第11話 飛鳥というオトメ

「……」


 微妙な空気が流れる。原因……いや原因と表現するのも若干違うのだが、とりあえず大沢の台詞には思うところがある。

 まずシンプルに気の毒である。他のメンバーが意外と気楽……少なくとも現状把握できる限りでは、悲惨なエピソードが出てきてないので、一人だけモロに性転換の弊害を食らってる感が凄い。

 あとはアレだ。狂犬が狂犬である理由が分かったと言うか。三月に性転換したとのことなので、あの身体になって一カ月も経っていないということになる。

 俺たちだって、半月は検査入院して、その後は自宅療養しつつ検査とメンタルチェック、人によってはカウンセリングを繰り返してきたのだ。それで折り合いを付けたのである。

 が、大沢はその期間が圧倒的に短い。多分、手続きと寮への引越し準備とかを考えたら、検査入院はともかく自宅療養は殆どできていないのではなかろうか。

 そりゃ不安定にもなる。未だに折り合いすら付けられてない可能性も高いんだから。その上で志望校にも進めず、部活動も強制リタイアだろう? ジャックナイフ化も不可避である。

 てか、それならもっと時間置けよと思う。ちゃんと俺たちと同じように、折り合いを付けられるまで自宅療養させるのも……あー、でも諸説か? どうせカウンセリングとかはこっちでも受けられるし、それなら早めに同じ境遇の面々と合流させた方がって感じで。普通にありそう。

 問題は、その合流した面々がキワモノの極みみたいな連中だったことだろう。変人、暴君、変態だもん。共感できんよこんなの。マトモなの、俺と日下部君しかいないし。

 あと性格抜きにしても、全員がわりとメンタル強者寄りなのがなぁ。日下部君ですら、定期的なカウンセリング込みとは言え、普通にメンタル安定してそうだし。

 色んな意味で不満を溜め込んでいる大沢からすれば、なんだかんだで状況を受け入れてる俺たちは気に食わないんだろう。


「はぁぁ……」

「飛鳥さん? これみよがしにデカイ溜息をついてどうしました?」

「先に言っておくね。ちょっと騒がしくするよ」

「さっきまで普通に騒ぎまくってましたけど」

「多分ですけど、そういうことじゃないかと……」

「稲葉さんは人の心が分からない」

「誰が王だ」

「誰も言ってないでござるよ」

「キミたち。ちょっとシリアス入るから自重」


 あ、はい。分かりました。空気読みます。

 てことで、観客タイム。さぁ大沢の元に歩いていった飛鳥選手。一体何をするのでしょうか!? ……ガチめにシリアスきそうだし流石に止めるか。


「大沢、聞け」

「あん? んだよ。まだ何かあんのか?」

「なに勝手に終わった感出してんだ。ボクがまだ喋ってないだろうが」

「……は? いや、意味分かんねぇんだけど?」

「いいから。黙って聞け!」

「お、おう……」


 エグイ喝が入ったな。あの大沢ですら身を引いてら。


「ボクがこの身体になったのは、去年の九月。最近だとかなり珍しい時期で、ボクらの上のクラスに編入する話もあった。新年度まで流石に期間が長すぎるからって」

「……」

「でもしなかった。理由はさっきも言ったとおり、ボクは男に戻るつもりはなかったから。だから自宅療養という名目で、性別が完全に女になるのを待った」

「……じゃあ、何でここにいんだよ」

「家で引き篭っていても、微塵も女になる気配がなかったからだよ」

「ああ?」

「元々の性格もあるんだろうけどね。でも個人的に大きいと思ったのは、女になるのを望んでいるが故のメンタルの安定だね。皮肉なことに、男に戻るつもりがないって精神が、逆に男に戻る切符になってたわけ」


 そんなことある? ……いや、原理的には納得できるんだけど、関係者からすると頭が痛いなんてもんじゃないだろそれ。皮肉なことになんて言ってるけど、マジで皮肉がすぎるわ。


「だからボクがここに来たのは、心境の変化を求めてなんだよ。学生生活を送ることで、良い感じにキュンキュンできることがないかなってね。……あ、さっき話した内容も理由の内ではあるんだけど」

「……好き勝手喋ってるところ悪いが、つまり何が言いたいんだよ?」

「簡単だよ。お前とボクは真逆だってこと。この身体になってから最長と最短。早く女になりたいボクと、男になりたいお前。他にも進学関係もそうだね。ボクも今年は受験だったわけだけど、それから逃げれたわけだし? 今のルートのまま進学とかするのも万々歳だし?」


 なるほど。確かにそう言われると対局だ。どちらも現状を変えたい感情はあれど、そのベクトルが真逆に向いている。


「……てことは、アレか? 今の長々とした自分語りは、俺に対する当てつけってことか?」


 ……ただそれを指摘することは、された側からすれば煽りでしかないわけで。


「え、大丈夫なんですか? あれ、何か不味い空気な気が……」

「そうね。今までのじゃれ合いとは違う剣幕だ」

「場合によっては割って入るでござるよ」

「じゃあ俺は応援してます」


 オイコラ。クソロリお前空気……ああ、体格の問題で無理なのね。ガチロリだもんねお前。理解したから、そんな必死でジェスチャーしなくてええって。


「人聞きの悪いことは言わないでくれる? ボクが言いたいのはそうじゃないよ。ただ、ボクはお前の心境を理解できないってこと」

「それを当てつけじゃなくてなんだってんだよ!?」

「違う! これはお互いのスタンスを明確にしただけだ! こっちだけが一方的に知るのはフェアじゃないから!」

「っ……」

「その上で謝る! ボクはお前の事情を知らずに馬鹿にした! ボクたちみたいに最低限のケアすらされてないのに、同じ水準の態度を求めた挙句、未熟者だと罵った! 知らなかったとしては、それはよろしいことではない! だから、ごめんなさい」

「っ、お、おう……」


 深々と、飛鳥さんが大沢に向けて頭を下げた。そこに暴君らしさはない。あるのは、ひたすらに真摯な謝罪である。……あの人、本当に高校生か? あれで俺と一つしか年齢違わないってマ? 貫禄が違いすぎるんだが。

 大沢もめっちゃたじろいでる。でも仕方ない。実際、あれやられたら俺もビビるもん。


「そして、改めてボクは宣言する。お前の話は聞いた。全て理解したみたいなことを言うつもりはないけど、それでも大変だったんだろうってのは分かる」

「そりゃ、まあ……」

「それらを全部加味して──今までと同じように接する。気に食わなかったら、容赦なくお前のことをしばく」

「……は?」


 おっと、流れ変わったな?


「いや、え、待て。今の話の流れから、何でそうなった?」

「だってお前、事情を知られてから態度変えらるのとか、普通に嫌がりそうだし」

「……まあ、間違ってはないけどよ」

「でしょ? それにさ、ボクもそうことやりたくないんだよ。態度を変えるってことは、お前に対して気を遣うってことだ。気を遣うってことは、憐れんでいるってことだ。憐れむってことは、お前は憐れな人間だと貶めることだ」

「っ……」

「もちろん、気遣いが全て悪いとは言わないさ。でも、お前とボクらは同じだ。その身体で過ごした経験は浅くとも、境遇としては同じなんだよ。そんな中で、お前は気を遣われたいか? 一段下に置かれて、惨めにならないか?」

「それ、は……」


 俺、飛鳥さんが女になれなかった理由が分かった気がする。メンタルの安定が原因じゃねぇよ。……いや、メンタルが安定してんのは間違いじゃねぇんだけど、『女になりたいから』って理由では断じてねぇわ。

 だって精神が益荒男だもん、あの人。ワンチャン戦国、いや鎌倉武士としても通用する漢気があるもん。そりゃ女になんかなれないって。根っこの部分が女々じゃねぇんだもん。


「少なくとも、ボクはそんなこと御免だ。される方も、する方もしたくない。だからお前に対して態度を変えない。今まで通り、気に食わなければお前を殴る。しっかり信念を込めてお前を殴る」

「いや殴んな。良いこと言ってる風な雰囲気出してるところ悪いが、気に食わねぇって理由で殴んな。キリッとした表情で暴行宣言すんな」

「それでボクら対等だ。──これからよろしくね、大沢」

「聞けや! それの何処が対等なんだよ!? できてるよな!? 明らかに上下関係できてるよな!?」


 草。そろそろシリアスも終わりってことでよろしいのかしら?

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