第2話 変人担当

 目が覚めたら美少女になっていた。何を言っているか分からないと思うが、俺も何を言っているのか分からない。てか分かりたくない。

 朝起きたら違和感が凄いし。立ち上がったら胸元が若干膨らんでて『は?』ってなったし。首筋が擽ったいなぁと思って見てみたら、無駄に違和感のない群青色の髪が肩ぐらいまで伸びてるし。動揺して漏れ出た声は、アニメでメインヒロイン張れるレベルの萌え声だし。

 そんで慌てて洗面所まで移動して、鏡を見たらなんとビックリ。群青色の髪と、エメラルドグリーンのつり目、妖精のような華奢な肉体が特徴的な絶世の美少女がおりましたとさ。

 最後の抵抗として自分の息子を確認したが、どういうわけかマイサンは家出中で行方不明。

 完全に自分の性別が変わっていることを理解したと同時に、凄いデカイ悲鳴を上げたよね。そこからはもう大パニック。

 悲鳴に反応して駆け付けた両親からは、第一声で『アンタ誰!?』って詰められたし。それでなんとかアンタらの息子ですと説明したら、両親も俺と同じように悲鳴を上げる羽目になった。

 そうして家族全員で散々パニクった挙句、どうにか電話で病院に連絡したら、救急車がカッ飛んできて専門の病院に叩き込まれて今である。


「……マジでひでぇ目に遭った」

「ははは。性転換病は仕方ないさ。どうしても最初は焦るものだ」

「あ、えっと……」

「おっと失礼。私は東堂。ここに勤める医者兼、性転換病の研究者さ。……ま、未だにウイルスの取っ掛りすら掴めてない役立たずだがね」


 病室にて朝のアレコレを思い出して頭を抱えていると、やけにシニカルな雰囲気の女医さんがやってきた。なんかタバコとか似合いそうな人である。

 

「一応、キミの担当医ということになっている。長い付き合いになるだろうから、よろしく頼むよ」

「は、はぁ」


 差し出された手を握る。The大人な女性って感じの人なので、握手することに若干の気恥しさを感じる思春期クオリティ。……なお、そのあとすぐに自分の現在の姿を思い出して萎えた模様。この人より全然美少女なんだよな今の俺。

 にしても、この人が俺の担当医なのか。奇病中の奇病だし、てっきり男の、それこそベテランみたいなおじいちゃん先生が付くのかなと思っていたのだが……。

 予想に反して若い人がきたな。医者、それも女医さんの平均年齢とかあんまり分かんないけど、いってても三十前半ぐらいじゃないか? まあ、無駄に雰囲気あるし優秀そうな感じはするのだが。

 

「えっと、先生が俺を治してくれるんですよね……?」

「ははは。任せろと胸を叩きたいところだが、残念ながら答えはNOだ。私じゃ治せん」

「え」

「まあ、私より立場が上の、お年を召した先生方よりは役に立つ自信はあるがね。それでもこと性転換病に限って言えば、我々医者にできることはあまりない。悪いが自力で頑張ってくれ」


 なんか俺の担当医、医者の役割を全否定するようなことを言い出したんだけど。担当変わってもらった方が良いかな?


「そう怪訝な顔をしてくれるな。ちゃんと順を追って説明する。ちなみにだが、キミがアレコレ検査を受けている間に、ご両親には説明済みだ。ちゃんと納得もしてもらっている」

「役割放棄、納得しちゃったんですか」

「納得せざるを得なかった、が正しいだろうがな」


 肩を竦めながらニヒルに笑う東堂さん。この人本当にここの病院の医者なんだろうか? 台詞といい態度といい、クレーム入れられても文句言えないぐらいにはアレなんだけど。

 実はフリーランスのスーパー女医だったりする? ドラマで有名なあのキャラみたいな。


「まず大前提として、キミの身を襲った病は現代の医学では手に負えないものだ。正直なところ、病と呼んで良いのかすら怪しい。魔法と言われた方がまだ納得できる」

「そこまでですか。ネットとかで意味不明扱いされてるのは知ってましたが」

「ああ。実際そうだろう? 人間の性別は変わらない。種としての生態がそうなってないんだ。だがミスターTの性転換ウイルスは、それを可能にしている。人類の生態を作り替えているんだよ。専用の設備すらなしにだ。全くもって意味が分からん」


 吐き捨てるような言い方。苦味十割。糖分ゼロ。今の声音だけで、かなり苦労してるんだなと分かる。態度は悪いが、その部分だけは同情しても良い。


「本来の性転換はな、外科手術によって生殖器周りに手を加え、その上でホルモン注射を筆頭とした薬剤投与で実現させるものだ。だが性転換ウイルスにはそれがない。睡眠中に本来あるべき臓器が消失し、あるはずのない臓器が生成される。さらには骨格が変わり、毛髪などの一部はフィクションのようなカラフルなものになる」

「あー。この髪と眼の色ってウイルスのオプションなんすね……」

「こんなもの、控えめに言っても魔法、または神の御業だ。事実、現行の科学力ではその一端すら解明できていない。故に医者にできることはほぼない。分かっていないものに思い付きでアレコレやっても、それは無謀な人体実験でしかないからな。少なくとも、未成年のキミにはできん」

「なる、ほど……」


 そう言われると納得するしかない。人体実験なんて流石に遠慮したいし。そりゃ両親も引き下がるか。


「……てことは、俺はもう一生このままなんすね」

「世を儚んでいるところ悪いが、そんなことはないぞ? あくまで医者側にできることがほぼないだけだ。自力で頑張れと言ったように、キミの努力次第で男に戻ることは可能だ。付け加えるとイケメンになれるぞ」

「定期的に提示されるその謎オプションは何なんすか?」

「知らん。私に聞くな」


 オイコラ担当医兼研究者。患者の質問シャットアウトするな。いや、それも含めて何も分かってないんだろうけどさ。

 てか、男に戻っても容姿が変わってるなら、それ治ってるって言えるのか? 元の容姿はそこまで上等なものではないが、それでも多少の愛着はあるのだが。……イケメンになれるならプラマイゼロなんかねぇ?


「まあ、ともかくだ。現状で判明しているルールに沿った生活をすれば、男の身体に戻ることができる。戻りたいか?」

「そりゃそうですよ。聞くまでもないでしょそんなの」

「いや、そうでもないぞ? 少数ではあるが、このままで良いと答える者もいるのでな」

「……LGBT的な?」

「いや、当人的には違うらしい。女になりたいのではなく、美少女になりたいのだそうだ」

「違いが分からないんですが」

「私も分からん」


 オイコラ担当……いやこれは流石に言い掛かりか。多分その人らが特殊なだけだし。


「……で、そのルールってのは? 早く教えて欲しいんですが」

「そう急かすな。今からしっかり説明するさ。……その前に一つ、キミに聞きたいことがある」

「何ですか?」

「稲葉豊久君。キミは『メス堕ち』という概念は知っているか?」

「は?」


 いきなり何言ってんだこの人。

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