幕間 膝枕と鼻血
変わったアプローチをかけてみようと、ちょっとえっちな自撮りを送ってみた翌日、朔くんにようやく会えたのは昼休みになってからでした。朝は「申し訳ないけど、座って寝ていきたいからいつもと違う電車に乗る」と連絡があり、別々の登校だったのです。
昼休みに会った彼は見るからに寝不足の顔をしていました。
毎日八時間寝てるという割には普段から眠そうな顔をしている彼ですが、今日は一際眠そうです。
「どうしたんですか? すごく大きなクマですね。
「いや、それはデカすぎるだろ。てか、そっちのクマじゃないし、例えが不謹慎すぎる。あと、ボケを重ねずにどっちか選べ。寝れなかったんだよ、誰かさんのせいでな」
私がいつものように冗談を言うと、彼は不機嫌そうに私を睨みつけました。ちゃんとツッコんでくれたあたり、本気で怒っているわけではないようですが、不機嫌な彼もまたかわいいと思ってしまいます。
「悶々として寝れなかったんですね」
「うるせえしね」
罵倒表現が小学生レベルまで落ちているあたり、頭の働きも鈍っているようです。
「眠いのなら、私の膝で寝ますか?」
「なんでそういう発想になるんだ。いいよ、保健室で寝てくるから」
「朔くんが寝れなかった原因をつくった罪滅ぼしくらいさせてください!」
レジャーシートの上に正座した膝を私はポンポンと叩いて、彼を促します。
「さあ、早く早く。JKの生膝枕ですよ」
「うーん、そこまで言うなら……」
昼食を食べて眠さが限界に達していたのか、彼はあくびを噛み殺しながら、私の膝に頭を預けました。
一分と経たないうちに、すうすうとかわいらしい寝息が聞こえてきます。寝つきが悪いと言っていた彼がこんなにも早く寝入ってしまうなんて、よっぽど眠かったんですね。
せっかくの機会なので、彼の顔をじっくり近くで見てみることにしましょう。
普段だと目が合ってしまって恥ずかしいですし、彼の方も照れ隠しに顔を背けちゃったりしますからね。
まずは、綺麗な肌に目が行きました。
最近は美容に気をつかう男の子も多いと聞きますが、朔くんもお手入れしてるんでしょうか。いや、彼の性格的にあまり想像できないですね。手入れしてなくてこれだとしたら、本当に羨ましいです。
まつ毛も長いですし、顔のパーツの形もそれぞれの配置もいいです。
こうして近くで見てみると、ほんとうに綺麗な顔をしています。男の子にしとくのがもったいないくらいです。もし私が彼みたいにかわいい男の子だったら、女装自撮りを上げてちやほやされて、承認欲求満たしまくることでしょう。
朔くんのかわいい顔を見ていたら我慢できなくなりました。
今ならこっそり唇奪ってもセーフですよね?
こんな無防備に寝ているんですもん。私にアレコレされるのを許していると言っても過言ではないわけで。
自分に言い訳をして、やましい気持ちをごまかしながら、私はゆっくりと彼の顔に、私の顔を近づけていきました。
相手が寝ているとはいえ、さすがに目を開けたままというのは恥ずかしい気がするので、私はギュッと目をつむります。
この時の私は数秒後に自身を襲う悲劇について、知る由もありませんでした。
なにかが勢いよく、私の顔にぶつかってきたのは、目をつむった次の一瞬のことでした。
「へぶっっ」
鼻を中心に激痛が走ります。私はあわてて鼻を手で押さえました。
温かいものがドロリと垂れる感覚があります。温かいものは手にも垂れてきました。
赤く染まった手が視界に入ります。昭和の刑事ドラマで殉職する刑事が最後に見た光景みたいで、一瞬、驚きで心臓が止まるかと思いました。
鼻血です。直感的にそう判断すると、私はティッシュをポケットから出して、鼻に詰め込みました。
「ふーっ」
まだ鼻は痛みます。けれども、応急処置が済んだので、朔くんの方を見る余裕が生まれました。
彼はおでこを押さえていました。痛かったからなのか、目には涙さえ浮かべています。
「つゆり‼ 大丈夫なのか! 救急車! 救急車を呼ぼう‼ 待ってろ、今から電話をするから」
なにが起きたのか分かってない様子ですが、私の鼻からだくだくと流れ出る赤い液体を見て、かわいそうなくらい取り乱しています。
「大丈夫ですよ。単なる鼻血ですから。一緒に保健室に行きましょう」
時間が経つにつれて、段々と状況が呑みこめてきました。
私が朔くんの唇を奪おうとした瞬間、彼の方は目が覚めて起き上がろうとしたのでしょう。彼の方は寝起きですから、私に膝枕されていることも忘れていたに違いありません。
そして、運悪く私の鼻に彼のおでこが直撃したわけです。
「鼻とおでこがぶつかるなんて、どないしたんや?」
保健室の先生に診てもらうと、案の定、そう聞かれました。先生はうちのママより年齢は上のはずですが、綺麗な方です。いわゆる美魔女というやつでしょう。
それはさておき、まさかキスをしようとしたなんて説明するわけにもいきません。そりゃ、正直に言うにこしたことはないのですが、恥ずかしいですし、キスしようとしたことが朔くんにもバレてしまいます。
さてどう説明したものか。私も眠くなって顔が下がったタイミングで彼が起きたことにすればいいでしょうか。私が悩んでいると、彼が口を開きました。
「えーっと、ひ、膝枕してもらってたんです」
「あー、そういうことかー。青春やなあ」
先生が微笑ましいものを見るかのような温かい目を向けてきます。
膝枕の一言で納得されたようで、拍子抜けしました。
正直に言うべきかどうかという私の心配は取り越し苦労だったみたいです。
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