第3話 若干設定にエロ漫画的なエッセンス入ってない?

「……セクハラですか?」

「誤解がないように言っておくが、ただの確認だ。色々と説明するにあたって、メス堕ちの概念を知ってると理解しやすい部分があってな。幾分こちら側の手間が省ける。それだけだ」

「はぁ……」


 堂々と言い切られてしまった。何で説明に『メス堕ち』なんて概念が顔を出すのかは知らないが、こうも曇りなき瞳で見つめられては納得するしかあるまい。

 マジで硝子かってぐらい無機質だったぞ今。下手に清廉な雰囲気出されるより、こっちの方がよっぽど信用できるレベル。


「ちなみにこれは蛇足だが、セクハラ云々はあまり軽い気持ちで言わない方が良い。今のキミは未成年、美少女、LGBT、後天的障害持ちという属性のハッピーセットだ。そんなキミがセクハラと人目のある場所で叫んだ場合、それだけで相手を社会的に抹殺できる。破滅させたい相手以外には、冗談でもその手の台詞は慎むことをオススメする」

「聞きたくなかったそんな忠告……」


 世知辛すぎるだろ色々と。しかも言ってることに納得できるのが余計に嫌だ。こう、配慮される側に強制的に叩き込まれた感があって釈然としない。

 それはそれとして忠告の仕方よ。『破滅させたい相手以外』とか、余計な言葉くっ付いてるんですが。それ止めてる? 遠回しに気に入らない奴にはやっちゃえって言ってない?


「それで、メス堕ちの意味は分かるのか?」

「……ま、まあ、多少は? サブカルも嗜みはするので、ザックリ概念ぐらいなら分かります。そっちのジャンルに詳しいわではないので、本当に概要レベルですけど」

「イメージできるのなら十分だ。では、それを踏まえて説明させてもらう」

「あ、はい」


 改まって言われてると本当に良く分かんないな。何で奇病の説明にメス堕ちなんて概念が出てくるんだろうか?


「まず大前提として、キミの性別は現在『無性』だ」

「待って?」

「待たん。言いたいことは分かるが、黙って聞け。今のキミは、あくまで外見に女性の特徴が現れてるだけにすぎず、真の意味で性別が女に固定されたわけじゃない」

「……肉体的に女性なら、それは女性と扱って差し支えないのでは?」


 いやまあ、精神的には依然として男のつもりだし、世の中的にも性自認とか色々あるし、肉体の性別が全てってわけではないのだろうけど。


「残念ながら、キミの病はそんな生易しいものではない。もちろん、性自認とかそういう意味でもない。……非常識すぎて頭が痛くなるような話だ」

「えぇ……」

「簡単に言うと、だ。キミの肉体的な性別は、まだ変化する余地がある。その変化でもって漸く性別が確定するんだ。故にキミは、女性寄りの無性と言うべき状態にある」

「ナニソレ怖い」


 え、変わるの? こんなガッツリ身体が変化してるのに、まだ変わるの? いや確かに自力で男に、それもイケメンになれるみたいなことは言ってたけど……。改めて宣言されると凄い怖いなコレ。


「無性云々に対する具体的な例を挙げると、今のキミに生理などは存在しない。まあ、これは男だったキミには朗報だろうがな」

「は、はぁ……?」

「簡単に言うと、女性としての一部機能がロックされている状態だ。子宮や乳腺などがこれに当てはまる。まあ、生殖機能に紐付いた部分が使えないと認識しておけば問題あるまい」

「問題しかなくないですか? それ特定の臓器が死んでるってことですよね? 女性としての生殖機能が欲しいわけではないんですけど、臓器が機能してないって言われると恐怖しかないんですが」

「だが生活する上での支障は皆無だ。医者としては一切納得できないが、健康面での問題が微塵もないことが確認されている」

「そんなことあります?」

「知らん」


 知らないで片付けられても困るんですけどねぇ!?


「そういうものだと受け入れろ。実害がない以上、気にするだけ無駄だ。性転換病と付き合っていくには、諦観は必須だぞ?」

「諦めたら試合終了でしょ」

「諦めるものを選別しろと言っているんだ。生殖機能関係がロックされてると説明したが、生殖器周りはちゃんと機能している。排泄はもちろん、自慰行為による性的快感も問題なく発生する。ならば気にするだけ無駄だろう?」

「最後の方いりました? 場合によってはセクハラカード切りますよ?」

「純然たる医療行為だが? 聴診器を当てられて胸を見られたと騒ぐようなものだ。生娘より繊細なんだなキミは」

「最初から薄々思ってたけど、マジで態度悪いなアンタ!? 本当に医者か!?」


 あからさまに態度がアレだからツッコミ入れるか迷ってたけど!? そろそろスルーするのキツくなってきたんだが!? 我病人ゾ!? 思春期に性別変わるとかいうトンデモ体験して、色々と不安定になっててもおかしくない病人ゾ!?


「フッ。尤もな意見ではあるが、悪いが態度の改善はできん。気休め程度の対処療法だが、これも治療の一環でな」

「へ?」

「ここでメス堕ちが鍵になるのさ。簡単に言うと、精神性が一定以上女性側に傾くと、その時点で性別が女性として固定される。逆に男性的な言動を意識し維持すれば、真に性別が女になることはない。それどころか、肉体含め男に戻ることすら可能だ」


 え、待って? 流石にそんなはずはないと思って考えないようにしてたけど、メス堕ちってつまりそういうこと? メス堕ちしたら文字通りの意味で『メス堕ち』するってこと!?


「私がこうして不遜な態度を取っているのは、簡単に言えば挑発さ。下手に気落ちされると、天秤が女性側に傾きかねないからね。それを防ぐためにも、あえてイラッとする言動を意識しているのさ」

「……ガチなやつです?」

「ガチに決まっているだろう。社会人だぞ私は。何かしらの意図がなきゃ、こんな口調で患者に話し掛けるか。クレーム来るわ」

「ド正論」


 思ってた以上にマトモな意見が返ってきてビックリした。あとついでに安心した。ちゃんと常識あったっぽい。

 いや実際、わりと切実だったし。変人、それも外面を取り繕えないレベルの大人とか、正直関わりたくなかったし。

 ただでさえ意味不明な変化でいっぱいいっぱいなのに、追加で変人の相手とかしてらんないもん。どんなに優秀な人材でも、明らかに社会常識がなさそうな人種は遠慮したいのが人情だろう。


「……でも、その理論だと教えるのってアウトでは? 意図的に挑発してるってぶっちゃけたら、効果がなくなるんじゃ?」

「まあ、キミは比較的落ち着いてるからな。これ、やりすぎると不信感で反発されかねないから、程々のところで切り上げるようにしてるんだよ」

「なら最初からやらなくて良いのでは……?」

「それがなー。開幕で濃いキャラをぶつけると、呆気にとられて精神状態がニュートラルに戻るんだよ。地味に効果が確認されてるから、やらない選択肢もなくてなー」

「なる、ほど……?」

「あとアレだ。こうして色々ぶっちゃけると、ギャップからか信用度も跳ね上がる。円滑なコミュニケーションが見込めるので、そういう意味でもやり得なんだ」

「は、はぁ……?」


 俺にはもう分かんねぇよ。性転換病のトンチキ具合も合わさって、何がなんだか全く分からん。

 何やってんだろうな俺。これからどうなるんだろうな俺。想像付かなすぎて、考えるのやめたくなってきた。


「で、話を戻すが。キミが元の性別を取り戻すには、メス堕ちを避けつつ、男性的な精神を維持する必要がある。正確には、二十代前半までメス堕ち判定を受けない精神状態を維持するか、逆に精神の天秤が一気に男側へと傾くレベルの男らしさを発揮するの二択だ。特に後者なら一発。翌日には鏡の中からイケメン男子がこんにちはすることになる」

「イケメン男子がこんにちは」

「そうだ。そしてキミが性別を取り戻すことに対して、私は、いや国は協力を惜しまない。なにせ魔法の如き奇病だからね。その一端を解明するだけでも、国が全力を傾ける価値がある」

「は、はぁ……」

「そのために一つ提案なのだが──稲葉豊久君。国が指定する学校に通ってみないかい? 高一としてね」

「へ?」


 高校? いやそれ以前に俺もう高一、なんならもうすぐ高二になるんですけど。

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