第15話 邪魔するんやったらお帰りください
放課後、僕は促されるままにつゆりの自宅へと続く道を辿っていた。
つゆりの家があるのは駅から坂を上った住宅地だ。敷地の広い家が多く、外車が停められている家も結構見かける。
つゆりの家も結構大きいんじゃなかろうかと思っていると、隣を歩くつゆりが足を止めた。一軒の家を指さす。
「着きました。ここです、ここここ!」
その家は文化財指定を受けてもおかしくなさそうな、年季の入った和洋折衷住宅だった。それも結構デカい。庭も相当の広さがありそうだ。
「もしかして、君の家って金持ちか?」
「まあ、そういうことになりますかね。この家を建てたひいおじいちゃんは船会社の専務だったらしいですよ」
「その割にはお嬢さまって感じしないよな、君」
「そうですね。自分でもお嬢様だと思いません、ですわ」
「語尾がおかしい。取って付けたようなお嬢さま言葉をやめろ」
「まあ、とりあえず入ってください」
つゆりは鞄から鍵を取り出して開けると、僕に入るよう促した。
「お邪魔します」
「邪魔するんやったらお帰りください」
「はいよ~」
回れ右して、敷地から出ようとしたら学ランの襟をグッと掴まれて引き戻された。意外と力が強い。
「痛い痛い! 首が締まるって!」
「今、本気で帰ろうとしましたよね?」
「関西人にはお馴染みの定番ボケにのろうとしただけだ」
それはさておき、家の中に入ってみると、暗くて人の気配はない。
「ご家族は留守なのか?」
「さあ。うちの家族、自分で言うのもなんですが、変な人ばかりなんで、部屋の中でじっとしている可能性はありますね」
「一体、どういう家族なんだ……」
「遭遇したら、その時はその時と諦めてください」
「自分の家族を神出鬼没の怪異みたいな扱いするなよ」
僕はつゆりが出してくれたスリッパを履き、そっと一歩踏み出した。
床板がギギッとなる。歩くだけでこれだけ音が出るなら、家にいる誰かしらの反応がありそうなものだが、家の中はシンとしている。本当に留守ならいいんだけど。女装させられるために彼女(仮)の家まで来て、家族に遭遇なんて、考えただけでも恥ずかしい。
つゆりは僕の一歩前を裸足でペタペタと歩いている。靴下は玄関で脱いだままほったらかしだ。
「靴下は脱ぎっぱなしでいいのか?」
「いいんですよ。妖精さんが片付けてくれますから」
「それ絶対、家族の誰かが黙って片付けてくれてるだろ」
「パパという名の妖精さんですね」
「ダメだろ、父親任せにしちゃ」
そう言いながら僕は玄関に戻ると、つゆりの靴下を拾った。裏返しに脱ぎ捨てられていたので、向きを戻しておく。
洗面所で手を洗う前に、そばにあった脱衣籠に放り込んでおいた。籠のそばには派手な赤色のブラジャーが落ちていたが、こちらは見て見ぬふりをしておく。サイズ的につゆりのものではなさそうだ。母親か姉妹のものだろう、知らんけど。
古い家だけあって、階段は急角度だ。
「気を付けてくださいよ」
そう言いながらも、つゆりは慣れた足どりですたすたと階段を上っていく。僕は置いていかれないようついていくだけで精いっぱいだ。階段を上るつゆりのスカートの中が見えそうになって、慌てて目を逸らした。
「ここが私の部屋です」
つゆりは、二階に上がってすぐのところにあるドアを指し示す。
「君、今さら言うのもなんだけど、部屋に僕を上げて大丈夫なのか? 少しくらい警戒心を持ったらどうだ」
「私は朔くんのことを信頼してますし、もし万一そういうことになっても、私よりちっちゃくて軽くて腕が細い朔くんなら、頑張れば勝てるかなと」
「もしかしなくても、僕、舐められてるのか?」
「私は朔くんのこと、ペロペロしたいくらい好きですよ」
「きっしょ」
反射的に距離を取る。つゆりは途端に泣きそうになった。
「ふえええん、冗談ですよー。冗談ですから、憐れむような眼で見ないでくださいよー」
「安心しろ、いくら君の性癖が歪んでようと、僕は君を見捨てたりしないからな」
「そんなこと言われるとキュンキュンしてしまいますよぅ」
つゆりの先導で部屋に入ると、そこには惨状が広がっていた。
足の踏み場もないほどに服やら本やら小物やら種々雑多なものが床に散らばっている。
絵に描いたような汚部屋だった。
「それにしても、君の部屋汚すぎだろ」
「いや~、それほどでも~」
「褒めてない」
「で、でも、ここまで汚かったら逆に感心しませんか?」
「するわけないだろ。なんでそんなに前向きなんだ」
単に汚いと言っても全然響かない様子なので、僕はこの部屋を見て抱いた一つの懸念を口にした。
「こんなに汚かったら、ゴキの一匹や二匹普通に潜んでそうだな」
「ひっ、怖いこと言わないでくださいよー!」
効果はてきめんで、つゆりはたちまち顔を青ざめさせる。怖いのかギュッと僕にしがみついてきた。甘い匂いが鼻をくすぐる。
「僕は事実を指摘しただけだ。ゴキが怖いなら、部屋を片付けろ」
「うーん、この汚さだと、片付けるのに丸一日はかかりそうですね」
「他人事みたいに言って。君の部屋だろ」
「まあまあ、部屋の片づけは今度するとして――」
「今度するっていうのは、いつまでもやらないやつのセリフだと思うんだが」
「片付けなんか、あとでいいじゃないですか。今日、朔くんを家に連れてきたのは女装させるためなんですから、さっさと始めちゃいましょうよ!」
つゆりはそう言うと、セーラー服を脱ぎはじめた。
「おい、待て。なんで急に脱ぎだすんだ」
「なに当たり前のこと聞いてるんです? 朔くんが着るためにはまず私が脱ぐ必要があるじゃないですか!」
「女装させるにしても、制服はその一枚だけじゃないだろ」
「私が脱いだあとの服だと、汚くて着れませんか?」
捨てられた子猫のような目で見つめてくる。
「汚いなんか思ってないよ。着ればいいんだろ、着れば!」
僕は自分の制服を脱ぐと、つゆりが脱いだセーラー服をひったくって、身に着けた。
着てみるとつゆりの体温が残っていて、ほんのり温かいし、つゆりの体臭を強く感じる。
まるでそう、つゆりに身体を包まれているようだ。
くさくて不快なだけの男の体臭とは違う、どこか甘い匂いがする。
「はい、じゃあズボンも脱いでいってください」
つゆりはそう言いながらもスカートを脱いでいく。
「わあっ! 待て待て! 見られて恥ずかしくないのか!」
指摘すると、つゆりはスカートにかけた手を止め、下を向いたままこう言った。
「そ、そりゃ恥ずかしいに決まってますよ! で、でもですね、朔くんになら見せれると言いますか……」
下を向いていても、耳が赤くなっているのが見える。
「僕は廊下で待ってるから、着替え終わったら持ってきてくれ」
着替え途中のつゆりから目を逸らし、そう言って部屋を出ようとすると、後ろから袖を引っ張られた。
「行かないでください」
振り返ると、つゆりが不安そうな目でこちらを見ていた。
「どうした?」
「部屋に一人にしないでください」
「自分の部屋だろ」
「怖いんですよ、ゴキブリが」
「最初から廊下で着替えればよかったんじゃないか‼」
「あと、朔くんが着替えるところを見たいんです」
「それは断る」
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