第4話 家に帰るまでがオフ会です

 カラオケのフリータイムをギリギリまで使いきって外に出ると、日はすっかり傾いていた。僕らは肩を並べて、なんば駅へと歩きだす。

「じゃあ、帰りますか」

「つゆりって、家はどっち方向だっけ」

 何気ない感じを装って聞く。もし方向が同じなら一緒に帰れるし、もっと一緒にいたいという感情が芽生えていたからだ。一緒に帰れるなら当然、一緒にいれる時間ももっと長くなる。

「今津線の逆瀬川さかせがわです」

「え⁉ 同じ路線どころか隣駅⁉」

「気付いてなかったんですか? 電車内でも見かけるからそっちもてっきり知ってるもんだと思ってたんですけど」

 つゆりは意外だという風に目を丸くする。

「あー、なんかごめん。電車の中だと基本的に本を読んでるから気付いてなかった」

「いつも熱心に読んでますよね。小説読んでることもありますけど、ラノベの時だと挿絵のページを他の人に見られないように、本を持つ角度変えてますよね。気持ちは分かりますよ。電車内で読んでるときに際どい挿絵が出てくると恥ずかしいのは私も同じですから」

「そんなところまで見られてたのか……」

「朔くんの最寄りは小林おばやしですよね。せっかくだから一緒に帰りましょうよ!」


 話すうちに、地下鉄なんば駅に着いた。大阪でも屈指のターミナル駅だけあって、「人の海」とでも形容したくなるくらい人で溢れている。

「相変わらず、すごい人混みだな」

「はぐれないように手を繋いでいいですか?」

 僕の返事も聞かないうちに手をギュッと握ってくる。本日二度目の手繋ぎだ。案外少ないなと思う一方、そういや何度か抱き着かれていたんだなと思い返す。

 御堂筋線みどうすじせんもやっぱり混んでいた。一番前の車両の一番前の壁際につゆりを立たせ、人混みから守る形で僕が正面に立つ。真正面から向き合うのは少し気恥ずかしいが、こうしておけば痴漢なんてされないはずだ。

「やっぱり人混みって疲れますねぇ」

「だな。大阪でこれなんだから、東京で電車通勤なんて到底できる気がしないよ」

「ですよねー。テレビとかで見てると、よく毎日みんな耐えてるなーって」

 そんな話をしていると電車が大きく揺れた。

 とっさに壁に手を突くと、いわゆる「壁ドン」みたいな体勢になって目が合う。

 一瞬ののち、お互い目を逸らした。

「あ……ごめん」

「いえ、混んでるんですし、仕方ないですよ」

「……」

「……謝らないでください」

 下を向いたまま、つゆりはそう言った。髪の間から覗く耳はほんのり赤い。

「ちょっと嬉しかったので」

 つゆりが顔を少しだけ上に向ける。上目遣いの瞳が僕をとらえた。

「……!」

 思わずドキリとした。すぐに目を逸らす。

「どうかしました?」

「もう梅田だし、さっさと降りるぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 梅田もやっぱり人が多い。つゆりは今度も手を繋いできた。柔らかくすべすべとしていて、少しひんやりとした手の感覚を必要以上に意識してしまう。

 

「今日の電車は当たりですね!」

 西宮北口で乗り換えた電車の車内に入るなり、つゆりはそう言った。

 僕らの目の前にあるのは、半分個室のように区切られた車端部の二人掛けの席だ。

「そういや、なんでこの席がある電車とない電車があるんでしょうか」

「つゆり、電車の一番前の車両と中間に入ってる車両の違いってわかるか?」

「えーっと、運転席があるかないか、であってます?」

「そうだ。この空間は昔運転席があった場所を客席に改造してるわけだ」

「なるほど、道理で普通の席と違うんですね」

 僕らは個室みたいな二人掛けの席に並んで腰かける。

「カップル席みたいですね」

「逆に赤の他人とは気まずくて座りたくない席だな。混んでるときはそんなこと言ってられないだろうけど」

「毎日ここに座って朔くんと一緒に通学したいですね」

「それは無理だろ。端部の席は基本的にすぐ埋まるし、そもそもこの席がある車両は2本しかないから滅多に当たらないからな」

「現実はなかなか厳しいものですね」

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