リリィカーネーション〜〜ここは性転換者特別クラス。これより始まるは尊厳奪還学園恋愛頭脳戦〜〜
モノクロウサギ
第1話 プロローグ
──子供がもっとも恐れる病とは? 突拍子がなく、意図も不明な質問であるが、どうか一考してみてほしい。
インフルエンザ? ノロ? それともコロナ? シンプルに風邪? それか入院必至の大病のどれか?
この辺はまあ、かなり答えが別れることになると思う。本人の病歴とか、身近な人たちの経験とかでバラつきが出ることだろう。千差万別と言うやつだ。
ただ言い方はアレだが、病にはブームみたいなのがある。いやブームと言うか、嫌な意味での『流行』なのだが。
歴史を遡ればペストやスペイン風。現代でも猛威を奮うインフルエンザ。あとは最新の流行病であるコロナなどもそうだ。
つまるところ、その時代においての影響力の大きさが病の知名度を跳ね上げる。感染力の強さ、症状の重さ、経済に与える打撃などなど。
生活にダイレクトに影響を与え、さらに自分が罹患するかもと恐怖に震える。だからこそ人々は流行病に関心を向けるのである。
その上で、俺こと【稲葉豊久】が最も恐れている病がある。……いや、俺だけじゃない。思春期にある少年少女の大半が恐れていると言っても過言じゃない病がある。
──その名は【性転換病】である。
数年ほど前から確認されたこの奇病は、世界中の人々を混乱と恐怖のどん底に叩き落とした。……ちなみにこの病だが、その実態はたった一人の狂気の天才が巻き起こしたバイオテロだったりする。
時は新型コロナウイルスが猛威を奮い、各国がどうにか折り合いを付けようと足掻いていた頃。
ネット上にある一本の動画が投稿された。投稿者は【ミスターT】と名乗る覆面の男。そして動画の内容はこうだ。
ロックダウンで暇だったから、二十歳までの若者の性別を反転させ、美男美女に変えるウイルスの開発に成功したった。んで、面白そうだから世界中に散布するお、と。
当然ながら、その動画は投稿当初は話題にすらならかった。内容が荒唐無稽だったし、ノリが日本の某掲示板のそれだったこともあって、完全にスルーされていた。
が、時間が経つとともに実際の被害報告が上がりはじめ、性転換ウイルスは社会に大々的に認知されるようになった。
その時の混乱具合は、俺自身幼いながらに覚えている。原理不明、治療法不明、感染経路すら不明のバイオテロ。それはもう世界中が阿鼻叫喚だった。
いや、なんなら未だに阿鼻叫喚だったりするし。特に科学関係。社会システムとかは、昨今になってようやく感染者に対応してきたけど、科学的な分野においては一切の進展がないのだと言う。
実際、性転換ウイルスは現代科学に盛大に喧嘩を売っているのだとか。
ウイルスに感染後、一晩で性転換が完了する即効性。肉体が変質するにも関わらず、一切の痛みや拒絶反応が起きない安全性。性転換後は、元々の容姿や体型に左右されず、例外なく様々なタイプの美男美女に変化しているという謎オプション。
あとついでに、ミスターT自体も意味不明だったり。性転換ウイルスを開発させた技術力はもちろんのこと、開発に必要な設備も不明。世界中に喧嘩を売った挙句、現在もちょくちょくネットに登場する癖に、依然として足取りすら掴めない潜伏能力など。
明らかに現実に存在して良いスペックをしていない。世界中の科学者が、声を揃えてミスターTの技術力は最低でも十世代は先にあると断言しているレベル。なんかもう全体的にモノが違うのだ。
まあそんなわけで、当時の常識ではありえないような、それこそ某少年漫画のひみつ道具に匹敵する代物が、現在進行形で社会に牙を剥いているわけである。
なお唯一幸運な要素として、性転換ウイルスの感染者が極めて少ない点が挙げられる。ウイルス自体がそういう性質なのか、ミスターTがそう設計したのかは知らないが、ともかく性転換ウイルスは感染力が低い。
これがメジャーな感染症と同じぐらい、いや千分の一ほどの感染力があれば、現代社会は致命的なまでの混乱を迎えていたかもしれないが、幸か不幸かそうはならなかった。
結果として、性転換病はそのデタラメさとインパクトのせいで知名度こそ高いものの、実際に罹ることは稀な『奇病』の一つに落ち着いている。……まあ、それでも一国に百人とかいるらしいけど。
「……」
ちなみに今日、その希少な病に罹った患者が、新たに日本国内で確認されたりする。
「……いやん。めっちゃ美少女」
──はい俺です。……いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!?
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