第4話 多分だけど悪友枠

──百合崎医科大学付属高等女学校。それは全国で唯一とされる、医科大学付属の女子校である。Byパンフレット。


「……改めて思うけど、変な学校だよなここ」


 調べてみて知ったのだが、医科大付属ってだけでも全国的にはかなり、いや相当珍しいそうだ。その上で女子限定という追加条件。よくそんな学校を作ったなと、知った当初は変に感心したものである。

 まあ、全国的にも唯一とされるだけあって、要求される偏差値、及び授業料は相当なものらしい。そのため、この女子校に通う生徒は、基本的にお嬢様か才女の二択となるそうな。


『あ、りんちゃん! ごきげんよう!』

『あら、遥さん。ごきげんよう。今日も元気ね』


 そんな別世界にぶち込まれた異物が俺でございます。本当にありがとうございました。……ごきげんよう、なんてリアルで初めて聞いたぞ。

 はぁ……。何度目か分からない溜息が出る。仕方のないことではあるのだが、それにしたってもうちょっとこう、ねぇ?

 いや、本当に仕方ないことではあるのだ。東堂さんに説明された際には、しっかり納得した上で同意を返したわけだし。


『ねぇ、見てあの子……』

『あの髪凄いね。聞いてはいたけど、初めて見た……』


 曰く、メス堕ちを回避するためには、同じ境遇の人間を集めた方が効果的なのだそうだ。

 まず第一に、メス堕ちとは日々の言動の結果である。凄いザックリ言うと、女々しい言動を避ければ避けるだけ、女になる可能性は低くなる。

 そのためにはやはり、精神の安定が欠かせない。ではどうすれば一番精神が安定するかと問われれば、やはり周囲からの共感が大事なのだそうだ。

 通常ならばまずありえない状況。家族ですら理解者になり得ない特殊事例。医者ですらフォローするのは難しい。

 そんな状態で自宅療養などしても、まあ間違いなく病む。てか病んだ人が多かった。……で、女として生きる羽目になったとか。

 そうした悲しい事例を乗り越え、出された結論が『性転換者は集めろ。ついでに隔離しろ』である。悲しいけど納得できてしまって嫌だった。特に隔離の理由。

 性転換者は例外なく美男美女なので、肉体としての異性と生活圏を共にさせると、高確率でトラブルに発展してしまうらしいのだ。

 特に男→女の場合が酷い。男として生きてきたために滅茶苦茶無防備で、それでいて外見は超絶美少女なので……その、ね?

 同性だった知人が脳破壊されて痴情の縺れみたいになるのならまだ良い方で、酷い時は痴漢、盗撮、ストーカー、強姦などの性犯罪ルートに発展したりするそうな。それも結構な高確率で。


『あんな可愛いのに男の子とか、世の中って不思議だよねぇ』

『不思議というか理不尽では……?』


 当然そんなトラブルは御免こうむるので、隔離については仕方ないと思う。隔離先が女子高なのも仕方ない。男と距離を取ることが目的だし、俺も元々学生だしね?

 ただ隔離先の学校が、日本トップクラスのお嬢様学校ってどうなの? あとついでに高一からやり直し、事実上の留年扱いなのも酷ない?

 いや、分かるよ? 一箇所に集めるのなら、データとかも集めたいだろうし、病院と繋がりがある学校の方が都合が良いもんね? 必然的に医科大学付属が選択肢に入ってくるのは当然だし、その中で男から隔離できる女子校がチョイスされるのも分かるよ?

 事実上の留年に関してもさ、色々と兼ね合いとかあるんでしょうよ。性転換者はウイルスの特性から十代限定だし? それでいて数も少ないから、学年毎に分けるよりも一つにまとめたくなるのも分かるし? 自然治癒を前提にすると、どんなに早くても二十前半ぐらいまで社会復帰は望めないし? 諸々ひっくるめて、高一からリスタートさせられてもまあ誤差だよ?


『あの子、やけに難しい顔してる』

『緊張でしょ。本人からすれば、女子の集団に放り込まれたようなものなんだから』

『んー、正直ちょっと複雑だよねー。いくら身体は女の子でも……』

『気にしすぎでしょ。性転換者は特別クラスに集められるんだから。寮暮らしらしいけど、それも別なんでしょ? 進んで関わろうとしない限り、縁なんてないわよ』


 でも、全部理解した上で肩身が狭いの! 髪色とかで性転換者だってこともモロバレだから、登校するだけで針のむしろな気分なわけ! さっきから凄い見られてるし!

 異物なのはこっち側だから文句も言えないしさぁ! 性別はもちろんだけど、特例として受験も授業料も免除されてるわけだし!? 他にも専用の寮を用意してくれたりとか、至れり尽くせりだからね!

 なんなら長期的に補助金も出たりして、逆に懐が潤うからね! 代わりに定期的に検査されるモルモットだけど!

 ……個人的な心情を抜きにすれば、本当に文句とか言えないのよな。結局、こうなるのを理解した上で俺も頷いたわけだし。

 あとこの手の粗に見える部分って、大抵はままならない事情があったりするし。俺にも分かるよう、噛み砕いて説明した結果そう感じてしまうだけで、実際は長い長い議論と検証の果てだったりとか。

 世の中の不便な部分って、実態は大体そんな感じだよね。野生の有識者が蔓延るSNSとか見てると分かる。素人は黙っとれ案件。

 つまり、ひたすらモニョるしかない。ああ、そういう意味ではアレだな。同じ境遇の人たちの話も聞いてみたいかも。


「──ねぇ。ちょっと良いかな?」

「うぇいっ!? はいっ、何でしょう!?」

「うわっ!?」


 ビッッックリしたぁ! 思わず変な声出たぞ。なんならちょっと跳ねたんだけど。

 いやだって、話し掛けられると思ってなかったんだもん。俺、この学校じゃ明らかに異物だしさ。理由があるとは言え、女子校に通う男とか、そんなお近付きになりたいものではないでしょ。

 注目こそされているものの、結局はそれ止まりと言うか。珍獣扱いが関の山かなって。

 てか、マジで誰だ。この状態の俺に話し掛ける奇特な人物って、一体どんな人だ?


「あはは。驚きすぎだよキミ。髪色的に特別クラスの子だろうけど、新入生だよね? 見覚えないし。あ、私は二年の西森愛莉。よろしく」

「え、あ、稲葉豊久です。よろしくお願いします……」

「握手握手〜」

「握手!?」


 待って予想以上に濃そうな人種だったんだけど。自己紹介の時に握手求めてくる人間っているの!? 社会人ならともかく、高校だよここ!?

 てかアレだな。陽キャオーラが凄いわこの子。前のクラスの一軍女子、それもめっちゃ喋ってたタイプと同じ雰囲気してる。あっちにいたのより品があって性格も良さそうだけど。

 あと見た感じ、俺の同類ではなさそう。顔立ちは整っているけど、髪やら瞳やらの色が普通だし。いや、そもそも名前からして女子か。


「豊久君ねー。あ、年齢は? まんま一年?」

「い、一応は十六。本当だったら高二です」

「おっとタメか。オッケー。じゃあお互い気楽な感じでいこっか」

「あ、はい」

「まだ固いなー? もっと気楽に気楽にー」


 凄いグイグイ来る。え、何この人。初対面の女子からこんな急に距離詰められたことないし、普通に戸惑うんだけど。……やっぱりガワが美少女になってるからか?


「えーと、じゃあ、うん。西森さん」

「愛莉で良いよ? 女同士だし」

「いや男だけど?」

「うん知ってる」

「うおい」


 凄い唐突にぶっ込んでくるじゃん。え、そこ結構デリケートなところだよ? 俺の精神状態によっては、ワンチャン拳飛んでもおかしくないよ?


「大丈夫大丈夫。見た感じ、豊久君はかなり余裕ありそうだもん。私、そういうの分かるんだ」

「何その特殊能力」

「いや、ただの経験則。私、去年は特別クラスの人に絡みまくったから」

「なにゆえ……?」

「え、だって皆超可愛いじゃん。お近付きになりたくない?」

「無邪気に邪悪なこと言ってるなぁ……」


 あの、なんか急に風向き変わったんですけど。陽キャは陽キャだけど、この人結構な割合でサイコ入ってないか?

 俺らアレだよ? その可愛い外見をどうにかするために、特別クラスなんてものに集まってるんだよ? 人によってはガチの地雷だよそれ?


「おっと。そんな胡乱な目で見ないでね。それとなーく距離を取ろうとしているのが丸分かりだよ?」

「それつまり自覚あるってことでは?」

「まーまーまー。そう言わずにね? 私と仲良くするとお得だよ? なにせ去年に絡みまくったから、特別クラス関係は色々知ってるんだ! 特に立ち回りとかアドバイスできるよ!」

「クラス内での立ち回りisナニ?」


 そんなもん要らないでしょ。普通に話し掛けて仲良くなるだけだろ。それぐらいできるわ。オタク寄りだしインドア派だけど、友達作れないレベルの陰キャではないし俺。


「フッフッフ。甘いね。その認識は甘いよ豊久君。……わりと真面目に。特別クラスってアレだから。クラスメートのタイプによっては、まあまあガチでギスるからね?」

「そうなの!? 精神安定のために通うのに!? 名目としては治療寄りなのに!?」

「うん。特別クラスにいる人、大半が必死になって男に戻ろうとするからね。場合によっては、クラス内でマウント合戦が勃発するんだ」

「えぇ……」

「ガチでホストやキャバクラみたいになるから凄いよ。豊久君も気をつけないと」

「待って納得できない単語が入ってきた」


 ホストやキャバクラって何? イジメじゃないのそこは?

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