第8話 ネット弁慶とネット兼房
終礼の後、一緒に帰ろうと誘うザキと航基に断りを入れると、僕は2年3組の教室へ向かった。
「朔く~ん、会いたかったですよ~」
「うおっ」
僕の姿を見つけるなり、つゆりがものすごい勢いで走って抱きついてきた。まるでタックルだ。
「昼休みが終ってからまだ三時間くらいしか経ってないだろ」
「朔くんに会えない教室は私にとっては針の
「さては他学年の廊下だけじゃなくて、自分のクラスすらアウェーだと思っているな、君?」
「同じクラスに美帆ちゃんはいますけど、他の四十何人かはまるっきり知らない人のわけです。アウェーじゃなければ、なんなんですか?」
「クラスメイトの名前を知らないことや、クラスの人数を把握していないことについては、僕も人のことは言えないけど、君の人見知りは重症だな。とても、ネットではFF外の一見さんにも丁寧にリプを返してあげる神絵師と同一人物とは思えないよ」
「ネットはネット、リアルはリアルです。顔が見えない分、気楽じゃないですか」
「君って本当にネット弁慶だな」
「私がネット弁慶なら、朔くんはネット
「誰だよ、兼房って」
「知りませんか? 義経の家来ですよ」
「ああ、松尾芭蕉が奥の細道で歌に詠んだやつだっけ」
「惜しいです! 詠んだのは弟子の
「河合曾良が題材にしたくらいの人物なのに、実在しないのか」
「言ってみれば、二次創作のキャラなのに原作キャラ扱いされるくらい知名度高いヤツって言ったところでしょう」
「司馬遼太郎の書き方がうますぎて、創作を史実だと思い込むようなもんだな」
「ま、弁慶だって有名な話はほとんど後世の創作っぽいですけどね」
「それで、なんで僕がネット兼房なんだ?」
「すいません、義経の家来の中から適当にマニアックなやつの名前言ってみたかっただけです。ネット
「忠信は分かるけど、誰だよそいつら」
「オタク特有の雑学ひけらかしがしたかったんですよ! 朔くんなら色々知ってるから相手してくれそうですし!」
「他に誰もいないとほんとテンション高くなるな君」
「えへへ、だってコミュ障ですもん」
「自慢げに言うことか」
Xでのやり取りとさして変わらない気もする会話を交わしながら、僕らはともに下校するのだった。
帰宅すると、妹が先に帰っていた。
僕とは対照的に社交的な性格で、艶やかな黒髪をツインテールにしている。
僕の顔を見た紬は、おかえりをすっ飛ばして、いきなりこんなことを聞いてきた。
「ねえ、お兄ちゃん。彼女できたって本当?」
「なんで校舎違うのに知ってるんだよ」
「そりゃあ、噂になってるんだもん」
「クラス内だけならともかく、中学生にまで噂が広まるくらい目立つ生徒じゃないと、自分では思うんだがなあ」
「そうは言うけど、お兄ちゃんもつゆりさんも見た目はいい方じゃん」
つゆりの名前まで知ってるらしい。女子中学生の情報網おそろしや。
「つゆりはかわいいけど、僕に対するその評価は単なる身内びいきだと思うぞ」
「ほんとに自覚ないんだね。私の友達でも、お兄ちゃんのこと気になるって言ってる子、何人かいるよ。紹介してって言われた時は、変人だし年上好きだからって断ったけど」
「紹介されたところで、相手に興味を持てなかったら申し訳ないし、それは助かるんだが、その時に一言、僕に伝えるくらいしてくれてもいいと思うぞ」
「たしか言ったと思うけどなあ。他のことに夢中で聞いてなかっただけじゃない?」
「それを言われると否定しづらいなあ」
「つゆりさんを家に連れてくるなら事前に教えてね!」
「いったいなにをする気だ。当分その予定はないから安心しろ」
このままだと根掘り葉掘り聞かれそうなので、僕は制服から着替えるとさっさと部屋に引き上げた。
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