第6話 親友にはオフ会がデートに見えてたらしい

 月曜日、登校して席に着くなり、同じクラスの友人三人に取り囲まれた。

棚倉たなくらもなかなかやるじゃないか」

 挨拶もすっ飛ばしてそう声をかけてきたのは藤阪ふじさか啓介けいすけだ。茶髪マッシュのイケメンで、180近い長身と、女子に囲まれていてもおかしくないような見た目なのだが、色々あって女子からはまったくモテない。

「なんのことだ」

「しらばっくれるなよ。昨日彼女とデートしていたくせに」

 藤阪はそう言うと、スマホで写真を見せてきた。そこに写っていたのは手を繋いで歩く僕とつゆりの姿。背景を見るにオタロードで隠し撮りされたものらしい。週刊誌の熱愛報道の写真みたいだ。

「なに盗撮してんだよ。お前にはプライバシーの概念がないのか」

「棚倉が日本橋でデートしてるって、ザキから目撃情報を聞いたから、見に行ったんだよ」

「道理でずっと視線を感じていたわけか」

 気のせいなんかではなく、本当に尾けられていたわけだ。それもよく知っている相手に。

「棚倉殿、酷いですぞ! 非リア充の誓いをした中ではありませぬか!」

 続いて、大きな声でそう難詰してきたのは、眼鏡をかけた肥満体形の巨漢。オタク仲間の山崎やまざきたかしだ。通称ザキ。オタク向けマッチングアプリのAI広告に出てきそうな、人の好さそうなデブだ。温厚な性格のコイツが声を荒げるなんて珍しい。

「なんだよそれ。そんな誓いをした覚えはないぞ。てか、その手の誓いは破られるのが世の習いだろう」

「覚えておられませぬか? 誓いを破って彼女をつくったものは男らしく切腹するという誓いを」

「野蛮すぎるわ。責任の取り方が江戸時代かよ」

「棚倉殿、腹をお切り召されませ」

 ザキが巨体でグッと距離を詰める。落城寸前の城で名誉を重んじる家臣から自害を迫られる敗軍の将もこんな気持ちなのだろうか。

「ザキ、落ち着けや。自殺教唆で訴えられたら、負けるでお前。人に腹切れって言って許されるんは又吉イエスくらいなもんや」

 興奮している巨漢のザキを、対照的にひょろりとした航基がなだめにかかる。マトモなやつがいてよかった。

「朔、とりあえずおめでとう。お前もついにこっちの世界に来たんやな」

 石部いしべ航基こうきたき廉太郎れんたろうに似ているこの男は、僕の三人しかいない友人の中では唯一の彼女持ちだ。

「厳密に言うと、まだ正式な彼女ではないな」

「あんなに仲睦まじい様子なのに、彼女ではないと言い張るつもりでありますか?」

「まだ、ってことは、将来正式な彼女になるんだろ」

「多分、いやほぼ確実にそうなると思う」

「そんなお前に、色々と教えてやろう。他人に興味がないお前のことだから、相手のこともよく知らないんじゃないのか。笠置つゆり。2年3組出席番号8番。身長162.7センチで、体重は54.3キロ。スリーサイズは……」

「待て待て待て。藤阪、お前なんでそんなにスラスラと個人情報が出てくるんだよ」

「驚いただろう」

「女に詳しすぎて引くわ。頼むから捕まらないでくれよ。友人に犯罪者を持ちたくないからな」

「それで俺が採点したところでは、100点満点中76点ってとこだな。素材はいいんだが、寝癖がついてたり、元の顔の良さに胡坐かいて化粧してなかったりで、芋っぽくて垢抜けないところがある。あと、胸が小さいのも減点ポイントだ」

「最っ低だな、お前。絶交していい?」

「藤阪殿、さすがにソムリエ気取りで女子を採点するのはやめた方がよろしいであります。基本テンション低めだからわかりにくいでありますけれども、棚倉殿はガチギレでありますよ」

「俺かて、同じように彼女採点されたら、キレるわ」

「え、ザキも石部も俺に味方してくれないの?」

「藤阪殿、さすがに謝るべきでありますよ。非力な棚倉殿のことだから暴力は行使しないでありましょうけど、その分陰湿な方法で精神的に追い詰めてくるかと」

「ザキは僕のことをなんだと思ってるんだ」

「す、すまなかったー‼」

 さすがに藤阪も口を滑らしたことを後悔したらしい。咄嗟に床に身体を投げ出して茶髪マッシュの頭を床にこすりつけた。

「なにも土下座しろとまでは言ってないんだけど」

「朔、頭を踏んづけるくらいしても許されると思うで」

「航基は横から怖いことをアドバイスしてくるな」

 普段無口なくせに、口を開くとこうだから地味に怖い。絶対敵に回したくない。

「藤阪、顔を上げろ」

 僕がそう声をかけると、藤阪はおそるおそる顔を上げた。表情は恐怖で引きつっている。

「僕のことはいくらバカにしても構わないけど、つゆりのことだけは絶対バカにするなよ。もしバカにしたらどうなるか……」

「そういえば、棚倉殿も過去にツイートしてたでありますよね。キレたらなにするかわからんとか、気付いたら不良が血まみれになってたとか」

「ひっ」

 ザキの言葉に藤阪が震える。

「おい、ザキ。僕の黒歴史をほじくり返すのはやめろ。典型的なイキリオタク構文をツイートしてたの、本気で後悔してるんだからな。あと、藤阪は真に受けるな」

「その割にはさっきの言動もイキリオタクっぽかったでありますが……」

「全体的にキレ慣れてへんやつのキレ方やなって思ったわ」

 お前らやめてくれ。僕はもう泣きそうだ。実際には泣かんけど。

「ちなみに、航基なら彼女をバカにされたらどうする?」

「せやなあ。爆サイにそいつの家をハッ」

「もういい、言わなくていい」

 恐ろしいものが聞こえかけたので、あわてて止めた。

「そういえば、市田明日先生も彼女できたらしいでありますね」

 意外な名前が出てきて驚くが、ザキ(崇徳院すとくいん)も航基(カネヨシ)も市田明日のフォロワーだった。もっとも、二人は僕ほどには市田明日との交流はなく、基本的に上げるイラストをRTしたりいいねする程度だ。

「チクショウ! みんな抜け駆けしやがって」

「抜け駆けというより、藤阪がキショすぎるから彼女できへんだけとちゃうん」

 市田明日のXを開いてみると、「フォロワーと交際することになって、今これ」というツイートと共に子猫が飛び跳ねる動画が投稿されていた。

 もちろん返信欄は「おめでとう」の嵐だ。

 ちなみに、僕が送った「匂わせっぽい昼飯の写真」がその前に投稿されており、「もしかして彼女?」みたいなリプがついている。

「他のツイート見る限り、市田先生も昨日、日本橋に行ってたらしいな。昼に食べたのはどちらも同じ牛焼肉定食。写真の角度まで一致している」

「まさか棚倉と同一人物とか?」

「そんなわけないだろ。僕の絵が下手くそなことは、一緒に美術の授業を受けたことがある君らが一番知ってるはずだ」

「あー、たしかに器用そうに見えて不器用だもんな、棚倉って」

 僕はさっそくつゆりにメッセージを送る。


【朔:聞きたいんだけど】

【つゆり:はい、なんでしょうか?】

 秒で既読が付いて、返信が来た。

【朔:昨夜のツイート、あれはなんだ】

【つゆり:カムフラージュです】

【朔:カムフラージュ?】

【つゆり:あのツイートによって、私は彼女持ちの男を装うことができます】

【朔:そりゃそうだろ】

【つゆり:もし、女の子っぽい持ち物とかが写り込んだ写真を、うっかり上げてしまっても、彼女のものだと言い逃れできて、女だとバレにくくなるってわけです】

【朔:なるほどな。一理ある】

【つゆり:ところで、朔くん。お昼を一緒に食べませんか?】

【朔:それは別に構わないんだが、食堂でも行くのか?】

【つゆり:弁当持ってきてます。朔くんの分も】

【朔:それはありがたい。楽しみだな】

【つゆり:じゃあ、昼休み迎えに行きますね】

 

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