第11話 ビデオ通話越しの無防備な彼女

 今日も帰りはつゆりと一緒だ。相変わらず同じ学校の生徒からの視線を感じる。

「朔くん、ハンドルネーム変えませんか」

「どうしたんだ急に」

「私思うんですけど、朔くんのハンドルネームのSKってあまりに安直すぎますよ。だってSAKUの子音を抜き出しただけじゃないですか」

「まあたしかに。アカウントつくるにあたって適当に付けただけだからな」

「被りやすいですし、もうちょっとひねった方がいいと思います」

「そういや、つゆりのハンネの『市田いちだ明日あす』ってなにが由来なんだ?」

「よくぞ聞いてくれました。由来はですね、本名からの連想ですよ」

「本名からの連想?」

「『つゆり』は『五月七日』とも書きますよね。5と7を足すと12。12は1ダースとまあ、そういうわけです」

「なるほどな。そこまでひねれば、本名由来なんて想像もつかないよ」

「せっかくですし、類推されにくいハンネを私が考えてあげますよ。そうですねえ、松平周防守すおうのかみとかどうですか?」

「誰だよそいつ。名前からして親藩の大名ということだけはわかるが」

陸奥国むつのくに棚倉たなくら藩主はんしゅのお殿さまですよ。ま、川越藩主としての方が有名かもしれませんが」

「有名もなにも初めて聞いたんだが」

「棚倉藩は大名の左遷先として有名なんですよ」

「随分不名誉な藩だな。まあ、僕の苗字とは関係ないだろうけど」

「で、ハンドルネームとして使いますよね?」

「却下だ。仰々しすぎるし、今さらハンネ変える必要性も薄い」

「でも、私たちに注目している人たちがSNSのアカウントの方に来る可能性もありますよ」

「あー、たしかに、その可能性があったな。面倒だし、一時的に鍵かけとくか」

 僕はその場でスマホを操作して、Xのアカウントに鍵をかけた。これで、市田明日をはじめとしたフォロワー以外にツイートを読まれることはない。


 その夜、風呂から上がってLINEを確認すると、つゆりからメッセージが来ていた

【つゆり:ビデオ通話しませんか】

 断る理由もないので承諾すると、すぐに着信。スマホにつゆりの顔が大きく写しだされる。

「朔くん、今暇ですか?」

「そういうのは普通、かける前に聞くもんだろ」

「私は普通の子じゃないので。えへへ」

「君が普通じゃないのくらい、とっくに知っとるわ」

「髪の毛が濡れてるし、お風呂上りですね!」

「ああ、その通りだ」

「水のしたたるいい男……ぐへへ」

「ぐへへなんて笑い方を実際にするやつ、初めて見たよ」

「それで、今暇でしょうか?」

「後は歯磨きして寝るだけだし、暇だけど」

「どうせならお風呂で通話受けてほしかったです。朔くんのスマホって防水でしたよね?」

「アホか。いくら防水スマホでも風呂では使わない」

「えー、残念です。朔くんの裸見たかったのに」

「この変態め。見せるわけないだろ」

「私には見せてくれたっていいんですよ? 私の方も見せてあげますから」

「……」

「顔赤いですよ。なにか想像しましたね? 朔くんのえっち!」

「顔が赤いのは風呂上がりだから当たり前だ! ふざけるなら、切るぞ」

「あー、待ってください。冗談です冗談です。そういうのはもっと先で大丈夫ですから~、切らないでください!」

「歯磨きの間だけ切っていいか?」

 なんとなく、歯磨きの音を聞かれるのは恥ずかしいので、そう提案する。そもそも会話できないし。

「まあ、歯磨き終ったらまた繋いでくれるなら」

「歯磨き終ったらこっちからかける」

「りょーかいです!」

 プロロロンという音と共に通話が切れる。さて、あんまりつゆりを待たせるわけにもいかないし、さっさと歯磨きを済ませるとするか。


 歯磨きを済ませ、自室に戻ったところで、つゆりにビデオ通話をかける。

 すぐにベッドの上で女の子座りしているつゆりが映し出された。枕にでもスマホを立てかけているのか、少しローアングルだ。着ているのはパジャマではなく、ダボッとしたシャツ。かなりサイズが大きい。灰色の無地で、見るからに部屋着って感じだ。

「おかえりなさい」

「ごめん、待たせた」

「待ちくたびれましたよー、朔くんのかわいいお顔を拝めないんでー」

「かわいいは余計だ」

「知ってますか? 朔くんって最近女子の中で密かに人気なんですよ。地味だけど、顔はかわいいし、優しそうだから掘り出し物だって。まあ、既に私のものなんですけどね」

「つゆりのものではないぞ。家父長制における家族じゃあるまいし、勝手に所有するな」

「みんなが注目する前から朔くんの魅力に気付いてたんだぞって自慢したい気持ちです」

「好きな漫画が有名になって古参ぶるオタクか君は」

「作品ならこぞって布教するところですが、朔くんは一点ものなので、同担拒否ですね」

「君くらい僕への愛が重いやつは、他におらんだろうな」

「朔くんを愛していることにかけてなら、他の誰にも負けない自信があります!」

 自室という空間で、他人に声を聞かれる心配がないからか、つゆりはいつにもましてテンションが高い。

「そういやつゆりって、いつも何時ごろに寝てるんだ?」

「日によってまちまちですけど、基本は夜の10時くらいですかね」

「そうか。僕も21時から22時ってところだな」

「健康的ですね」

「朝型だし、8時間寝ないと身体が持たないんだよ」

「朝は何時に起きてるんですか」

「目覚ましは5時にセットしてて、起きれたら起きるし、まだ眠かったら二度寝して6時に起きる」

「早起きですね。道理で早朝の過疎ってるタイムラインに浮上してるわけですか」

「早朝のタイムライン見てる時点で、君も早起きだろ」

「いや、それがそうじゃないんですよ。たまにあるんですよね、絵を描くのに夢中になって夜更かしすることが。寝ようとした時に描きたい絵が思い浮かんだときとか、その勢いで朝まで描いちゃうこととかがありまして」

「いかにもクリエイターって感じの話だけど、そういうの不健康だからやめろよ。ネットでもそういう生き方で倒れた人の話とかよく見るし」

「自分でも気を付けてはいるんですけど、なかなか難しいんですよね。あ、いいこと思いつきました! 朔くんが毎晩寝る前に『早く寝ろ』ってメッセージを送ってくれればいいんですよ。それなら、私の方も寝ないといけないことに気がつきますし」

「僕の方は構わないけど、君はそれで本当に寝れるのか?」

「ママに言われたことなら、はいはいって受け流して終わりですけど、愛する朔くんに言われたことならしっかり確認しますから」

「今日みたいにビデオ通話繋いでる日なら、いい感じの時間になったら直接言って切るみたいな感じがいいかもな」

「じゃあ手始めに今日お願いしますね」

「わかった」

 その時、画面の向こうでつゆりが「う~ん」と伸びをした。シャツが上に引っ張られて、へそがチラリと見える。いくら僕のことが好きだからと言っても無防備すぎやしないか。

 いや待て。こいつ、ズボン履いてなくないか。だとしたら、チラリと見えている白い布はパン――僕はあわてて思考を遮断した。

「よいしょっと」

 伸びを終えたつゆりが画面の向こうで足を組み替える。その一瞬、また白いものがちらついた。見間違いなんかではなさそうである。

 つゆりがズボンを履いていないという事実に僕は落ち着かなくなった。

 ただでさえそういうお年頃の男子高校生、それも異性経験がこれまで皆無だった僕には、画面の向こうのつゆりの無防備さは刺激的すぎるのだ。

 つゆりのあまりの無防備さに気付いてしまった以上は、画面越しとはいえ平気な顔して話し続けるなんてできそうにない。

 僕がとっさにこう言ってカメラをオフにした。

「ごめん、スマホ重いからカメラオフにするわ」

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