第14話 メイドのエリゼ

 俺を突然襲ってきたこの人は、名をエリゼという。


 見た目は、二十代後半の美女である……俺が出会った少年時代からずっと。


 実年齢は聞いてはいけない……死にたいのなら別だが。


 髪の色は烏の濡れ羽色、人形のように整った顔、高い身長にメリハリのあるスタイル。


 この辺では最強のメイドと恐れられていて逆らえる者はいない……溺愛しているカグヤを除いては。


 俺も当時、酷い目にあったものだ……お嬢様に近づくな!とか、死にたいようだな!と言われ、追いかけ回されたっけ。


「エリゼ! やめなさい!」


「お嬢様! 相変わらず愛らしいです! クロウ、お嬢様の慈悲に感謝するんだな」


「ブレないな、アンタは……それで、どうして貴女がいなかったんだ?」


 この人が、カグヤの危機に駆けつけないわけがない。

 今見た通り、近づく者を問答無用で攻撃するくらいだ。


「それか……実は魔の森でスタンピートが起きて、それを止めに行っていたのだ。あの帝国のクソ共、そのタイミングを見計らって処刑の通達を出したらしい。しかも、周辺には噂が流れないようにしてな。さらには、軍隊まで……許せん、お嬢様を処刑しようとするなど」


 スタンピートとは、魔物の集団暴走のようなものだ。

 年に数回起きて、その度に鎮圧に向かう。

 これは、ムーンライト辺境伯家に代々受け継がれていることだ。

 国内に被害が行かないようにしている……その隙を狙うとは、奴らは真性のクズだな。


「なるほど……そういうわけですか、ようやく理解できましたよ。あの辺りへ行くには、二日程はかかりますからね。それで知らせを受け、急いで戻ってきたと。それで、アラン様は?」


 アラン様はカグヤの兄君で、このムーンライト辺境伯家の後継の方だ。


「アレなら、事後処理のために置いてきた。一応言うが、魔物はきちんと殲滅した。でないと、お嬢様に叱られてしまう。それに……お前が助けてくれると思っていたからな。お嬢様の危機に、お前が駆けつけないわけがない」


 どうやら、同じことを思っていたようだな。

 俺がいたから、安心していたと……この人は師匠でもあるから、悪い気はしない。


「アレって……次期当主なんですけど? 相変わらず、カグヤ至上主義ですね……俺と変わらないか。その言葉通りに、助け出してきましたよ」


「アレで充分だ、私より弱いからな。そしてー一応言っておこう……ご苦労だったな」


 その顔は不満に満ち溢れていた。

 多分、感謝したいけど、できればしたくないって感じだな。

 できることなら、自分が助けに行きたかったのだろう。


「エリゼ、きちんと言わないとダメよ。クロウは命がけで助けてくれたんだから」


「お嬢様に言われては仕方ありませんね……感謝する、大切なお嬢様をお守りしてくれて」


「いえ、俺は自分の意思に従ったまで……ですが、逆だったならお礼を言いますから受け取りましょう」


「二人とも私の大事な人だわ。その……二人共。ありがとうね」


「……あのー、ワシ喋ってもいいか?」


 ふと振り返ると、ヨゼフ様が気まずそうな顔をしている。

 ……いかん、完全に存在を忘れていた。


「なんだ、いたのですね。存在感が薄くて気づきませんでしたよ。まあ、お嬢様が眩しすぎますから仕方ないですね」


「いや、ワシ一応雇い主なのだが?」


「だからなんです? 私がいないと、帝国軍も蹴散らせなかったのに」


「グハッ! それを言われると……」


 相変わらず、カグヤ以外には辛辣だな。

 いや、本当に。


「エリゼ!」


「はい、失礼いたしました」


 すると、態度が一変する。

 ちなみに、エリゼがカグヤを溺愛する理由については詳しく知らない。

 可愛いからだとか言われたが……うん、反論はない。


「いや、いい……事実だ。クロウがおらんかったら、カグヤは死んでおった……」


「お父様……私は、お父様に感謝しております。きっとお父様は、必死に助け出そうとしてくれたのでしょう? 私は、その気持ちが嬉しいのです」


「うんうん、カグヤは良い子だな」


「お嬢様は、相変わらずお優しい……!」


「カグヤ! 父は、父は……ウォォォォォ!」


 そう言い、ヨゼフ様はカグヤに抱きつく。


「お父様!? 皆が見てるわ!」


「おい!お嬢様から離れろ!」


「ええい! たまにはいいでないか!」


 俺はその光景を見ながら思う。


 懐かしいな……当時もこんな感じだったなと。


 良かった、カグヤを助けられて。


 俺以外にも、こんなにカグヤを大事に思ってくれる人達がいるのだから。

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