優しく真綿を用意して
明鏡止水
第1話
昔ではない、今この頃。
いづれの時。
二人の親子がいました。
母親は90代。子供は70代でした。
ふたりとも、おかしなことを言っていました。
母親は、子供に食事を食べさせてもらうしか食事が取れませんでした。
70代の子供は工夫して母親に食事を与えていました。
気をつけないとおかずばかりで、白米を食べてくれないのです。
白米も粥状に柔らかなものにしなければなりませんでした。
粥の上や中におかずを混ぜて、数品をどんぶりにするように食事を与えていました。
ヨーグルトやプリン、ゼリーも用意して水分を取らせました。
ある日。
子供も気づきませんが、自身はトイレットペーパーやティッシュ、キッチンペーパーをいざという時使えるように。たたんでポケットに入れていました。
また、物がなくなれば母親がどこかへやったのかと思って腹立ちました。
気づけばふたりは食事を取らず、部屋の掃除もできず。
オムツとパットだけは出かけるたびに買い、一つの部屋にストックとも呼べない量の同じ品が積まれていきました。
子供は母親に久しぶりに料理を作り、口元へスプーンを運びました。
「いやっ」
母親は食事も歯磨きもお手洗いも拒むようになっていました。
子供は疲れて夜も朝も眠り、起きてすぐ今が夜明けか夕方前か、それとも日付が変わったのかわからなくなりました。
テレビを見ても、見ているという感覚や実感がなく、アナウンサーが日付と時刻を言ってもなんにもわからなくなりました。
不思議と母親は痩せませんでした。
子供の方も体格が良かったので、腰を痛めて背を曲げるようになり。
ある日、財布がなんなのかわからなくなったので貨幣も紙幣もなんだこりゃと手に持ちひらひらと数えるでもなく。折り紙を相手にするように眺めて手元でめくります。
この家で、ふたりきり。
ある日、訪ねてくる人がいました。
ふたりを同じ場所に連れて行くと言います。
ふたりは荷物をまとめることになりました。
家を出る前夜、母親が子供が赤ん坊のころ、おしめに使っていた脱脂綿が。
子供の手によって見つけられました。
さいごに子供は母親に食事を作りました。
好きなものとはいきませんでしたが。
肉じゃが、お粥、スープ、フルーツヨーグルト。
それらを全部お粥のどんぶりの中に、子供は入れて、機械のように母親の口元に運び続けます。
母親はもう日常の全てを拒んでいました。
「お前はなんだ。どうしてこんなことする! どうしてそこにいる?! いらない、いらない!!」
子供は、飯を相手の口に運ぶことをやめました。
その時、なにが起きたのか。
「あの世、あの世だ……」
どちらが言ったのかは分かりません。
子供は幅広の、赤子のオムツになる脱脂綿をねじり、なにも考えずに母親の首にそれを巻きつけました。
もう、何もわからない。
締め上げる。締め上げている。
真綿で首を絞める、もう、何十年と心に続いてきたものを、うめき声でよりやる気が出るように、うんと、うんと、その者は力を込めた。
ふたりとも、とっくの昔に、何もわからなくなっていったけれど。
たしかに、親子だった。
ふとおもう。
いまは、いつだろう。
家には、たったひとりしか、いなくなった。
優しく真綿を用意して 明鏡止水 @miuraharuma30
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