第45話 レッドドラゴン

 ドラゴン、それは最強の魔物と言われる。


 物理攻撃や魔法攻撃をも弾く、しなやかで強靭な肉体。


 その爪は、鎧ごと人間を切り裂く。


 その顎は、どんなモノだろうと噛み砕く。


 その翼は突風をもたらし、人間は立つことすら困難で、その場にひれ伏す。


 その尻尾は、全てを薙ぎ払う。


 そのブレスは全てを溶かし、人間など生きた痕跡すらも残らない。


 ハクドラが魔の森の地上の王者なら、ドラゴンは魔の森の空の覇者である。


 最低でも金等級、強い個体は白銀等級の強さを誇るとか。


「さて……お前の強さはどの程度だ?」


「ゴガァァァ!」


 奴の口から、直径一メートル以上の火の玉が吐き出される!


「チィ、いきなりか——だがその程度で!」


 火の玉を、アスカロンで切り裂く。

 すると、振り切ったと同時に尻尾が飛んでくる!


「ゴァァ!」


「クッ!?」


 アロンダイトにて、その尻尾を叩きつける。

 弾き返すことには成功したが、少し腕が痺れてしまった。

 その姿を見て、ドラゴンが不思議にしていた。


「グガ?」


「俺が力で押し負けそうになるとは……これがドラゴンか、頭も悪くない。火の玉を斬る隙をついて、尻尾を繰り出してきたか」


 不謹慎かもしれないが、少し楽しんでいる自分がいる。

 そういえば、魔物と一対一で本気で戦うのは初めてのことだ。

 ……俺にもまだ、そういう子供っぽい部分は残っていたらしい。


「クロウ〜! 大丈夫〜!?」


「ああ、中々強いが問題ない。ハク、少々激しくなる……カグヤを頼む!」


「グルッ!」


 俺の言葉を待っていたわけではないが、そのタイミングで再び火の玉が迫る。

 俺は火の玉を斬り続けるが、それが止むことはない。


「魔力も無尽蔵か?」


「ゴァァ!」


「もしくは、俺が遠距離が使えないとでも? 舐めるなよ——魔刃剣!」


 魔力の剣により火の玉が斬られ、そのままドラゴンに直撃する。

 その腹からは、僅かに血が流れていた。


「ゴァ!?」


「多少血が流れる程度か……さすがだな」


 だが、一度火の玉がとまった。

 その隙をつき、足に魔力を込めて接近する。

 ヤツの想定以上の速さだったのか、口を閉じて爪を構えた。


「ゴァ!」


「今度は剣激戦といこうか!?」


 二つの剣と、奴の両爪が激しく火花を散らす。


「ガァァァ!」


「ハァァァ!」


 俺の剣でも斬れない爪か!

 もう少し魔力を込めると……なんだ?

 その時、奴の口が開いた。


「まずっ……!」


「ゴァァ!?」


 俺は咄嗟にアスカロンで発車寸前の火の玉を斬った。

 目の前で爆発が起こり、俺は思わず吹き飛ばされてしまう


「くっ……直撃しなかっただけマシか……ん? 奴はどこに行った?」


 土煙が立ち、相手の居場所がわからない。

 その時、とてつもないエネルギーを感じる。

 そちらを向くと、土煙がはけて……ドラゴンが口を大きく開いていた。

 次の瞬間——奴が火の玉を放つ!


「ゴバァァァァァァ!」


 そしは最早火の玉ではなく、圧縮された火の光線だった。

 この直線上にはカグヤが……避けるわけにはいかん。

 俺はアロンダイトにより、それを受け止める!


「ッ——!」


 ……熱い! 魔力をまとってなかったら、身体がドロドロに溶けているところだ!

 その時、後ろから声がする。


「ク、クロウ! ハク! クロウが死んじゃう!」


「グルル!」


「ハク、来るな! お前は水のバリアを張れ! カグヤを余波から守るんだ!」


 何を心配かけてんだ俺は!

 もう二度と、負けないと誓っただろう!


「ならば——負けるわけにいかんだろうが!」


 左手のアロンダイトを押し込み、少しずつ前進していく……!


「ゴァ!?」


「舐めるなよ! ドラゴンがどうした!? デカイトカゲ如きが、調子に乗るなァァァァ!」


 俺は、右手に持つアスカロンに魔力を纏わせていた。

 それを振り下ろし、レーザーを断ち切る!


「ゴァ!? グ、グォォォ……」


「もう一度撃つ気か!? そうはさせるか!」


 あえてアロンダイトを手放し、アスカロンを上段で構える。

 俺は魔力を高め、さらに全身や腕に身体強化をかける!


「ゴバァァ——!」


 奴の口から、再び火の光線が放たれる。


「クロウ! 負けないでぇぇぇ!」


「任せろ——極・魔刃剣!」


 上段からの振り下ろしが、レーザーを切り裂く。

 ……そして、それは奴自身をも斬り裂いた。

 身体が真っ二つになり、地に伏せる。


「グ、ガ、ガ………」


「フゥ……さすがに魔力を消費したな」


「クロウ! すごいわ! カッコいい!」


 飛び出してきたカグヤを優しく受け止める。


「おっと……急に飛びつくなよ。まだ、この辺りは熱いぞ?」


「いいの!」


「グルル!」


 すると、俺の周りに水の塊が浮かぶ。

 そこから、冷たい空気が伝わってくる。


「気持ちいいな。ハク、ありがとな」


「グルッ!」


 その後、興奮するカグヤをなだめ、ドラゴンを魔法袋にしまう。


「さて……まずは考察をしなくてはな」


「え? どういうこと?」


「いくら奥に来たとはいえ、上位種のドラゴンがいるのはおかしい気がする。あの強さは、白銀等級クラスで、俺でも本気を出す必要があった。それに……何か、殺気立っていたように感じた。この辺りに、何かあるのかもしれん」


 意見をまとめ、少しだけ探索することにした。

 しばらくすると、カグヤの様子がおかしいことに気づく。

 なにやら、辺りをキョロキョロし始めた。


「カグヤ?どうした?」


「……何か聞こえない?」


「いや、俺には聞こえない。ハクはどうだ?」


「グルルー」


 俺とハクには聞こえていないらしい。


「クロウが聞こえないんじゃ…… いや! 聞こえるわ! こっちよ!」


「待て! 一人で行くな!」


 ハクがカグヤの前、俺が後ろにつき、カグヤが指差す方へ向かう。


「全く、何がどうなっているだか」


「確か……こっちから……あっ! あそこから聞こえるわ!」


 カグヤが指差す方に、みると何かがあった。

 大きな洞窟があり、どうやら奥に続いているようだ。


「ハク、カグヤを頼む……俺が見てくる」


「グルッ!」


 俺は慎重に近すぎ、敵がいないことを確認して洞窟内に入る。

 中は思ったより広くなく、すぐに奥に到達する。

 そこには草が敷き詰められ、その上には卵が置いてあった。

 なるほど……もしや、あのドラゴンの卵かもしれない。


「しかし、デカイな……直径三十センチはある」


 とりあえず持ち上げて、カグヤの元に戻る。


「……うん! これよ! これから聞こえるわ!」


「どういうことだ? 生きてるから魔法袋には入らないが……カグヤ、これ欲しいのか?」


「そうよ! だって、その子が私を呼んだもの!」


 よくわからないが、ガクヤは冗談を言っているように見えない。

 だったら、俺のすることは決まっている。


「とりあえず持って帰ろう。それで、ハクを引き取ったところに相談してみよう」


「私が持つわ! そうしてって聞こえるの!」


「だ、大丈夫か? 重いからな?」


「大丈夫よ! わぁ……あったかい」


「ハク、カグヤを乗せて急いで戻ろう」


 カグヤをハクに乗せ、無事に魔の森を抜けて都市に着く。


「よし……日が暮れてしまったが、どうにか門が閉まる前に帰れたな」


「ふぅ、さすがに疲れたわね」


「グルルー」


 そんな中、ハクだけは元気だ

 強さ以上に、体力が驚異的なようだ。

 今日の動きを見ていたが、これならカグヤを任せてもいいだろう。





 その日は疲れていたこともあり、すぐに家に帰宅する。

 作り置きのカレーを食べ、風呂に入り、寝る時間になったのだが……カグヤが通路で通せんぼをしてくる。


「な、なんだ?」


「ハク! 先に部屋に行ってて!」


「グルルー」


 ハクが大人しく、カグヤの部屋に入っていく。


「ク、クロウ!」


「ん? どうかしたか?」


「……ムー! もう! 察しなさいよ〜!」


「イテッ!なんで叩くんだ!?」


 俺は何故か、胸をポカポカと叩かれている。


「クロウ……わ、私のこと好き!?」


「あ、ああ! もちろんだ!」


「な、なんで……何もしないのよ!?」


 その言葉の意味を理解し……思わず動揺してしまう。


「……え? あ、いや……していいのか?」


「ち、違うわよ!? そういうアレじゃなくて……キ、キスくらいなら許してあげる」


 そう言い、恥ずかしそうに身を縮めた。

 なんだこれ? めちゃくそ可愛いのだが?

 しかし、女の子に言わせるとは情けない……が、頑張るか。


「カ、カグヤ……」


 俺が肩に手を置くと、カグヤは顔を上げて……そっと目を閉じる。


 俺はその小さな唇に、優しくキスをする。


「んっ……」


 身体中を何かが駆け抜け、幸せな気持ちで満たされる。

 名残惜しいが、これ以上しているとどうにかなりそうなので、ゆっくりと唇を離す。

 二人で顔を見合わせ、すぐに目をそらす。


「……お、おやすみ!」


「お、おやすみ」


 カグヤが駆け出したと思ったら、自分の部屋のドアを開けたところで固まる。


「そ、その……たまになら、してくれてもいいからね!」


 そしてバタンとドアが閉まる。


 「可愛すぎる……あんなの反則だろ……!」


 俺は、その場に崩れ落ちるのだった……。

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