンサイトで稼いだお金らしい。
「僕を着せ替え人形にするためのやる気を自分自身に割いたらどうだ。君は元々かわいいんだから、もっとかわいくなれるだろ」
「そんな、かわいいだなんて。照れますねえ~」
「だから、この服も僕に着せるんじゃなくて君が着ろ。その方が服も喜ぶ」
「いや~、わかってないですね~。朔くんのオタクとしては、朔くんを着飾るのに全力を注ぐのは当たり前じゃないですか」
「とんだ厄介オタクだ」
「そりゃ、私だって、女の子ですから、かわいくなりたいという思いはありますよ。でも、今のままでも朔くんは褒めてくれるんだし、いいかなと。注目されるのは苦手ですし。まあ、もっとかわいくなった私が注目を集めて、朔くんが独占欲を見せてくれるみたいな経験もしてみたいですけどね」
「じゃあ、もっとかわいいつゆりを僕が見たいって言ったらしてくれるか」
僕がそう言うと、つゆりは動きを停止した。
「見たいんですか?」
「見たい」
「仕方ないですねえ。今日は朔くんの引き立て役として地味な服装で行くつもりだったんですけど、気が変わりました。自分の着るもの取ってくるんで、朔くんは着替えといてください」
そう言い残して、つゆりは階段をドタドタと駆け上っていく。
数分経って、つゆりが戻ってくる頃には僕はもうすっかり着替え終えていた。
「おー、私の見立て通り、よく似合ってますねー」
「それはどうも」
「あれ、さっきの服と一緒に置いといたパンツだけなんでそのまま置きっぱなしなんですか? もしかしてノーパン?」
「ちげーよ、パンツだけ履き替えていないだけだ」
「せっかく女装するんだから、パンツも女物履きましょーよ」
「それは断る」
「えー、なんでですかー」
「一線超えるみたいで嫌なんだよ」
「性癖のルビコン川は思いきって渡るべきものですよ?」
「おう、なんかカッコよさそうな呼び方すんのやめろや」
一瞬、渡ってやろうかと思ったじゃないか。たとえ元老院勧告を受けようが渡らないけど。
「着た、履いた、似合った!」
「履かないし、似合わんから」
「でも、スカート捲られたら、すぐに男ってバレますよ?」
「そんなことが起きた時には向こうも警察行きだろ」
その後、化粧を施され黒髪ロングのウィッグを被せられ、鏡を見るとそこには美少女がいた。
「うん、見立て通り完璧な美少女になりましたね。なんなら私よりもかわいいくらいです!」
「いや、いくら盛ったところでつゆりには勝てないよ。つゆりは誰よりもかわいいんだからさ」
正直なところを口にすると、たちまちつゆりが顔を赤くした。
「美少女の格好で口説くのやめてもらっていいですか? 百合に目覚めそうなんですけど」
「口説くつもりで言ったわけじゃないし、そもそも僕は男だから百合にはならんぞ。さっきの発言、百合過激派のザキが聞いたら
「滝に投げ込まれたらメイクが落ちちゃいますよぅ」
「メイクの心配するレベルじゃないだろ」
一応自分がなにを着せられているのか把握しておきたかったので、つゆりに今回のコーデについて聞いてみた。
ところが、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにつゆりが早口でまくしたてたのは、初めて聞くような横文字の言葉ばかりで、聞き返す間もなく頭の中を流れていってしまう。
普段は下ネタばっかり言ってるくせに、こうやってかわいいコーデに熱くなるところはやっぱり女の子なんだなと改めて実感する。
問題はかわいくする対象がつゆり本人ではなく僕ということなのだが。
「なるほど、さっぱりわからん。出てくる単語がスタバのメニューみたいだ」
「むしろ、女子のコーデに詳しかったら、女装趣味なのかなって思っちゃいますね。朔くんが女装趣味に目覚めてくれるのは私的にはありですけど」
「いや、さすがに女装に目覚めるのは絶対にないわ」
「フラグ発言ですか?」
「人の発言を勝手にフラグにするな」
つゆりと並んで家を出る。
「大丈夫だよな、バレないよな?」
「大丈夫ですよ、朔くんはどこからどう見てもかわいらしい女の子ですから」
バレたらと思うと正直気が気じゃない。嫌な汗をかきそうだ。
駅が近づくにつれて行き交う人も増えてきた。その中にはチラリとこちらを一瞥していく人もいる。
「なあ、つゆり。なんか僕たち見られてない?」
「かわいい美少女二人組だなって見られてるんですよ、きっと」
「僕は男だぞ」
「でも、見た目に関して言えば、今は美少女ですよね?」
「美少女なのかなー?」
「もっと自信を持ってくださいよ。私が全力を尽くしてかわいくしてあげたんですから」
電車内でおばあさんに席を譲ると、「ありがとうね、お姉ちゃん。別嬪さんやねえ」と言われてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます