第5話 フォロワーからの告白
西宮北口から小林までは10分とかからない。
電車に揺られながらつゆりと話すうちに、早くも別れが近づいてきた。
「あ、もう次か。降りなきゃ」
「待ってください。私も一緒に降ります」
「いや、君は
「朔くんともうちょっとだけ一緒にいたいんで」
そのセリフは反則だ。
ホームに降りた僕らは、ベンチに並んで腰かけた。
「今日は楽しかったですね」
伸ばした足をぶらぶらとさせながら、満面の笑みで言うつゆり。
「僕もだ。こんなに充実した休日を過ごしたのは久々かもしれない」
「朔くんの方も楽しんでくれたならなによりです」
もう最寄り駅まで帰ってきているのに、このまま別れてしまうのが惜しかった。フォロワーとして繋がってるから、連絡自体はいつでも取れる。それに学校も同じだから、会おうと思えばいつだって会えるわけだ。それなのに、どうしてこんなにも離れたくないのだろう。
「またこうやって一緒に出かけれたらいいな」
それとなく「次」の約束をしようと、僕がこう口にすると、つゆりからは何気ない口調で思いもしない提案が返ってきた。
「それなら、いっそのこと、私たち付き合いませんか?」
「え?」
「朔くん、私のこと好きですよね? 悪い話じゃないと思うんですけど」
毛先を人差し指にくるくると巻きつけながら言うつゆり。
その仕草になぜ見覚えがあるのか今ようやくわかった。僕は同じ癖のある別の少女と以前に出会っていたのだ。けれども、今はつゆり以外のことを考えるべきではない。
僕はその少女の幻影を振り払おうとしたが、彼女はなかなか立ち去ろうとはしない。
それどころか、絵を描くのが好きで、目尻に泣きぼくろがあって、とつゆりとの他の共通点まで思い出してしまった。
幻影を忘れるべく、僕はつゆりとの会話に集中しようと努める。
「あまりに突然すぎない?」
「だって、朔くんよくツイートしてるじゃないですか。趣味の合う年上のかわいい彼女が欲しいって。私ならその条件全部満たしてますよ!」
「たしかに満たしてるけど、君自身の気持ちはどうなんだ」
「そりゃ、大好きですよ」
即答だった。
剥き出しの好意に思わずにやけてしまいそうになる自分をなんとか抑える。
「まあ、私と付き合う付き合わないは朔くんの勝手ですけど、私にアカウントを知られていて、ツイート内容や以前書いた小説の内容まで知られてるっていうことは忘れないでくださいね?」
「脅迫する気かよ。てか、ツイート内容を周りに知られたら社会的に死ぬのは君も同じだと思うんだが」
「私は友だち一人しかいないから平気ですっ」
「自信満々に言うことじゃないだろ」
「付き合うとして、朔くんの方にはデメリットありますか。ないですよね?」
「たしかにないけれども」
「でしょー! なら決まりですね」
「でも、僕は君のことをあまりに知らなすぎると思うんだ」
「2年もフォロワーやってるんだから、充分知ってるはずですよ」
「たしかにネットでの付き合いは長いけど、リアルの君を全然知らないじゃないか。なんなら性別だって今日会うまで知らなかったくらいだし」
「知らないとしてもどんな問題があります? これから付き合う中で知っていけばいいんですよ」
「そういうものなのかな」
「知らなかったことを知っていくからこそ、誰かと付き合うのは楽しいことなんじゃないですか。知りませんけど」
「そこは、“知らんけど”をつける場面じゃないだろ」
てか、“知らんけど”を丁寧な言い方してるやつ、はじめて見たわ。
「それにしても僕なんかのどこがいいんだ?」
こんなかわいい女の子が僕のことを好きだなんて、なにかの間違いだろう。そう思って聞き返す。今日の態度だって自分でも素っ気なさすぎると思うし、告白されても屁理屈ばかりだ。それにつゆりの仕草を見て思い出した別の少女の幻影は相変わらず頭の中に居座り続けている。告白されてるときに他の女のこと考えてるなんて最低だろ。自分で自分が嫌になる。
「僕なんかって、自己肯定感低すぎですよ。もっと自分に自信を持ってください! どうしてもって言うんなら、朔くんの好きなところを列挙して語ってあげますけど」
つゆりはなにやら語りたくてうずうずしている様子だ。
つゆりという他人の目には僕がどう映っているのか。気になったので聞いてみることにする。
「じゃあ頼む」
僕が促すと、つゆりは立て板に水を流すように話しはじめた。
「朔くんのどこが好きかって言うと、まずは優しいところですよね。私の日常ツイートにも反応してくれて、私が落ちこんでいれば慰めてくれて何度となく悩みも聞いてくれました。上げたイラストが酷評された時にも朔くんが励ましてくれたからこそ立ち直れたんですよ。それにやっぱり顔がかわいくてカッコいいですよね。見た目がいいから多少のことは許してあげようかと思うくらいには。その見た目の良さを自慢してイキってないところも好きです。不愛想なところも顔がいいから、少女漫画のクールキャラっぽくて様になりますよね。そのくせ、女の子に慣れてなくてウブなところもかわいくて好きですし、不愛想なのもきっと照れ隠しなんだろうなと思うと尊すぎて死にそうです。それからそれから……」
「分かった。もういい。ストップ! ストップだ」
なんなんだこの厄介オタク女。陰キャ男子高校生の良いところを早口で立て続けに語れるか、普通?
しかも、照れ隠しを見抜かれてるし。
聞いてるこっちが恥ずかしさで死にそうになった。
「それで、どうします? 私と付き合いませんか?」
僕が頭を抱えていると、つゆりがもう一度聞いてきた。
まだ立ち直れてないが、なんとか口から言葉を絞り出す。
出てきたのはなんとも情けない返事だった。
「もうちょっとだけ待ってほしい」
ここまで好意を向けられているのだから、いっそ付き合ってみてもいい。
実際僕もつゆりのことが好きで両想いなのだから。
つゆりから告白された時、僕は一瞬そう思った。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
他の人間を心に思い続けたままで、つゆりと付き合うのは、つゆりに対して失礼なのではないかという気がする。いや、気がするのではない、そんな人間にはつゆりと付き合う資格がないのだ。
僕は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、改めてつゆりに向き合った。
「僕は君のことを好きだ。けれども、気持ちを整理しきれてないし、僕にはまだ君と付き合う資格がないと思う。だから、もう少しだけ待ってほしいんだ」
曖昧な僕の返事を聞いて、つゆりは呆れたように笑う。
「はあ、資格がない……ですか。煮え切らないですねー。まー、そういうところも含めての朔くんだと思いますから、気長に待ちますよ」
「すまない、恩に着る」
「あ、そうだ! 友達にしてはもう充分親しいと思うんで、彼女(仮)みたいな感じじゃダメですか?」
彼女の定義がなんなのか、付き合うって具体的にはなにをすることなのか。人生経験の乏しさゆえにわからないことばかりだし、保留状態と仮交際も厳密には違うと思うが、僕は首を縦に振った。
「いずれは付き合うことになるんですから。勝ち確の余裕ってやつですよ」
そう言って微笑むつゆりの向こうに、一本後の電車のライトが見えた。随分長く濃密な時間だった気がするが、まだ10分しか経っていなかったのか。
「じゃあ、私はこの電車で帰ります」
つゆりが立ち上がり、乗車口へと歩いていく。
降車客をやり過ごしてから乗りこむと、つゆりは僕に小さく手を振った。
「では、また明日です、朔くん」
「じゃあな」
僕らの間を遮るように扉が閉まり、電車が動き出す。窓越しに手を振っていたつゆりの姿はあっという間に遠ざかり、見えなくなった。つゆりを乗せた電車のテールライトが遠く消えたところで、僕はホッと一息つく。
なにしろ、同性だと思っていたフォロワーが異性、それも密かに気になっていた女子だったのだ。その上、向こうから付き合わないかと提案されるという、信じられないような出来事が起きたのだ。
過ぎ去ってみれば、夢だったのではないかと思えるくらい信じられない一日だった。
毎日ネットで開けっ広げな話をしていた相手が、気になっていたあの子で、あろうことか僕のことが好きだなんて、誰かに話したところで、「妄想乙」とバッサリ切り捨てられるのがオチだ。
そんな好意を向けてくれた相手に対して、僕の取った行為はあまりに不誠実ではないだろうか。
付き合う資格がないから保留だなんて。
軽く提案してくる感じの告白だったけれども、つゆりだって告白するかどうか、思い悩んだに違いない。彼女なりに勇気を振り絞っての告白だったはずだ。
それを僕は屁理屈で逃げた上に保留だなんて、ダサいにもほどがある。
せめてもの罪滅ぼしに、「仮」でいるうちにもう一人の少女の幻影と訣別しておくべきだろう。でも、いったいなにをすればいい?
適当にググってみると、「終わった恋を忘れるためには新しい恋をするのが一番!」という記事が出てきた。正直薄っぺらい言葉だとは思うけど、これはこれで一つの真理だろう。
つゆりとの新しい恋で上書きする方向に賭けてみるとするか。それで、上書きできた時に「仮」を外して正式な彼氏彼女になればいい。
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