幕間 引かれてませんよね?
「ふい~、疲れました~」
朔くんと別れて帰宅すると、私はお風呂に直行しました。
肉体的にも精神的にも疲れている時はやっぱりお風呂に限ります。
帰りの電車内からパパに連絡しておいたので、帰宅した時にはお風呂の準備ができてました。
軽く身体を洗ってから湯船に身体を沈めると、出てくるのは「ああ~」というおっさんみたいな声。今のは絶対、朔くんには聞かせられません。
それにしても、今日は疲れました。朔くんと過ごすのが嬉しくて、ずっとテンションMAXだったからでしょうけど。テンション高すぎて朔くんに引かれていないか心配です。
もっとも、テンションを高くしていなければ、朔くんに告白する勇気なんて、とても出なかったわけですが。
朔くんが私との交際を躊躇した理由が「思ってたキャラと違った」だったらどうしましょう。なんせ彼がずっと気になっていたのはフォロワーの市田明日ではなく、図書館でよく見かける名前の知らない美少女としての私だったわけですから。
風呂から上がり、洗面所の鏡を見ると、その中には当然、湯上りの少女がいました。髪の毛がしっとりと濡れ、首筋に張りついています。自分でも結構かわいい顔だと思いますが、派手さはなく、大人しい雰囲気の女の子だと周りから見られているに違いありません。
そんな女の子を気になっていたという朔くんが求めていたのは、当然大人しい文学少女でしょう。その中身が軽いノリで下ネタをズバズバ言うネナベオタク女だと知って、幻滅したかもしれません。彼女にするよりは、今のフォロワー関係の延長で、男友達みたいな感覚で付き合う方がいい。そんな風に思われてしまっていたとしたら?
君と付き合う資格がない、なんてのも私を傷つけないための理由付けなのでしょうか。
いや、こんなのダメですね。はっきりとフラれたわけでもないのに、勝手にネガティブな方向に決めつけてどうするんですか!
私はパチンと頬を叩いて気合を入れると、二階の自室に戻りました。
今日の反応を見る限り、朔くんが私のことを好きなのは、ほとんど間違いないと思います。
朔くんが煮え切らないのなら、もっとアプローチをかけて、私の方を向かせればいいだけです。なんなら外堀から埋めていく方法だって有効でしょう。
私は勝ち確ヒロインなのです。そのうち朔くんの本当の彼女になってやるのです。
ベッドに寝転がり、スマホを手に取ると、Xを開きました。
SKさん――朔くんのツイートは今日の昼食べた焼肉定食の写真(トリミング済)と、買った新刊の購入報告だけです。オフ会については触れられていないのが物足りないですけど、「フォロワーとオフ会したら同じ学校の女子だった」なんてツイートするわけにもいかないでしょうしね。とりあえず、私はその二つのツイートにいいねを付けて、Xを閉じました。
それにしても、今日の告白はあれで正解だったのでしょうか。本当はもっと真剣な感じで告白するつもりだったのですが、恥ずかしさをごまかそうとしたら、軽~い感じになってしまいました。あれでは彼にも真剣さが伝わっていないかもしれません。
まあ、過ぎたことも悔やんでも仕方ありません。明日からの学校生活の中で彼に私の好意を伝えればいいのです。
「つゆりー、ご飯できとうでー」
「はーい」
階下からママに呼ばれたので、私は部屋を出て食堂に向かいました。
今日の晩御飯はパパがスパイスからつくったバターチキンカレーです。
食堂に入ってきた私を見るなり、ママは不思議そうな顔をしました。
「なんや、ニヤニヤして。なんかええことでもあったんか?」
ママに聞かれたので私は素直に答えました。私は親には隠し事をせず、何でも話す主義です。
「彼氏ができました」
静まり返った食卓に、パパがサラダ用の箸を取り落とす音だけが響き渡りました。
「……あんた、どうせ嘘つくんやったら、もうちょいマシな嘘つきーな」
呆れた顔でそういうママの隣で、パパも大きく頷いで同意を示します。
「嘘じゃないですよ‼」
「そんな、女友達すらろくにおらへんあんたに突然彼氏ができるわけないやないか。そりゃ、あんたは美少女やで。でも、コミュ障やし、口を開いても出てくるのは下ネタとネットミームばっかりやないかい」
グサグサと刺さりますが、いくらなんでも自分の娘に対する信用がなさすぎでないでしょうか。
「もういいです。そんなに信用できないなら、そのうち実物見せてあげますから」
「イラストとか、投影した映像とかを見せて実物って言うんは、なしやで」
「わかってますよ、それくらい。実体があってちゃんと生命活動している本物の人間を連れてきてあげますから」
「そこまで言うんやったら、楽しみやな」
「それで、彼氏ちゅうんはどういう男や」
ここで初めてパパが口を開きました。ぼそぼそとした声で聞いてきます。父親としてはやはり娘の彼氏が気になるのでしょう。
「聞かせて聞かせて。ママも気になるわぁ~」
ママにもせがまれたので、私はカレーをふーふーと冷まして食べながら、朔くんについて話しはじめたのでした。ちなみに早口で語りすぎて二人にも引かれました。
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