第3話 オフ会の楽しみ方
「それで、次はどこ行く?」
買い物を終え、ビルを出たところでつゆりに聞く。
「うーん、そうですね。朔くんって、普段
「アニメショップ以外だと鉄道模型店くらいかな」
「おおー、いいですね。じゃあ、そこ行きましょうよ」
「いいのか? 興味ないやつにとってはつまらないかもしれんぞ」
「朔くんが普段行くところに行きたいんですよ」
「そこまで言うのなら」
ということで、続いては鉄道模型店に向かうことになった。
模型店まではそれほど遠くないのだが、日曜日だけあって道は結構混雑している。
おまけにこの辺りはメイド喫茶の客引きがやたら多い。大阪の中では梅田の阪急東通と並んで客引きが多い場所なんじゃなかろうか、知らんけど。
つゆりは知らない人から話しかけられるのが相当苦手らしく、客引きを徹底的に無視し続ける僕に、怯えた顔でギュッとしがみついたままだった。
「あんまりしがみつかれると歩きにくいんだが」
「だって怖いんですもん」
天敵に怯える小動物みたいな顔でそう言われてしまうと、さすがにふりほどくこともできない。大した距離ではないのでそのまま歩いていくことにした。
「ふー、怖かったです」
客引きが多いエリアを抜けたところで、つゆりはホッと溜息をついた。
「客引きなんて、早足で歩いて、話しかける隙を与えなければいいだけの話なんだよ」
「それができたら苦労しません。声をかけられても無視できるだけの神経が私にはありませんので。無視した相手がキレて殴りかかってきても怖いですし」
「客引きくらい無視したってどうってことはないさ。相手は鎌倉武士じゃないんだ。無視したところで切り殺されたりはしない」
「さすがに殺されることはないでしょうけど、暴言吐かれたり舌打ちされるだけでも怖いじゃないですか」
「あー、確かにネットの経験談見てると、そういう目に遭う人もいるみたいだな。幸い僕は遭遇したことないけれど。まあ、僕と一緒の時なら守ってやるから、遠慮なく僕を頼れ」
僕がそう言うと、つゆりは僕から顔を逸らして、毛先をくるくると弄びながら言った。
「ふ、不意打ちでイケメンなセリフを言わないでくださいっ! ドキッとしちゃうじゃないですか!」
ほどなく鉄道模型店に着いた。さっき新刊を買ったばかりなので、そんなにお金を使うわけにはいかないが、掘り出し物がないか物色する。
「鉄道模型って結構高いんですねえ」
「動かないやつでも一両2000円くらい平気でするからな。それですら安い方だし」
「揃えようと思うといくらお金があっても足りませんよね」
「模型というのはほんと金が無限に溶ける趣味だからな」
「あ、この電車。おじいちゃん家行くときに乗るやつです!」
つゆりは、ジャンクコーナーから朱色の車両を手に取った。正確に言えば電車ではなく気動車なのだが、非鉄に際してそんな野暮なツッコみはするまいと僕は心に決めている。
「キハ47だな。実物に乗ると物欲が刺激されるから困るよ」
「ツイート見てると、あちこち旅行もしてますよね」
「そうだな。この前は日帰りで岡山の方に行ってきた」
「私は出不精だから、その行動力に憧れるんですよね」
「たしかに市田明日って、あんまり出かけたとかのツイートがないよな」
「朔くんの方がよければ、いつか旅行にも一緒に行きたいですね」
「……考えておく」
気になるものはあったものの、予算オーバーだったので、結局何も買わずに僕らは模型店を出た。
「そろそろお昼食べませんか?」
「そうだな。でも、どこへ行くよ」
「私、近くの美味しい店を知ってるんですけど行きませんか?」
つゆりの提案に従い、僕はつゆりおススメの店について行くことにした。
「いや、ここチェーン店だろ。知る人ぞ知る名店みたいなところに連れてこられるのかと思いきや」
目の前にあるのは、重要文化財のレトロな百貨店に寄り添うようにひっそりと建っている小さな牛丼店。
「わかってないですねー。たしかにチェーン店ですけど、他の店が無くなった現在、日本でここにしかないレアなお店なんですよ!」
「東京って屋号に付いてるのに大阪にしかないのか……」
券売機で食券を購入する。つゆりが牛焼肉定食を選んだので、僕も同じのにした。
テーブル席に向かい合って座ると、ほどなく定食が運ばれてきた。
写真を撮ってから「いただきます」と手を合わせて食べ始める。
牛焼肉定食をふーふーと覚まし、「ん~!」と小さく声を出しながら頬張るつゆり。
小動物みたいでかわいい。そんなことを思いながら見てたら目が合った。
「あ、すまん。美味しそうに食ってるなって思って」
「欲しいなら一口あげますよ」
「別々のもの頼んでるならわかるけど、二人とも同じの頼んでるのにシェアしてどうするつもりだ」
「合法的に間接キスもとい唾液の交換をしようかなと」
「発想がキモいな⁉」
あとなんでキモい表現に言い換えたし。
「うげーって感じの顔しないでくださいよ。冗談ですって」
「冗談ならいいんだが、食事中なんだし生々しい表現はやめろ」
「ところで朔くん。さっき撮った定食の写真、テーブルの向こう側に私が見切れて写っていませんか?」
スマホで確認すると、確かに女性用の服が見切れて写りこんでいる。
「匂わせ写真みたいで草です」
覗きこんだつゆりがそんなことを言ってきた。
「ツイートする時はトリミングしとくか」
「えー、そのまま上げてフォロワーに匂わせしましょうよー」
「面倒くさいことになるからやだ」
「じゃあその写真私にください。有効活用しますから」
「変なことに使うなよ」
「朔くんに迷惑はかからないようにします」
写りこんでるのはつゆり本人なわけだし、拒む理由もないので僕はつゆりに写真をLINEで送ったのだった。
「カラオケ行きませんか?」
食事を終えて店を出た後、つゆりがそんな提案をしてきた。買い物は終えているのでこの後特に行きたいところもないけれど、解散するにはまだ早い時間だ。
どうやって時間を過ごそうか思案していたところなので、カラオケの提案は渡りに船だった。
「たしかにカラオケってオフ会だと定番だよなあ」
というわけで、僕らは少し移動して、カラオケ店に入る。
部屋に荷物を置き、一緒にドリンクバーへ飲み物を取りに行く。
つゆりは部屋の様子やドリンクバーなどを興味深そうに眺めまわしていた。
「私、カラオケってあんまり来たことないんですよね」
「へぇー、そうなのか」
「一緒に行く相手がいませんでしたから」
あまり聞くべきでない情報を聞いてしまった気がする。
「ヒトカラという手だってあるだろ」
「それもそれで怖かったんですよ。店員さんから『アイツ友達いないんだー』って思われそうで」
「自意識過剰だろ。ヒトカラなんて今時珍しくないし、僕でもたまにやるぞ。それに、店員の目が気になるなら、自動チェックイン機のある店を選べばいい」
「朔くんはよく来るんですか?」
「ごくまれに友達と行く感じかな。言うて、友達なんて二、三人しかいないが。僕が古い曲を歌うと一瞬で白けるから、あんまり好き放題歌えないんだけどさ」
「あー、そういや、朔くんって古い曲好きでしたねー」
フォロワーになって2年近く、さすがにお互いの好みくらい把握してる。つゆりはボカロとか少し昔のアニソンとかが好きだったはずだ。
かわいい声をしているし、きっと歌声もかわいいに違いない。
結果から言うと、つゆりはドが付くほどの音痴だった。音は外しまくるし、リズムも滅茶苦茶だ。至近距離で聞かされたので頭痛がするけれど、歌いきってすっきりした表情をしている相手に、正直な感想を言うほど僕は野暮ではない。せめてもの礼儀として拍手はしておいた。
だが、人間と違って空気を読めないのが採点機械である。野付(のつけ)半島のトドワラみたく集団枯死してそうな『千本桜』に「37.564点」という無慈悲な数字を叩きつけていた。
「うわっ……私の点数低すぎっ! ネタにできる数字が出てきたから許せますけど、厳しすぎません?」
語呂合わせが不穏だが、割と妥当な点数だという感想は胸にしまっておく。
一方、僕の方はというとつゆりから「遠慮せずに好きなもの歌ってください。知らない曲を知る機会になりますから」と言われたのをいいことに、親ですら生まれてないような時代の懐メロなどを歌いまくっていた。
「いやー、朔くんほんと歌上手いですよね。歌ってみたとか上げたら再生数稼げるんじゃないですか?」
「そんなに甘い世界じゃないだろ」
「でも声がいいですよね。ちょっと高めで」
「自分ではそんなにいい声だという自覚はないんだが」
「それにしても、ああいう昔の曲、どうやって知ったんですか。かぐや姫とかオフコースなら、たまにテレビでも流れるから知ってましたけど、NSPとか雅夢(がむ)とか初めて知りましたよ」
「動画サイトの関連動画で辿っていって知ったな。好みが似た人がよく見る動画とか、再生履歴を元におすすめされてくるだろ? あれで知って気になったら他の曲も聞いてみてって感じだな」
「へぇー、使いこなしてますね」
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