第10話 普通を目指すくらいなら準特急を目指せ

 昼休み、今日も僕らは屋上でつゆりパパ特製の弁当を食べていた。今日の弁当は、そばめしだ。焼そばを細かく刻んで、ご飯と一緒に炒めた神戸のB級グルメで、野菜も入っているのだが、昨日と同じく見事に茶色い。

「さーくくーん~‼ やっぱり注目されるの苦手ですぅ~」

「昨日言ってたことと正反対じゃないか」

「知らない人から話しかけられるの怖いんですよー」

「適当に返事してやり過ごせばいい話だろ」

「それができたら苦労しません!」

「気持ちは分かるぞ。僕もコミュ障だからな。全然話したこともないやつから、君のことを根掘り葉掘り聞かれるのは、鬱陶しくてたまらなかった。もっとも、適当に会話打ち切って本を読みはじめたら、話しかけてこなくなったけどな」

「相変わらずですねー、朔くん」

「君の場合、僕と違って、話しかけてくれる相手には答えなければいけないと、義務感を持ってるからこそ、話しかけられるのが怖いんじゃないか?」

「だって、返事しないと悪いじゃないですか。怒られるかもしれないですし」

「それは君が優しいからだと思うよ。僕も君もコミュ障だが、僕と違って君には相手を思いやる優しさがある」

「私としては朔くんみたいに、周りを気にせずにいられる人が羨ましく思えますけど」

「僕は他人に愛想よく振舞えないから仕方なくこうしているだけだよ」

「そうは言いつつも朔くん優しいですよね。今朝も電車でおばあさんに席譲ってたじゃないですか。コンビニで買い物する時も店員さんにお礼言うし、社会性ないって自称する割にはマトモじゃないですか」

「そこに関しては、基本的に一瞬の関係性だからこそ機械的に優しくできるって感じかな。一期一会の相手と違って、クラスメイトの場合、一度関係性を築くとその後も相手しないといけない義理ができるだろ。面倒くさい人付き合いをするくらいなら、最初から付き合い悪い人間だと思われといた方がいい」

「ふーん、一理あるんだかないんだかよくわからないですけど、そういうこと考えてたんですね」

「わからないのかよ。普通は『一理ありますね』とかいうとこだろ」

「あいにくですが、私は普通の子じゃないので。うぇへへ」

「無理して普通になる必要はないよ。普通が偉いわけじゃないしな。普通を目指すくらいなら、準特急じゅんとっきゅうを目指してやれ」

「そこは特急を目指せじゃないんですね。特急の方が準特急より早いのに」

「特急の方が早いけど、早いから偉いってわけでもないしな。むしろ他の鉄道にもある特急より、阪急にしかない準特急の方がレアだし価値があると思うぞ」

「マッキーの名曲の歌詞を出せばいいところをわざわざ電車の話に置き換える辺り、朔くんってやっぱりオタクですね」

「これでも非鉄相手だから加減してるんだぞ。形式の話持ち出したってきょとんとされるだけだろうしな」

「私たちなんの話してたんでしたっけ」

「他人に愛想よくするとかそう言う話だったと思う」

「それで、面倒くさいから他人との関係性を築きたくないって思ってる朔くんは、どうして私と仲良くしてくれるんですか?」

 つゆりからの問いかけに、僕は少し考えてからこう口にした。

「端的に言うなら、君に好意を持っているからだ」

 好き、という表現を使うのはためらわれた。恥ずかしかったからだ。つゆりの方は散々僕のことを好きだと言ってくれているというのに。自分の思いを真っすぐ伝えられずにカッコつけてる自分を情けなく思う。

「好意……ですか」

「もちろん異性としてす、しゅきというのもある」

 思いきって言おうとしたら噛んだ。死にたい。

「うぇへへ……好きと伝えるのを恥ずかしがる朔くんかわいい♡」

「あとは相性が合いそうだというのと、君が持っている才能に対する尊敬ってところだな。まあ、理由なんて全部後付けなのかもしれないが」

「よかったです。朔くんが私のことをそんな風に思ってくれてるってわかって。私、実は不安だったんですよ。告白を保留した時、朔くんは私のことを好きと言ってくれたけど、異性としての好きじゃないんじゃないかって。恋人よりも、フォロワーの延長線上の友達として求めてるんだったらどうしようって」

「そこについては本当にごめん。なんだかんだ理由を付けて告白を保留なんて、ほんとやってることがダサいよな」

「いいんですよ。私はもう安心したんで。あとは、一日でも早く仮から本当の恋人になれたら、もう言うことはないですね」

「善処する」

「ところで、朔くん。私と初めて会った日のこと覚えてますか?」

「さすがにオフ会の日のことじゃないよな。まだ一週間も経ってないし」

「ええ、本当の初対面の日のことです」

「すまない、覚えてないな。たしか中二の頃だったと思うんだが」

「まあ、覚えてなくても仕方ないですよね。リアルで話すようになったのは、オフ会の日が初めてなんですから」

 へへへと笑うつゆり。その表情は少し寂しそうだった。

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