第34話 忌まわしき過去に決着を

 その場をゼトさんに任せた俺は、馬を借りてナイルが去った方へ向かう。


 すると、赤い血が点々と地面に染み付いている。

 

「ナイルの血……これが目印ということか。あいつは、平気だろうか?」


 いや、カグヤが最優先だ。

 ナイルのことは今は考えるな。

 気をぬくと溢れでる思い出を押さえ込み、俺は馬を走らせ続ける。


「血も薄まってきたし、だいぶ遠くまできたな。むっ、あれは」


 血の跡が消えてくる頃、建物がいくつか並んでるところが見えてきた。

 何頭かか、馬も停まっている。


「おそらく、ここだな」


 ここからは迂闊な行動はとれない。

 ただ幸い、魔法袋は俺のマントの中にある。

 いざという時に備え、臨機応変に対応できるようにしておこう。

覚悟を決めて、建物に囲まれてた広場に入ると……そこにいたのは憎い相手の顔だった。

 

「覚悟は決めていたが、まさかこんなところで会うことになるとはな」


「ククク、随分と久しぶりだな……クロウよ」


「あのクソガキが、こんなになるなんて……だから、殺しておけって言ったのに!」


 そこには、俺の戸籍上の父親と義理の母がいた。

奴らは母上が死ぬ原因になった二人で、俺に家族としての情は一切ない。


 「落ち着け……」


激情に駆られるな……まずは、状況を把握しろ。

カグヤを救えるのは、俺しかいないのだから。


 「ナイルとカグヤを除けば、あいつら二人しかいない……?」


 二人の後ろには、縄か何かで縛り付けられているカグヤ。

どうやら、まだ気を失っているようだ。

そして、その横にはナイルがいる。


 「他にはいない……俺が暗部を全滅させたからか」


 カグヤさえ人質にとれば、俺が手を出せないという算段か。


 「……当たっているが」


 そして、

俺は一瞬だけ空に視線を向けてから、改めて二人に向き合う。


「久しぶりだな、クズ共。いやはや、元気そうで反吐がでるな」


「な!? き、貴様ァァァァ! 父親に向かってなんて口を!?」


「クズですって!? それはこっちのセリフだわ! 私達は、お前のせいでこんなところまで来なくてはならなかったのよ!?」


その顔は醜悪の一言で、こいつらが変わらないことを実感する。

それで良い……その方が、こっちの気も楽だ。


「都合のいい時だけ父親づらか? そんなこと思ってもいないくせに……おい、クソババア。そんなこと知るか、どうせ自業自得だろ? 他にも悪どいことをしていただろうに」


「グッ……!」


「なっ……!」


二人が、俺の分かりやすい挑発に怒気を高める。

歯ぎしりをして、今にも爆発しそうだ。


「図星かよ……相変わらずクソだな」


「フ、フン! そんな口をきいていいのか? こっちには人質がいるんだぞ?」


「そうよ! 早くその物騒な武器を捨てなさいよ!」


「ああ、わかっている」


 俺は二本の剣を遠くに放り投げる。

 この二本はバレているから、持ってないのは不自然だからな。

 だが、魔法袋の存在に気づかれるわけにはいかない。


「ふふふ……それでいい。力を抜け! 言っておくが防御するんじゃないぞ! さあ、ナイル……やれ!」


「そうよ! あのナイフなら、いくらあいつが化け物でも殺せるわ!」


 そう言い二人のクズは、カグヤの横に移動する。

 代わりにナイルが前に出て、俺に近づいてきた。


 「あのナイフで俺を殺せる言ったか……毒か」


 当然、避けるという選択肢はない。

 カグヤが害される。

 だが、受けても結局は助けられない……いや、あの方法なら。


「よう、ナイル」


「…………」


俺が気軽に話しかけても、ナイルは苦渋の表情を浮かべるだけだった。


「どうした?喋れないのか?」


「…………」


 ナイルは、視線だけで俺にわかってくれと伝えてくる。

やはり、脅されているか。

 そして余計な口をきいたら、あの上空にいる監視らしき鳥に気づかれると。

すると、気を失っていたカグヤが動き出す。


「ん……ここは? ク、クロウ——! お願い! 逃げてぇぇぇぇ!」


「気がついたか……おい! 勝手に喋るんじゃねえよ!」


「きゃっ!? う、うぅー……」


そして父親が、カグヤの腹を蹴りつけた。

カグヤは痛みで苦しそうに蹲ってしまう。


「……奴は絶対に殺す、何があろうとも」


マグマのように燃えたぎる激情を、全ての理性でもって押し留める。

ここで動いては、全てが終わる。


「ちょっと!? その女は無傷でって……」


「しまった! つい……まあ、大丈夫だろ」


 今は耐えろ……激情に駆られるな。


「カグヤ! 何も言わなくていい! そこで大人しくしててくれ!」


「ク、クロウ……」


「フン!それでいいんだよ」


 そして、いよいよナイルが俺の目の前に来た。


「いいぞ、刺せばいい。お前は、お前の大事な者のために」


「ッ! 隊長、すみません!」


 意識を持っていかれないように覚悟を決めた時、ナイフが俺の腹に突き刺さる。

次の瞬間、俺の身体に感じたことない激痛が走る!


「ッ〜!? ガハッ! ナイル……返事はしなくていい。すぐにカグヤの側にいけ……あとは俺に任せろ……ゴフッ!」


「…………」


 ナイルはコクリと頷き、黙って下がっていく。

そこには申し訳なさと、助けてくださいという顔が混同していた。

俺の大事な戦友に、あんな顔をさせやがって……許さん。


 「……っ!?」


 これは毒に麻痺か? 徐々に感覚が麻痺してくる。

 耐えきれずに、俺はうつ伏せの状態になってしまう。


「クロウ——! わ、私のせいで……」


 カグヤが泣いている。

俺のせいだ、なんと不甲斐ないことか。


「ハハハ! やったぞ! これで俺の罪はなくなる!」


「ホーホッホ! これで、また好き勝手にできるわ」


そう言いながら、二人が俺に近づいてくる。

 堪えろ、意識を保て……後、少しで良い。

 その時、鷹が俺の目の前に降りてきた。


「ふむ、完全に毒が回ってますね……さて、こんにちは」


「やはり従魔か……お前だな、俺をつけていたのは……ゴホッゴホッ!」


「ちょっと!? 宰相様! 早くとどめを刺しましょう!」


「そうよ! 何なら私達がやりますわ!」


 こいつが宰相だと……?

噂では突如現れ、一気に成り上がったという奴か。


「黙っておれ。ベラベラと余計な口をききおって……死にたいか?」


「ヒィ!?」


「お、お許しを!」


宰相らしき奴に言われ、二人が震え上がる。

どうやら、この宰相という奴が俺を殺したかったらしい。

いや、目的はガクヤか?

……くそっ、気をぬくと意識が飛びそうになる。


「さて、話を戻そうか。そうだよ、辺境伯領から出る君達を遠くから観察していたのは私だ。君は鋭そうだからね……さて、クロウ君。色々とご苦労だった、おかげで私の計画が進みそうだよ」


「どういう意味だ……? ゲホッゲホッ!」


「東の国境に君がいては邪魔だったのだよ。とある情報を入手したから、カグヤ嬢を死刑にすると噂を流したのだ。君が助けに来ると思ってね……そう、計画通りに。今回は君に礼を言いにきたのだよ。ありがとう、そしてさようなら……かな?」


「俺はまんまとやられたわけか……」


 となると、こいつが黒幕か……。

 カグヤに濡れ衣を着せたのも……ならば殺す。

 俺はあらん限りの力を入れて、激痛の中で魔力を高めていく。

 こいつらは、俺が動けるとも思っていないはず……あとはタイミングを見計うだけだ。


「私の計画にはカグヤ嬢は必要なので、悪いけどもらっていくよ。大丈夫、乱暴にはしないから。そういえば、君は何も聞いていないのかい? 自分の出自や、カグヤ嬢の出自について……」


「なんのことだか、さっぱりだな……」


「そうか……それも聞きたかったんだよ。知っていたら情報が増えるからね。なら、もういい……死にたまえ」


 すると、剣を持った二人が寄ってくる。

もっとだ、もっと近くに……今だっ!


「っ——!」


 どうにか、魔力を込めた指先で小石を弾く。

それは狙い通りに、鷹の目を潰す!


「ギャァァァァァ!? 目が、目がァァァァ!」


 従魔にも欠点はある。

視界を共通するほど繋がれば、痛みも共有することだ。

今の一撃で、宰相にまでダメージがいったようだ。


「ざまあみろ……勝ち誇って説明してるからだ……ハァァァ!」


 魔力を全身に回し、身体を無理矢理動かそうとする……。

 頼む……俺の身体よ! カグヤを助けたいんだ——応えてくれ!

俺の願いに身体が応え、どうにか起き上がることに成功する。


「はぁ……はぁ……」


「ヒィ!?」


「な、なんで動けるのよ!?」


 驚いたのか、二人は尻餅をつく。

すると、鷹が俺を睨みつけた。


「貴様ら早く殺せ! ただのやせ我慢にすぎん! ナイル、お前も手伝え! でないと、妹を殺せと知らせにいくぞ!?」


「やはり、そういうことか……シィッ!」


 魔法の袋の中から、ナイフを取り出して鷹に投げる!

それは狙い違わず、鷹の頭に吸い込まれ……。


「グキャァァァァ……カ、カ、カ」


 よし、死んだな。

 これで、ナイルの妹もしばらくは平気なはずだ。

少し気が抜けたのか、再び激痛が走る。


「ッ〜! ゴホッ! ゴホッ!」


「ク、クロウ! もう動かないで! 死んじゃうよ、クロウが死んじゃう……」


その泣きそうな声が、倒れそうになる俺を動かす。

まだだ、まだ終わってない。


「ナイル……!」


「隊長! 私にお任せを! カグヤさん、申し訳ありませんでした。すぐに縄を解きますね」


ナイルのおかげで、ガクヤは解放された。

これで、後はこいつらを……始末する。


「ナ、ナイル!」


「わかってます! 後は俺に任せて……」


「早く行け……お前の大事な者の元に、一秒でも早く……ゲホッ、ゲホッ……こいつらは俺がやる!」


「し、しかし、俺のせいで……」


「グズグズするな! 妹を助けたいんだろうが!」


「っ〜! あ、後で必ず殺されにきます!」


そう言い、ナイルが駆け出す。

そして、尻餅をついている二人に視線を向ける。

すると、ようやく今の状況に気づいたらしい。

見る見るうちに、顔色が変わっていく。


「ま、待て! わかった! この女を差出そう! こいつが言ったんだ! あの女を追い出そうって!」


「ちょっと! 何を言ってるのよ!? アンタがあの女が煩いからって、追い出そうって言ったんじゃない!」


「クズめ……カハッ……ゼェ、ゼェ」


「ク、クロウ! 今行くわ!」


こちらに来ようとするカグヤを手で制する。

これは、俺がやるべきことだ。

近くにあったアスカロンを拾い、二人に近づいていく。


「さて、覚悟はできたか……?」


「や、やめて! 私は関係ない——腕がァァァァ!」


まずは、女の方の腕を斬りとばす。

痛みでのたうち回り、喚き散らしている。


「お、おい! 俺は父親だぞ!? お前は父を殺すの——ぁ? 足がない? ァァァァァ!?」


今度は脚を斬り飛ばした。

これで、最早逃げる事は出来まい。


「ゼェ、ゼェ……俺は貴様らと違って痛みつける趣味はない——今、楽にしてやる」


「ァァァァ! 腕、私の腕がァァァァ!」


「……死ね」


 女の頭に剣を振り下ろし、物言わぬ死体になる。

こちらは特に、何も思う事はない。


「なんでだ!? 足がない! 俺の足! ァァァァ!」


「……さらばだ」


 今度は水平に剣を振り、父親だった者の首を切り落とす。

 その顔は、信じられないという表情だった。


 「これで……終わったか」


「クロウ——!」


 全身から力が抜け倒れそうなところを、駆け寄ってきたカグヤに抱きとめられる。


「カグヤ……すまない、俺が油断した……カグヤを守ると誓ったのに、なんてざまだ」


「そんなことない! クロウは守ってくれたわ! 私の方こそごめんなさい! 私がいたから……クロウが……」


「泣かないでくれ……俺なら平気だ。カグヤ……こんな不甲斐ない俺だが、お前の側にいたいんだ。まだ、俺にお前を守らせてくれるか……?」


すると、カグヤの目が泳ぐ。

やはり、もう俺には守らせてもらえないかと思った時……カグヤの顔が近づく。


「この者に宿る異物を取り除け、リムーブ……んっ」


「っ〜!?」


そして、俺にキスをするのだった。


「ど、どう? 少しは楽になった?」


「あ、ああ……なんでキスを……?」


「こ、こっちの方が効きやすいもの! 言っておくけど、私のファーストキスなんだからね!」


「そんな貴重なものを……俺にしていいのか?」


「もう!クロウのバカ! 鈍感! クロウのこと……す、好きだからいいの!」


 これは夢だろうか……カグヤが俺を好きだと。

だが、俺の答えは昔から決まっている。


「カグヤ……君を愛してる。これからも、俺と一緒にいてくれ」


「し、仕方ないわね!」


 そして俺は自分から、カグヤに口づけをするのだった。

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