第7話 お弁当(つゆりパパ特製)
四限の授業が終わり、教室を出ようとしたところで、腕を掴まれた。
「どこへ行くつもりだ?」
「離せ、藤阪。お前には関係ない」
「一緒に昼を食べるんだろ。せっかくだから、彼女さんの顔を俺にも拝ませてくれよ」
「パパラッチをするようなやつに、つゆりを合わせたくない。それに、厳密に言うと、まだ彼女じゃないって言ったろ」
「まあまあ、そう言わずにさ。彼女さんを紹介してくれてもいいとは思わんかね」
「じゃあな、僕は用があるから行くぞ」
しつこい藤阪を振り払って教室から出ると、廊下の壁際につゆりがいた。
迎えに来るとは言っていたが、まさかの出待ちである。
他学年の生徒が行き交う廊下にアウェー感を覚えているのだろうか。ひっそりと縮こまっている。
「つゆり」
声をかけると、ビクッと肩を跳ね上げたが、僕だと気付くと安堵の表情を浮かべた。
「朔くん~、地獄で仏とはまさにこのことですね~」
「君にとっては他学年の廊下は地獄なのか」
例えとしてはちょっと大げさすぎる感じがしないでもない。
「わざわざ迎えに来なくても、こっちから迎えに行ったのに」
「いえ、この階の方が屋上に近いですから」
「屋上? まさか君、屋上で飯を食うつもりなのか」
「えへへ、そのつもりですよ」
屋上はたしか閉鎖されているはずなんだが。どういうことなのか聞こうとしたところで、邪魔が入った。
「へえー、これが笠置先輩か。棚倉にはお似合いだな」
僕らに話しかけてきたのは茶髪マッシュルームカットの高身長男、藤阪だ。
「おい、藤阪。諦めてなかったのか」
「ひうっ、朔くん、誰ですか、このバンドマンみたいなチャラ男」
「クラスメイトの藤阪だ」
つゆりは咄嗟に僕の背後に隠れる。知らない男、それも背が高くて、見るからに陽キャな藤阪が怖いらしい。
もっとも、身長は僕よりつゆりの方が高いので隠れられていないのだが、チビの僕でもつゆりを守る盾くらいにはなってやれるだろう。
「チャラ男怖いです……襲われて犯されそうです。そして『イエーイ朔くん見てる~?』ってNTRビデオレターを撮られるんです」
「君の中でチャラ男のイメージはどうなってるんだよ。こいつは女襲ったりしないやつだから安心しろ。ただ、女子の個人情報になぜか詳しくて、勝手に女子を採点してるだけのきしょい男だから……いや、安心できんな。警戒してくれ」
「おい、棚倉! 庇う流れだろそこは。なにディスりまくってくれてんだ!」
「普段の言動を考えれば当たり前だろ」
「NTRチャラ男じゃなくて、ストーカー予備軍なんですね……きっしょ。あと、髪型もちんこみたいです。『どしたん話聞こか』でワンチャン狙おうとしてそうです」
「ねえ、なんかえげつない罵倒されてて、俺の心折れそうなんだけど」
「その割には嬉しそうだな。つゆり、こいつにはチクチク言葉もぶつけない方がいいぞ。ご褒美になるから。あと、性器の名前を公共の場で言うな」
「わかりました。気を付けます」
「藤阪の方は僕らに構ってないで、さっさとザキと昼飯食いに行けよ」
「いやそれよりも俺としては棚倉と彼女さんの方が気になるんだよ。ザキの推しキャラの話されても俺わからんし」
そんな話をしていると、ちょうどいいタイミングでザキと航基がやってきた。
「藤阪殿っ、油売ってないで食堂行くであります!」
「おおザキ、いいところに来た。こいつをさっさと食堂に連行してくれ。絡まれて鬱陶しいんだ」
「むむむ、人の恋路を邪魔するとはいただけませんなあ。馬に蹴られて死ぬのがお似合いであります。
「競馬場の馬は処刑用とちゃうぞザキ。こんなやつは車裂きにしたった方がええ」
「なあ航基、お前さあいちいち俺への殺意強くない?」
「俺らがこいつシメといたるから、朔は楽しんでこい」
「ああ、ありがとう」
航基が親指を立てて振り返る。三人は物騒な会話を残しながら去っていき、ようやく僕らは藤阪から解放されたのだった。
屋上に出ると、つゆりは鞄からレジャーシートを取り出して敷き、その上に座るよう僕に促した。続いて、鞄から弁当箱を二つ取り出す。
「お弁当持ってきました!」
「つくってきたじゃないんだな」
「つくったのは私じゃありませんから。パパ特製です」
「つくってもらう時、どう説明したんだ」
「え? 普通に彼氏と一緒に食べたいからお弁当つくってくださいって」
「彼氏って言ったんだな」
「まだ仮交際なんて説明するのも面倒くさいですし」
「娘の彼氏の分まで弁当をつくらされる父親、なんとなく不憫だな」
親切にもつくってきてる辺り、交際に反対はされていないらしい。
弁当箱を開けると、ご飯の上に肉野菜炒めと目玉焼きが載っていて、漬物が添えられていた。この全体的に茶色い感じはなんとなく見覚えがある。
「もしかして、市田明日がたまに写真上げてる手料理も、君の父親がつくったやつか?」
市田明日はよく男の手料理って感じの料理の写真を上げていた。カレーもスパイスからつくっていたはずだ。
「あっ、バレてしまいました」
そう言って、いたずらがバレた子供みたいに舌を出す。
「ネット上の市田明日はどこまでが本物の君自身なんだ?」
「上げている絵と、オタク語りと下ネタです!」
一番最後は、自信満々に言うことじゃないような気もするが、まあいい。
「まあ、あんまり嘘で塗り固めるのは良くないと思うけど、ある程度嘘を混ぜた方が特定されにくくなるのも確かだからなあ」
先入観と言えばそうだが、カレーをスパイスからつくっていて、下ネタばかり言ってるオタクアカウントの中身が女子高生だと思う人間はそれほど多くあるまい。
「むしろパパの方が、料理の写真載せたらどうだって提案してきてくれるんですよね」
「ネナベに理解のある父親というのもそれはそれでどうなんだ」
それはさておき、つゆりの父親がつくってくれた弁当をいただくとしよう。色は茶色いけど、美味しそうなのは間違いない。
「「いただきます」」
「男の子と一緒に屋上でお弁当なんて、晴れて私もリア充の仲間入りです! 憧れてたんですよね、こういうの」
「校舎の屋上で男女が弁当食うなんて、僕はフィクションだと思ってたな」
「屋上のカギを開けてくれた
「なんでその美帆ちゃんとやらはカギを開けることができたんだ?」
「え、朔くん。
「知らないもなにも、初めて聞いたよ。その名前」
「美帆ちゃんは私の唯一の友だちで生徒会長ですよ。生徒会長の名前知らないなんて、そんなことあります?」
つゆりはそう言いながら、スマホで美帆ちゃんとやらの写真を見せてきた。黒髪ロングで眼鏡をかけていて、キリっとした顔つきの女子だ。いかにも優等生らしい雰囲気である。
「生徒会長なんて学園モノだと存在感あるけど、現実だとそんなに目立たないだろ。それに、クラスメイトすらほとんど名前を憶えていない僕が、学年も違う生徒会長を覚えていると思うか?」
「それもそうですね。よく考えたら、私も美帆ちゃん以外のクラスメイト、知らない人ばかりですし」
「他人のことは言えないけど、中高一貫校五年目なのに知らないやつばっかりっていうのも大概ヤバいよな」
「お互い、日常生活に支障をきたさないレベルまで頑張りましょうね」
「話は戻るが、生徒会長がそんなにあっさり屋上のカギを開けていいのかよ」
「つゆりちゃんなら、このことを言いふらす相手もいないだろうし、屋上で悪いことする勇気もないだろうから、信用できるとのことです」
「遠回しにディスられてない?」
「美帆ちゃんはいつもそんな調子ですよ。私のことを結構ボロクソに言ってきますけど、いざという時は私のこと守ってくれますから、ツンデレみたいなもんだと思ってます」
「ツンデレねえ」
「朔くんもツンデレっぽいですよね。私に素っ気ない態度取ったり毒舌吐いてる割には私のこと好きですし」
「……そう言われてしまうと否定できんな」
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