幕間 クラスの皆さんから話しかけられました
朔くんと別れて教室へ入ると、突き刺さるようにいくつもの視線を感じました。
私の近くにいる誰かを見ているのかと振り返ってみましたが、今この瞬間、教室に入ったのは私一人だけです。
なぜでしょうか。普段は私がなにをしようと、空気のように気にしない方ばかりなのに。
心当たりは一つだけあります。私が朔くんと付き合いはじめたことです。昨日の時点で早くも噂が広まっていると美帆ちゃんが教えてくれました。
視線を気まずく感じながら席へ行くと、三人の女子が小走りにやってきて、私の席を取り囲みました。どうやらその方たちは私が登校するのを待ち構えていたようなのです。
そのうち正面の一人が私に話しかけてきました。
「笠置さん、おはよう!」
「え、あ、えっと……どちら様でしょうか?」
私は精一杯営業スマイルをつくって、目の前の女子生徒に尋ねます。ポニーテールの、活発そうな印象を受ける女の子です。声も大きいし、基本他の方と群れてるし、間違いなく陽キャの方です。私とは生きてる世界が違う方だなと感じます。
「笠置さんったら冗談キツいなあ。同じクラスの谷川だよ。それで、そっちが市島と黒井」
タニカワさん。初めて聞く名前ですが、それを言うのは失礼だと思ったので笑ってごまかすことにしました。他のお二人の名前も教えてくれる辺り、名前を覚えてないのを見抜かれているのかもしれませんが。
「タ、タニカワさん、どどど、どうしましたか?」
「ねえ、笠置さん。聞きたいんだけど、一年の子と付き合い始めたって本当なの?」
「うぇっ⁉ ま、まあ、本当ですけど……」
さすがにここで、付き合ってはいるものの仮交際だと言い出す勇気は私にはありませんでした。変に否定して話がこじれると、説明するのも面倒です。
それに、彼氏がいると自慢したい気持ちもちょっと……いや、だいぶあります。
「田中くんだっけ? チラッと見ただけなんだけど、かわいい顔してるよね~」
左の眼鏡をかけたセミロングの方――イチジマさんが言いました。
「た、田中じゃなくて、棚倉です……」
「ね、ね、どっちから告白したの?」
と、今度は右のツインテールの方――クロイさんが、ひそひそ話でもするかのように、顔を寄せてきます。か、顔が近い! そして、いい匂いがします。
「わ、私ですっ」
「やる~笠置さんって大人しそうに見えて、やる時はやるんだね」
「ねえねえ、タナ……クラくんとのツーショットとかないの?」
イチジマさんも距離を詰めてきました。
「えーっと、ツーショットはないんですけど、写真なら……」
私はスマホを取り出し、朔くんの写真を何枚か見せました。
「かわいい~!」
「ほんとに顔がいいな」
クロイさんとイチジマさんが口々に感想を述べます。
すると、私たちの様子を遠巻きに見ていた他の方々も、こちらにやってきました。私に色々聞きたいのはお三方だけではなかったようです。
「それで、どういう子なの? あんまり噂聞いたことないんだけど」「うちにも写真見せてくれへん?」「どういうところを好きになったの?」「ウチも気になる! 1年2組の後輩に聞いても、棚倉くんなんて全然知らへんって言うとうし、ミステリアスな感じやんな」「キスはもうしたの?」「写真一枚いただけないかしら」「そもそも笠置さんのことを知りたいんだけど」「私にも色々聞かせて!」
後からやってきた方々が、いっせいに話しかけてきました。まず誰が誰なのかを知りませんし、私は聖徳太子ではないので、もちろん聞き取ることもできません。
こんなに多くの人を相手にすること自体、生まれてはじめてなので、パニックになってしまいます。
「わ、わ、わ」
「みんな、落ち着いて。笠置さん困ってるでしょ」
「聞きたいことがあるなら、一人ずつ聞くようにしてあげてほしい。生徒会長からのお願いだ」
質問攻めにあって困ってる私を助けてくれたのは、タニカワさんと美帆ちゃんでした。
知らない人ばかりだったのが、ようやく親友の美帆ちゃんに会えたのでホッとします。
「えー、では只今より笠置つゆり交際発表記者会見、質問タイムとさせていただきます。質問のある方は挙手願います」
ホッとしたのもつかの間、美帆ちゃんがなにやら仕切りはじめました。美帆ちゃんは昔からそうです。仕切りたがりだからこそ生徒会長になったような子なのですが、それでも周りの反感を買ったりしないのは、こういう時におふざけを入れられる柔軟さがあるからなのでしょう。もっとも、私は交際発表などしていないのですが。
美帆ちゃんの言葉を受けて手を挙げた方の中から、美帆ちゃんが一人を指名します。
「はい。それでは、
指名された方が前に進み出て、私にこう聞いてきました。
「もうキスはされたのでしょうか?」
美帆ちゃんが記者会見にしてしまったためか、クタニさんは改まった口調です。
「え、えっと、ままままだでごじゃいましゅっ!」
そんな聞かれ方をしたものですから、私も緊張して、うっかり噛んでしまいました。
「噛んだっ!」
「かわいい~」
し、死にたい! 恥ずかしすぎて死にたいくらいです。もし私が体面を重んじる武士なら、腹を切っていることでしょう。
「そんな丁寧な聞き方したら、笠置さんも緊張しちゃうでしょ。美帆もダメだって、そんなお堅くなりそうな空気つくっちゃ」
タニカワさんが助け舟を出してくれて、その後の質問は普段通りの口調ですることになりました。張りつめた空気がちょっと緩みます。
続いて、テラマエさんという方が質問してきました。
「デートはもうしたの?」
「はい、この前の日曜日に」
「どこで? どういうとこ行ったの?」
「えっと、にっ……ミナミの方です。ご飯食べたり、カラオケ行ったりしました」
日本橋と正直に答えかけて、私は言い直しました。昔みたいにオタバレしていじめられるのは嫌ですから。そもそも、日曜のはデートじゃなくてオフ会なわけですが、広義のデートということにしておきましょう。
「じゃあ、次。
「笠置さんは棚倉くんのどこを好きになったの?」
コウヅキさんの質問はよくぞ聞いてくれたという感じのものでした。私は朔くんのオタクですから、朔くんの好きなところならいくらでも語れます。
「とにかく優しくてかわいくてかっこいいところですね。顔がいいのは言うまでもなく、中身も素敵なんですよ。普段はクールな感じで色恋沙汰などには微塵の興味もないって顔してるんですけど、私が攻めるとすぐ顔を赤くするんですね。本人としては感情を隠してるつもりなんでしょうけど、バレバレでそこがかわいいんです。素っ気なくてツンツンした態度も照れ隠しなんだなって思うと許せちゃいます。うぇへへええ、尊すぎて死ねます。それでいて、ピンチの時には私のことを弱いなりに助けてくれようとして、もうほんっと王子様って実在するんだなって……」
はっと気づいた時には遅すぎました。さっきまで私の席を囲んで、朔くんとのことを話すように迫っていた皆さんが、心なしか私と距離を取っているような気がします。
もしかして、私、ドン引きされてしまいました?
朔くんのことが好きだからって、あまりに饒舌になりすぎてしまったようです。
おとなしいと思っていた女子が突然テンション高く早口で喋りだしたので、皆さんちょっと引いてるのでしょう。
「か、笠置さんって本当に彼氏くんのこと好きなんだねー」
質問者のコウヅキさんは苦笑いを浮かべ、目を逸らし気味にそう言いました。
「驚いたかもしれないけど、悪い子じゃないから、みんな仲良くしてあげてね」
すかさず美帆ちゃんがフォローに入ります。朝礼の時間が迫っていることもあって、質問会はそれでお開きになりました。
「あんなに好きな気持ちを語ってもらえる棚倉くんは幸せ者だね」
「あれだけ好きを語れる相手、ウチにもできるんかなあ」
そう話しているのが聞こえてきた辺り、クラスの皆さんから嫌われたわけではないと思いますが、恥ずかしいので、昼までの4時間は身を小さくして過ごしました。
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