第49話 ドラゴン生まれる

  あれから一週間が過ぎた。


 カグヤと交代で卵を温めたり、ハクにも手伝ってもらったり。


 カグヤが卵をナデナデしながら、鼻歌を歌いながら名前で悩んだり。


 お風呂まで連れて行こうとするのを、なんとか引き止めたり。


 そして、いよいよその日を迎えようとしていた。


「ク、クロウ! 卵が動いたわ!」


「落ち着け、カグヤ。さっきから同じこと言ってるぞ?」


「そ、そう? で、でも……」


 ガクヤは卵の前でウロウロしては、動きを見せると卵に話しかけていた。


「三時間はかかるって言ってだぞ? まだ昼だ、そんなんじゃ疲れてしまうぞ? 大変なのは産まれてからだ。頼りないかもだが、俺もいるから」


「そ、そうね、クロウは頼りになりそう……素敵なパパとか……」


「 すまん、なりそうの後が聞こえなかったが」


「な、なんでもないわ!」


「グルルー」


 ハクが『僕が見てるから平気』と伝えてくる。


「ほら、ハクが見てるってよ。昨日、ほとんど寝てないんだろ? 今のうちに寝ときなさい」


「だって気になるもん! 私、起きてるもん!」


 なんだ? このもんもん言っている可愛い生き物は?

 俺が悶々とするじゃないか……俺も大分テンパってるな。


「ダメだ、それじゃもたない……仕方ない」


「にゃ!?」


 カグヤをお姫様抱っこして、寝室のベットに寝かせる。

 朝から起きたままの格好なので問題ない。


「ほら、少しでいいから寝なさい」


「お、起こしてくれる?」


「ああ、ちゃんと起こすから」


「や、約束よ……あっ……」


 カグヤの綺麗な真紅の髪を、優しく撫でてやる。

 すると、すぐに寝息をたて始めた。


「スースー……」


「可愛い寝顔なこと。やれやれ、俺の自制心もどこまで保つかね?」


 その後カグヤの寝顔を眺めつつ、ハクには卵を任せる。







 そして……ハクから念が届いた。


 どうやら、そろそろ生まれるらしい。


「グルルー!」


「来たか。すまん、俺もウトウトしてしまったようだ」


 俺は、急いでカグヤを起こす。


「カグヤ、産まれるぞ」


「にゃによ〜、まだ寝るもん」


 寝返りで、胸の部分が……俺の理性、頑張って!

 ふむ、着痩せするタイプだったかのか。

 意外とあるな……いかんいかーん!


「カグヤ、卵が割れそうだぞ?」

「卵〜なに……卵!」


 ガバッと起き上がるので……色々なモノが見えそうになる。

 マズイと思い、咄嗟に向こうを向く!


「カグヤ! 前! 前を!」


「なによ〜? それより、卵……キャ——!」


「イテェ!」


 なにかが飛んできて、俺の頭に直撃した!

 落ちた物を見ると、それは時計だった。

 ……俺じゃなかったら、流血モノだぞ。


「ク、クロウのエッチ! み、見たの……?」


「す、すまん! 一瞬だから見えてない!」


「そ、そう……? なら、いいけど……」


「グルルー!」


 ハクから『何してんの?産まれるよ?』と念が送られてくる。


「そうだよ! 卵だ!」


「そうよ! 卵よ!」


 二人で部屋を移動して、卵の前に正座し……その時を待つ。


「あっ! 見て!」


「おお……割れてきたな!」


 卵のあちこちに、ゆっくりとヒビが入り始めた。


「て、手伝っちゃダメなのよね?」


「ああ、なるべくな。自分の力で出るほうがいいらしい」


「頑張って……!」


「……懐かしいな」


 俺の言葉に、カグヤが苦笑する。


「やっぱり、クロウも?」


「小さい頃に、鳥の卵を二人で眺めていたな」


「そうよね、今か今かと楽しみ待っていたら寝てしまったのよね」


 しかも、その卵は有精卵ではなくて、元々孵らないというオチだった。

 でも、あの時のワクワクは確かだった。


「そうだったな……母さんが、俺らを膝枕してたっけ」


「カエラさん……そうだったわね。今考えると、あの方も不思議な雰囲気があったわ。芯が強いし……それに、高貴な雰囲気があった」


「そうなのか? 俺にはわからんが……確かに兄弟とも似ていないし、祖父母とも似ていなかったな」


 親族が何人かいたが、誰も母上とは似てなかった。

 そして、俺と似たような人もいなかった。

 別に俺は、母上似というわけでもないのに。

 ……今考えると、少し不思議だな。


「一人だけ色々な意味で違ったわ。傲慢さはカケラもなかったし、平民にも優しくて……炊き出しとかにも、何度か連れてってもらってたし」


「そうだったな。母上の口癖だった……彼らのおかげで生活できることを忘れてはいけないと。それが、貴族の義務ノブレスオブリージュだと」


「私もそれに憧れたり、共感したからそうしようと思っていたんだけど……」


 ガクヤは少し俯き、言い辛そうにする。

 きっと、俺に負担をかけると思っているのだろう。

 あとは、自分自身にも迷いがあるに違いない。


「カグヤ……君が望むなら、俺はいつでもこの力を振るおう。そして、俺だけは君の夢を笑わない。もし願うのなら、君の願いを……俺の全てをかけて、叶えると約束しよう。それだけは覚えておいてくれ」


「クロウ……えへへ、私は幸せ者だね……クロウみたいな素敵な恋人がいるんだもん」


 そして、自然と二人の唇が重なる。


「ク、クロウってば、慣れてるの? わ、私なんかドキドキしっぱなしなのに……」


「俺だって一杯一杯さ。ただ、好きな子の前で恥をかきたくないだけだ。それより……」


「ん? なに?」


「二日に一回じゃなかったのか? 次にしていいのは、四日後ということか?」


「……バ、バカ! それはそれ! これはこれよ! 雰囲気よ——察しなさーい!」


「 そうなのか? ……難しい」


「グルルー」


 ふと見ると、ハクが呆れた表情をしている。

 おい、俺は主人なのだが?

 すると、パキッと音が聞こえる。


「おっ!?」


「あっ!?」


 卵を見ると、中から手が出てきた。

 俺たちは手伝わないよう、必死に堪える。

 そして……産まれた。

 小さな、本当に小さなドラゴンだ。


「ピー、ピー」


「うわぁ……可愛い」


「ああ、可愛いな……しかし、レッドドラゴンではない? こいつ、角まである……じゃなくて!」


「そうね!ぬるま湯よね!」


 あらかじめ用意していた容器に、そのドラゴンを入れる。

 そして、卵の殻やネバネバを取ってあげる。


「よしよーし、偉いわね」


「ピー、ピー」


「ふふ、指を舐めてきたわ。くすぐったいわよ〜」


 洗い終えたら、俺が預かりタオルで拭いてやる。


「ピー、ピー」


「はいはい、良い子だ。すぐ終わるからな」


「ふふ、上手ね……予行練習になるかしら?」


「はい?」


「ううん! ほら、テーブルに置いてみましょう」


 ひとまず、テーブルの上に置いて観察をする。


 「赤い……いや、紅いな。レッドドラゴンより、更に色が濃い。しかも、額に一本の角がある。あとは、翼が身体に対して大きい気がする」


 「この子、腕に当たる部分も短い気が……足は普通なのに。四足歩行する感じなのかな?」


「ふーむ、普通のドラゴンではなさそうだな」


「ピー?」


 ドラゴンの子供が、カグヤをじっと見つめている。


「わ、私を見てる?」


「お母さんだと思っているんじゃないか? そもそも、カグヤに惹かれたようだし」


「ど、ど、どうしたら?」


「えっと、確か……産まれたては肉を食べない。餌は魔力だって……カグヤが送れば良いんじゃないか?」


「そ、そうね!」


 カグヤが、ドラゴンをそっと抱き上げる。


「んー……どうかしら?」


「ピー!ピー!」


「あっ、何か伝わってきたわ……嬉しい?」


「グルルー」


「ハクが、それであっているってさ」


 同じ魔物であるハクには、言葉がわかるらしい。

 これで、間接的に俺も理解できる。


「名前はどうする? こいつ、紅色だろ? レッド……ハク、この子は女の子か?」


「グルルー」


「女の子だそうだ」


 それを聞いて、カグヤが唸る。

 あーでもない、こーでもないといい……固まったようだ。


「女の子……私と同じ紅……真紅……シンクね! この子はシンクよ!」


「おっ、良いんじゃないか? シンクか、よろしくな」


「ピー!」


「グルルー!」


 こうして、新たな仲間……いや、家族が増えたのだった。


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