第24話 空白の時間を埋める

 これは夢か……。

 

 幼い頃の俺と、母上が見える……それにアイツらも。


 父親と後妻である女が、俺と母上を見下していた。


「さあ、何処へでも行くがいい。お前達に行くところなど、ありはしないだろうがな」


「早く出てお行き! ああ、スッキリしたわ! どうして私がコソコソとしなくてはいけないの!? 私は子爵家の娘よ! 男爵家の娘とその子供なぞ、伯爵家には相応しくないわ!」


「こいつら……!」


 殴りかかろうとする俺を、母上が必死に止める。


「クロウ、おやめなさい。今までお世話になりました……失礼いたします」


「母上、何故ですか!? こちらは悪いことなど何もしていないのに……!」


「いいのよ、クロウ。私には、貴方がいるわ。それだけで、十分だもの……」


 そうだ、この日……俺と母上は家から追い出された。

 そこから苦難の日々が続いていく。

 ひもじい思い、カグヤに助けられたこと…………やめてくれ! 続きを見せるな!

 俺の願いも虚しく、ベッドに横たわる弱々しい母上の姿が映し出される。


「母上!」


「クロウ、ごめんなさいね……貴方を置いていってしまうわ……」


「なんでだ!? なんで母上が!? 母上は、アイツに散々尽くしてきたじゃないか! アイツの借金だって、母上の私財を売って返した! そのせいで、母上はお洒落やお化粧もできなかった!」


 俺は母上が身を粉にして父親に尽くしているのを見てきた。

 だからこそ、この結末に納得がいかなかった。


「クロウ……私も悪かったのよ、あの人に口出しをしてしまったから。善かれと思ってやったのだけれど、プライドを傷つけてしまっていたのね……」


「母上は何も悪くない! 至極真っ当な意見ばかりだ! ギャンブルはするな、女遊びや借金は作るな、横柄な態度をとるな……どれも、当然のことじゃないか!」


「クロウ、貴方は真っ直ぐに育ってくれた……私は貴方がいてくれて、幸せだったわ……復讐など、考えてはなりませんよ?」


「……奴らが目の前に現れなければ……それ以上の妥協はできません」


「ふふ、ありがとう。幸せに生きて……クロウ、私の子供に生まれてきてくれてありが……とう……」


「母上!? ……母上ぇぇぇぇ!!」


 そうだ、こうして母上は息を引き取った。


 俺は母上の遺言通り、復讐など考えずに過ごしたが……だが、もし目の前に現れたなら。


 そのとき、俺を暗闇から呼び寄せる声が聞こえてくる。


 ……ねえ……ねえって……ねえったら!!


「クロウ!」


「ん……? カグヤか……どうした?」


 目を開けると、カグヤが心配そうに上から覗き込んでいた。


「どうしたって……泣いているから。うなされていたし……私、心配で……」


「ああ、いや……なんでもないんだ」


 久々に嫌な夢を見た、あの日のこと……クソ。


「ク、クロウ!!」


「ど、どうし——!?」


 カグヤが急に俺を抱きしめる。

 そして俺の頭が、カグヤの柔らかな胸に当てられていた……。


「な、な、なんだ!? どうした!?」


「じ、じっとしていなさい! わ、私だって恥ずかしいんだから!」


 俺が離れようとすると、更に強く抱きしめられる。

 当然、感触も強くなるわけで……俺はひとまず、大人しくすることにした。


「いや、だったら離れて……」


「私はクロウの何!?」


 俺の言葉を遮り、抱きしめるのをやめて、今度は俺の両頬を押さえて見つめてくる。

 その目は真っ直ぐに俺を捉えていて、こんな時なのに綺麗だなと場違いなことを考える。


「な、何って……大事な幼馴染だ」


「私だってそうよ! だから、その……私を頼ってくれても良いのよ! 何か辛いことがあったなら癒してあげたいの! その、私で役に立てるかはわからないけれど……」


「カグヤ……ありがとう……それじゃ、話を聞いてくれるか?」


「うん! 任せて!」


 そして、久々に母上の夢を見たことを話した。


「そう、カエラ様のことを……優しくてしっかりしていらして、良いお母様だったわ

 ……母親のいない私を、本当の娘のように可愛がってくださった」


「母上は、カグヤを娘にしたがっていたからなぁ……」


 俺は可愛げのある子供じゃなかったし、カグヤは母上に懐いていた。

 そういえば、あの子ならお嫁さんにしてもいいとか言ってたっけ。


「え、そうなのね! ……クロウはお父様を恨んでいるの?」


「そうだな……殺してやりたいくらいには。だが母上の最期の言葉があったから、踏みとどまった。もちろん、次に会ったら自信はないがな」


「……私はそれを否定しないわ」


「ありがとう。それに、カグヤのおかげだ。カグヤは、母上を亡くした俺を癒してくれた。

 もし、あの時カグヤがいなければ……俺は復讐をしていたはずだ。そしてカグヤがいたから、俺は今日まで生きてこられたんだ」


 あの時の俺が復讐などしたら、当然何もできずに返り討ちにあっていた。

 それどころか、世話になった辺境伯に迷惑をかけていただろう。

 そして、こうしてカグヤを救うこともできなかった。


「わ、私だって! クロウが頑張っているって聞いたから、王都でひとりきりでも頑張れた!」


「カグヤ……」


「クロウ、私には大したことできないわ。それでも、貴方の力になりたいの。もちろん、クロウも男の人だから言い辛いと思うけど……それでも、私にだけは弱音をはいて」


「……格好悪くないかな?」


 俺がそう言うと、カグヤが満面の笑顔を見せる。


「そんなことないわ! クロウはカッコいいもの!」


「そうか……そうだな、これから2 二人だ。すまんが、力を貸してくれるか?」


「うん! それに色々話を聞かせてよ。私もいっぱい話すから。だって六年も会っていなかったのよ? 楽しい話じゃないけど……それも含めて知りたい」


「そうだな……ここまでは、そんな余裕もなかったし。ゆっくりだが、話していこうか」


 すると、カグヤが勢いよく立ち上がる。


「そうと決まれば行くわよ! お腹が空いたわ!」


「おいおい、俺は顔も洗っていないぞ?」


「わ、私だって、お風呂に入ってないわ!」


「そういや、そうだったな……良いのか?」


「後で良いの! この雰囲気で入ったら、なんかアレじゃない……」


「ん? どういうことだ?」


「いいから行くわよ!」


 そして頬を赤らめたカグヤに引っ張られて、俺は部屋を出るのだった。

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