第3話 反逆の英雄

 翌日の朝、俺達が戦いの準備をしていると……天幕の外から嫌な声が聞こえた。


仕方ないので、外に出ると……そこには太った豚、いや上官であるブレイダがいた。


「おい! クロウ!」


「これは、ダークライト辺境伯ではありませんか。このような場所に来られるとは、如何しましたか?」


 こいつの名前はブレイダ-ダークライト、この国のもう一人の辺境伯だ。

 自ら戦うこともなく、いつも後方でふんぞり返っている。

 しかも手柄まで横取りにする始末。

 更には、このように来て嫌味や無茶な命令をしてくる嫌な奴だ。


「何しに来ただと……? 貴様の役立たずの部下のせいで私の作戦は台無しだ! 罰として配給は減らすからな! それと白き虎とか言われていい気になるんじゃないぞ!?」


「ちょっと!? それはあんたが……!」


側に控えていたナイルが前に出ようとするので手で制する。


「ナイル! ……部下が失礼いたしました。わかりました、肝に命じます」


「ふん! しっかり教育しとけ!」


 豚野郎は言いたいことだけ言い、後方へ下がっていった。


「隊長、何故ですか!? マルコは、あいつが無茶な命令をしたから……それなのに、配給を減らされて……命がけで国境を守っている隊長にあんなことを……あいつは、何もしていないのに!」


「お前の怒りはもっともだ……だが逆らえば、配給そのものが止められてしまう」


俺は怒りを抑えて拳を握りしめる。

本当なら、今すぐにでも殺してやりたいくらいだ。


「隊長、手から血が……そうですよね、隊長が一番怒っているに決まっている……失礼いたしました!」


「気にするな、みんな同じ気持ちだ。何度、後ろから斬ってやろうかと思ったか……」


 その後、今日も戦闘が始まる。

 そして日が暮れるまで続け、今日の戦いも終わった。

 幸いなことに、今日は俺の部隊は死者が出なかった。


「隊長! お疲れ様です!」

「ありがとう、ナイル。お前のおかげで、今日も助かった」


 ナイルは年齢二十二歳で年上だが、俺が命を救って以来敬意を払っているようだ。

 俺も敬語にしようとしたら、それはダメですと言われてしまった。

 今では階級は俺が上だし、問題はないのだが。

 ちなみに我が隊の副隊長でもある、そもそも隊の半分以上は歳上だ。

 だが、全員こんな俺を慕ってくれている……有り難いことだ。


「いえいえ、隊長がいてこそです。そういえば、聞きました?」


「何かあったのか?」


「なんでも、カイル皇太子の婚約者が死刑になるらしいですよ? この場合は元婚約者になるんですかね?」


 今、なんと言った……? 皇太子の婚約者とは誰だ……カグヤだ。

俺は思わず、ナイルに摑みかかる。


「詳しく教えろ!」


「た、隊長……?」


「いいから!」


「は、はい! えっと……皇太子が婚約者である辺境伯の娘に、一緒にいた女性と共に毒殺されそうになったとか……それで、反逆罪として死刑になるって」


「そんなバカな! 彼女がそんなことをするはずがない!」


 何年会っていなくても、それだけは断言できる。

 彼女は、そんな姑息な手は使わない。

 もし男が浮気したなら、その男をブン殴るタイプだ。


「隊長、……何か事情があるのですね? みんな集まってください!」


 すると隊の皆が、俺のそばに来る。

更には数名が、見張りのために四方に散らばる。


「隊長。話してください。ここにいるのは、貴方の味方しかおりません」


「感謝する……時間がないから省略するが、俺の話を聞いてくれ」


 俺は皆に伝えた。

 カグヤのこと。

 俺の生まれや事情、ここにきた経緯などを……すると、ナイルが泣き出す。


「ウウゥ……苦労したんですね。隊長は愛する女性の為にずっと戦っていたのですか……今まで何も教えてくれないわけですね。皇太子の婚約者を愛しているとは言えませんから」


「幻滅したか? 俺はお前たちや国を守る為ではなく、ただ一人の女性を守りたかった」


「何を言っているのやら……そんなことはありえません。もしそうだとしても、貴方が我々の命の恩人であることに変わりはありませんから


「そうだ!そうだ!」


「こっちは、アンタに命捧げてんだよ!」


周りを見渡すと、部下達が次々と声を上げていく。

誰一人、俺を責めたりしない。


「……良い部下に恵まれたな」


「それはこちらの台詞ですよ。それで隊長、貴方はどうしたいですか?」


「……決まっている。カグヤを助ける、たとえどんな障害があろうとも」


「では、お急ぎを。誰か馬を用意!」


「だが、そうするとお前達が……」


 そもそも、俺の行為は反逆罪だ。

 部下達にも、累が及ぶかもしれない。


「いえ、我々もここを出ます。隊長がいたから、我々はここにいたのです。隊長が何かを抱えていたことには、皆気づいておりましたから。馬が来ましたね……さあ、行ってください」


「隊長!ありがとう!」


「世話になったな!」


「また生きてたら会おうぜ!」


「お前達もな! こんな俺についてきてくれて感謝する! また、どこかで会おう!」


 部下に別れを告げた俺は、馬に跨り駆け出す。

だが奥王都への道に進むには、千人将や三千将がいる野営地を通らなければいけない。

 そう、奴らは塞いでいる……俺達兵士が逃げられないように。

自分達は戦いもせずに、毎日美味い飯を食い、女や酒に溺れている。


 「良いだろう……貴様らを殺すことに躊躇いなどない」


我が剣でもって、罪を償わせてやる。



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