第40話 ナイルの謝罪

 それから数日間は、とても平和だった。


 朝と夜はカグヤが料理をしてくれ、昼間はハクと三人で出掛けたり。


 俺は荷物運びや掃除などをし、久々にごくごく普通の生活を送れた。


 そんな日々の中、ハクと戯れるカグヤを眺めながら俺は家の前で素振りをする。


「ハクー! えいっ!」


「グルルー!」


 どうやら、ボール遊びに興じている様子だ。

 投げては拾うを繰り返している。

 なんというか、とても癒される光景である。

 ここは道路も広く人通りの少ないので、このように遊べるのは良いな。


 「まるで子猫だな」


「グル!?」


 するとハクが『しまった!?』という表情を浮かべた。

 なんと言うか、人間臭い魔物だこと。


「ハク〜! よそ見しちゃダメ!」


「グルルー!」


 だが本能には逆らえないのか、ハクはガクヤが投げるボールを追いかける。

 俺は癒されつつも、とても幸せな時間を過ごすのだった。






 その日の昼、俺達は久しぶりに冒険者ギルドに向かうことにした。

 俺の身体も全快になり、ハクとカグヤの仲も良好だ。

 あとは、実戦の中で連携確認をしていくしかない。


「よし、行くか」


「うん!」


「グルルー……グル?」


「んっ?」


 俺とハクが同時に、人の気配に気づく。

 何者かが、この家の玄関の前に近づいてくる。


「ど、どうしたの?」


「いや、誰かが家に来る……ハク、お前はカグヤの側から離れるな」


「グルル!」


「良い子だ。俺が玄関を開けて様子を見よう」


 俺は相手が玄関に来る前に、先に扉を開けて外に出る。

 武器に手をかけていた俺だが、その人物を見てひとまず手を離す。

 そこにいたのは、戦友であるナイルだった。


「隊長!」


「ナイルか……その子がそうか?」


「は、初めまして! 兄がお世話になりました! そして、ありがとうございます!」


 ナイルの隣には、俺と同い年くらいの女の子がいた。

 ナイルと同じく、金髪で青い瞳をしている。

 背は高く、170ほどはありそうだ。

 ナイルと同様に、整った容姿をしている。


「ああ、初めまして。いや、ナイルには世話になった……とりあえず、無事で良かった」


「隊長、おかげで妹を救いだせました。しかし、俺が大恩ある隊長裏切ったことは事実です……どうか、この首をお受け取りください!」


 ナイルは土下座をしながら、そんなことを言った。


「お兄ちゃん!? わ、私が悪いのです! お兄ちゃんは、貴方のこと敬愛してて……私が代わりに!」


 終いには、妹までもが同じことをする。

 兄妹とは似るものなのだろうか……俺にはわからないが。

 さて、どうしたものか。


「二人共、とりあえず家の中に入れ。ほら、ナイル、立てって」


「で、ですが……!」


「いいから。ほら、そこの子も入ってくれ」


「は、はい」


 俺はナイル無理矢理立たせて、部屋の中に引っ張っていく。

 そしてハクに驚きつつも、ひとまず二人をリビングのソファーに座らせる。

 俺はカグヤを横に座らせ、二人と対峙する。

 ハクには、カグヤの足元で待機させた……まだ、万が一がある。


「さて、まずは良かったな。妹……名前はなんと言う?」


「アリスと申します、クロウ様」


「隊長……お、俺は……!」


 ナイルは今にも泣き出しそうになり、俺を見つめてくる。

 おそらく、自分を許すことができないのだろう。


「とりあえず、説明しろ。何がどうなって、こうなったかを」


「はい……では、ご説明させて頂きます」


 そして、俺はナイルから詳しい経緯を聞く。

 要約すると、こんな感じになるか。

 俺を皇都に送り出した後、自分もすぐに逃げ出した。

 幸い、俺がほとんど抹殺していたので、それ自体は容易かったようだ。

 その後、唯一の肉親である妹を連れて、俺の助けとなるべく追いかけたと。

 その道中で、俺に暗殺の手が近づいていることを知った。

 それを知らせようとしたところ、妹が捕まりあの状況に陥ったと。


「そうか……」


「隊長を助けるつもりが足を引っ張り、それどころか隊長の大切な方を傷つけ……ましてや隊長を殺そうと……! お、俺は——自分が許せない! 大恩ある貴方を裏切りました! もはや、命をもって償うしか!」


 ナイルは両拳を膝において、悔しそうに顔を歪ませる。

 全身は震え、今にも発狂しそうだ。


「そうだな……俺はお前を、過去の実績によりしていた。だが、事情がどうであれ……お前は、俺を裏切った。もう二度と、俺がお前を信用することはないだろう」


「そ、そんな! でも、お兄ちゃんは! 私がいなければ……!」


 アルスさんが立ち上がろうとするのを、ナイルが手で制する。


「アリス! いいんだ……隊長の言う通りだ」


「だが、お前から受けた恩を俺は忘れていない。だから殺さない。それに、お前が死んだら妹はどうする? たった二人の肉親なのだろう?」


「隊長……ですが……!」


 ナイルが身を乗り出し、俺にくいかかる。

 すると、それまで黙っていたカグヤが口を開く。


「あのね、ナイルさん……クロウがね、楽しそうに話してくれの。自分はナイルがいなきゃ死んでいたって、俺はあいつに感謝しているって。クロウはね、貴方のこととっても好きなのよ。本当は、貴方のこと許したいの。ただ、私のために我慢しているの」


「そんなことはない。カグヤのことは関係ない」


「嘘よ。今だって……クロウ、手のひらを見せて」


「……」


 心の内を見透かされた俺は、黙って掌を開く。

 そこからは、血が流れていた。

 俺は自分の気持ちを抑えるために、ずっと拳を握りしめていた。


「隊長、爪が食い込んで血が……そんなにまで思ってくれた貴方を俺は!」


「お兄ちゃん……」


「クロウ、あのね……私のことを考えてくれるのは、とっても嬉しいわ。でも、貴方がそれで傷つくのはワガママかもしれないけど嫌だわ。本当は、許したいんでしょ? もう、仕方ないんだから……かの者の傷を癒したまえ、ヒール」


 俺の手を握りながら、カグヤが光魔法を唱えた。

 俺の身体と心に、温かいモノが流れていく。

 俺はナイルを許したい、だがそれで良いのだろうか?


「だが、俺はカグヤを……もう、二度とあんなことがないように……!」


「ありがとう、クロウ。でも、私だってこれから気をつけるから。それに、そのためのハクでしょ? ねっ、ハク?」


「グルルッ!」


 『僕に任せろ!』という気持ちが、ハクからパスを通じて流れてくる。


「それはそうだが……」


「もちろん誰にも頼らずに、ここで三人で生活することはできると思う。でも、それじゃ……クロウが潰れてしまうわ。全部を背負って……私は、それが心配」


「そうか……それでは本末転倒か」


 カグヤには頭が上がらない。

 あんな目に合ったのに、俺の気持ちを考えてくれた。

 ……今は、その気持ちに甘えて良いのだろうか。

 だが、けじめだけはとらないといけない。


「隊長……」


「ナイル、俺はお前を信用しない」


「クロウ!?」


「カグヤさん、いいのです……隊長の気持ちがわかっただけで、俺は嬉しいですから。隊長! 長い間、大変お世話になりました! 貴方と共に戦った日々は忘れません! ……失礼します!」


 ナイルが立ち上がろうとするのを手で制する。


「待て!」


「え……?」


「……ナイル、お前は


「そ、それはどういうことですか……?」


「今までの戦場生活での実績により、俺はお前を信用した。故に、俺はお前を疑うこともしたかったが、もうそれはなくなった。だが、俺はお前に救われた。だから俺は……


 俺の言葉に、ナイルが怪訝な顔をする。

 すると、ガクヤが俺の背中を叩いた。


「痛いのだが?」


「もう! 回りくどいわよ!! ナイルさん、クロウはね……これからもよろしくって言ってるのよ」


「た、隊長……!」


「もう、隊長はやめろ。これからは、クロウとナイル……ただの戦友だ」


 俺がそう言うと、ナイルの顔が歪んでいく。

 そして、目から涙が溢れ出た。


「ウ、ウゥゥ……はい!」


「良かったね! お兄ちゃん!」


「エヘヘ……クロウ、良かったわ」


「カグヤ、ありがとう。君がいてくれて、本当に良かった」


「そ、そんなの……私のセリフだわ」


 そして、ガクヤが優しく微笑んだ。


 ……俺は幸せ者だな。


 俺は天涯孤独の身だ。


 身内は生きているが、アレらは違うだろう。


 それでも、こんなに俺を想ってくれる人がいるのだから。

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