第2話 バリバリ仲間

 集合場所の駅から歩くこと数分、オタロードが近づくとアニメショップやメイド喫茶が増えてきた。さすがに日曜だけあって歩く人も多い。

「ね、はぐれないように手を繋ぎましょうよ」

 つゆりは僕の返事も聞かないうちに手をギュッと握ってきた。すべすべとした手は少しひんやりとして気持ちがいい。わざわざ振りほどく必要もないのでそのままにしておく。

「ほんと人多いですよねー」

「そりゃ都会だしな」

「カップルもいますねー」

「そりゃカップルくらいいるだろ」

 我ながら返しが素っ気なさすぎるが、これが異性との会話に慣れていないコミュ障の悲しいところだ。緊張でガッチガチなので、返事をするだけで精一杯である。

 世の男どもはいったいどうやって女子との会話を盛り上げているのだろう。

「ねえ、朔くん。私たちもカップルに見えてますかね」

「見えてたらどうだというんだ」

「カップルに見られてたら、朔くんは嬉しいですか?」

 元々距離感の近い身体をさらに寄せて、耳もとでそう囁いてくる。

 手を繋いで一緒に歩いてる僕らは、周りから見れば仲睦まじいカップルに見えているに違いない。そう考えた途端にドキドキしてきた。つゆりみたいな美少女とカップルに見られていたなら、正直めちゃくちゃ嬉しい。だけど、それを正直に言うことは僕にはためらわれた。単に恥ずかしかったからである。我ながらダサい。

「どちらかといえばそうだな」

 平静を装ってそう返す。顔が少し熱い。赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、僕は少し顔を逸らした。

「なんですか、そのアキネイターの質問への返事みたいなの。草です」

 僕の気持ちはつゆりにはお見通しらしい。笑いを含んだ声でそう返ってきた。

「ところでですけど、朔くん。さっきから妙に視線を感じません?」

「言われてみれば……つゆりはなにか心当たりがあるか? 変なやつにストーカーされてるとか」

 つゆりは美少女だ。ひょっとするとフラれた誰かが逆恨みして、なんて可能性もないわけではないだろう。

「いや、全然。朔くんの方も……心配はなさそうですね」

「おいこら。ま、僕がストーカーされるほど、誰かに好かれたりすることがないのは、そうなんだけどさ」

「私は朔くんのこと、ストーカーしたくなるくらい好きですけど?」

 つゆりはそう言うと僕の腕にギュッとしがみついてきた。

 好き。早くも本日二度目である。やけに思わせぶりなこと言ってくるし、距離も近いしで、「ひょっとしなくてもこの子、僕のこと好きなのでは」という考えが頭に浮かんでくる。

僕、自意識過剰すぎないか?

「ま、朔くんのことをそんなに大好きなのは私くらいですし、ストーカーも気のせいですよね」

「その好きはどっちの好きだ?」

「そんなこと、もちろん決まってますよ」

 つゆりは僕に抱き着いていた身体を離すと、こぶしでトンと薄い胸を叩いた。

「Lで始まる方の好きです!」

「LOVEもLIKEもどっちもLじゃないか‼」

「ま、そのことは後でゆっくり話しますから、先に新刊見に行きましょーよ」

 早く早くと、散歩を急かす犬のように、つゆりが僕の手を引っ張る。意外と力が強い。

 向かう先は1階から4階までアニメショップが入居するビルだ。下の階から見るよりは上の階から見てった方がいいだろうと、一人分の幅しかないエスカレーターに乗る。

「ここって確か関西で一番多くラノベが売れてる店らしいですね」

「ネットでそんな情報を見たことがあるな。まあここに来れば揃わないものはないってくらいの品揃えだし、立地もいいからさもありなんって感じだ」

 エスカレーターで、つゆりが前、僕が後ろに立って会話する。

「朔くんはよく来るんですか?」

「月に二回ってところかな」

「私も似たようなもんですね。本当はもっと来たいんですけど、交通費もかかりますしね」

 そんな話をするうちに早くもエスカレーターの終端部が近づいてきた。

「つゆり、足元」

「へ? うわっ」

注意を促したものの、つゆりの方は反応が遅れて少しよろけた。

「ガキじゃあるまいし、エスカレーターに後ろ向きに乗るやつがあるか」

「だって、朔くんのかわいい顔を見ながら会話したいじゃないですかー」

「……」

「あれ、もしかして照れてます?」

「心配だから、次は僕が前に乗るよ」

 前に立てば、振り返らない限り、表情を見られることはないからな。


 お目当てのフロアに着いた僕らは、好きな作品の話などをしながら、新刊を中心に見ていく。そういう話はネット上でも普段からしているわけだが、リアルでするとなると同じ内容の話でも新鮮に感じられる。

 新刊のうち一つの表紙につゆりが目を止めた。

「わーお、このキャラ、シコいですね」

「おい、つゆり。そんなこと公共の場で言うなよ」

「シコいものをシコいと言ってなにが悪いんですか。それ以外に表現方法はないでしょうよ」

「場所をわきまえろと言ってるんだ」

「だから朔くんにしか聞こえない小声で言ってるんじゃないですか」

「そもそも言わないという選択肢はないのか」

「私の辞書にないなら、ないですね」

「100円ショップ店員のナポレオンかよ。どうやって君の辞書を確認すりゃいいんだ」

「なんなら、この後家来ます?」

「会ったばかりで家行くのはさすがに……。てか、その辞書は自室に置いてあるような物理的な辞書のことじゃないだろ」

「えへへへ、冗談ですよ」

「それくらいわかっとるわ」

「タペストリーも買っちゃいますか」

 つゆりがタペストリー付きの新刊をカゴに入れる。他にも何冊か新刊を選ぶと、今度は僕が選んでいるのを横からジッと見てきた。

「なあ、つゆり。至近距離で見られると本を選びづらいんだけど」

「そりゃあ気になるじゃないですか。朔くんが新刊からなにを選ぶのか」

「僕がどういう作品を好きなのか知りたいなら、ツイート見ればいいだろ。購入報告だって毎回上げてるんだし」

「いやー、わかってないですねー。選ぶ過程を見ることに意味があるんですよ」

「過程?」

「購入報告だと選んだ結果しか見れないけど、お店でなら、なにを手に取って、なにを買って、なにを買わなかったかがわかるじゃないですか」

「そんなに気になるもんかなー」

 結局7冊買うことにした。本当は他にも気になるものがあったのだが、バイトもしてない高校生の財力ではさすがに買えるものに限りがある。

 ちょっと不安になったので、レジに向かう前に一応見ておこう。そう思い、鞄から財布を取りだしたところで、僕はとんでもない間違いを犯してしまったことに気が付いた。

 僕の手の中にあるのは、バリバリ音がするマジックテープの財布だったのだ。

 しまった、よりにもよって持ってきてるのこの財布かよ。市田明日がつゆりだとわかってたなら、もうちょいマシなものを持って来たのに。

「朔くん、顔色悪いけど、どうかしました?」

「いや、なんでもない。元々こういう顔色だ」

 財布の音を聞かれるのが嫌だからと、ここで買うのをやめても不自然なので、意を決して僕はレジへ向かう。

「5390円になります」

 財布を開くと、マジックテープがバリベリバリと音を立てる。

 今までなんとも思っていなかったこの音をつゆりに聞かれているかと思うと、切腹したいくらいに恥ずかしい。

 なにが悲しくて気になる女子の前でバリバリ財布を使わなければならないのだろうと思うが、オフ会にバリバリ財布を持って来た僕が悪いのだ。どうせ相手は同年代の男なのだから、普段通りでいいだろうと思っていたからなのだが。

さすがの僕でも、バリバリ財布の女子受けが良くないのは分かる。2ちゃんねるのコピペにされて、ボカロで曲までつくられてるくらいだもんな。

つゆりが僕に好意を持っていたとしても、バリバリという音を聞いた途端に百年の恋も冷めるのではなかろうか。蛙化現象起こされたらどうしよう。後ろでこの音を聞いているはずのつゆりがどんな反応をしているのか、気が気ではない。

振り返ったら、そこには引きつった顔のつゆりがいそうな気がして、振り返る勇気も持てなかった。

 会計が終ったので、僕はレジを離れ、エスカレーターの近くでつゆりが会計を終えるのを待つ。

 つゆりは鞄から財布を取り出すと、バリバリバリッと勢いよく音を立てて開いた。

 ホッとすると同時に見てるこっちの方が恥ずかしくなってくる。これが共感性羞恥というやつか。バリバリ財布を嫌がる人の気持ちがわかった気がした。

「えへへ、結構大きな音立ててましたね」

 会計を済ませたつゆりが笑顔でこっちにやって来る。

「まさか君もバリバリ財布を使ってるとはな」

「お揃いです。バリバリ仲間で安心しました」

 なんてことはない。つゆりの方もバリバリ財布で僕に引かれやしないか心配していたのだ。

「朔くんって大人びた雰囲気なのに、中学生みたいなバリバリ財布使ってて安心したと言いますか」

「こっちは君にドン引きされるんじゃないかと気が気じゃなかったよ」

「でも、バリバリ財布って見てくれがいい人が使っててもやっぱりダサいもんなんですね」

「他人が使ってるのを見ることでわかってくる面もあるよな」

「あばたもえくぼと言いますけど、バリバリ財布を好意的に見るのは難しいですね。完璧な人間よりは多少ダサい面がある人間の方が安心して見てられますけど、朔くんのダサい成分は服装で既に補給していますので……」

 僕の服装ダサかったのか。オフ会ということで、持ってる中だと一番マシな服を着てきたんだけどなあ。

「お互い、バリバリ財布はこの機会に卒業した方が良さそうだな」

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