4話
あれから五年の月日が流れた。
あの手術の後に幸に聞いた話によると、幸が十一歳のとき、余命宣告をうけていたらしい。余命五年、十六で死ぬと告げられたそうだ。それから幸の生まれてきた意味探しが始まり、当時の幸が出した答えが、“たくさんの人に幸せになってもらうため”だった。だからお菓子配りをしていたということだ。今、幸は二十二歳。とっくに余命は尽きているはずであるのに、むしろ元気になってきている。本当にこれは奇跡だ、と医者は言う。幸はそれを聞くと、誠に言った。「誠が呼び戻してくれたからだよ」と。誠としては、素直に喜べない話である。冷静になって思い出してみれば、たくさんの医師や看護師の前で告白してしまったのである。冗談じゃない。おかげで、誠と幸は病院中が公認の仲になってしまったのだ。……でも、最近ではそれでもいいかと感じている誠もいる。
‘CLOUD’
これが、誠と幸が三年前から始めた院内カフェの名だ。命名者はもちろん幸である。店内はいつも、患者とその家族、ときには仕事明けの医療従事者でにぎわっている。
「あ、のどかさん」
店内に幸の明るい声が響く。のどかはこの店の開店当時からの常連でもある。昨年退職してしまったが、今でも幸のことを気にかけてくれているのだ。今日もいつもどおりにカウンター席に座るなり、お気に入りのブルーベリーティーを注文した。
「どう、幸ちゃん。二年も経つと、夫婦喧嘩もするようになったんじゃない?」
「そんなことはないです。誠はいつも優しいですし」
それだけ言い残し、ちょうど店内に入ってきた新な客をもてなすため、幸はカウンターを抜けた。
「優しいって。良かったわね」
誠はのどかには答えず、淹れ終わった紅茶をだした。それを一口すすったのどかはおいしそうに目を細め、カップをソーサーに戻した。
「院長にこのカフェの出店許可を取りに来たときも驚いたけど、それからぴったり一年後、開店一周年の日に結婚したときはもっとびっくりしたわよ」
誠を窺うように上目使いになるのどか。
「今更そんな昔のことを掘り返すな」
誠をからかっていることはまるわかりだ。しかし、のどかの表情は一瞬にして真剣なものへと変わった。
「今は安定しているけれど、これから先、また幸の病状は悪化するかもしれない。それでもあなたは、」
「当たり前だ。その覚悟無しに、結婚しようなんて言えるわけがないだろう」
のどかが皆まで言い終える前に誠が答える。のどかは誠の力強い返事を聞き、いつもの穏やかな表情に戻った。
「こんな良い旦那さんを見つけて、幸ちゃんは幸せ者だわ」
のどかは幸に視線を向ける。誠もつられて、接客をしている幸のほうを見やった。
「あの、このお店初めてなんですけど、お勧めはなんですか」
幸はにっこりと笑い、凛とした声で答えた。
「アップルティーでございます」
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