第10話
ライブ活動を始めることにした私に、惟さんはアーティストの仲間たちを紹介してくれたり、いろいろな場所を教えてくれた。
それは新宿のバーだったり、高円寺の服屋さんだったり。行く場所行く場所で、惟さんは自分の仲間たちに私を紹介してくれて、それで私にも友人が増えていった。
惟さんは少しずつ、私の世界を広げてくれて。そして私の世界は、着実に惟さんの色が濃くなっていった。
「この服、買ってくれる人募集中なんだよね」
あるとき、SNSでご機嫌な自撮り写真を上げていたのに釣られて、高円寺のいつもの服屋さんに行ってみれば、ほろ酔いの惟さんが出てきて、そんなことを言ってくる。
そこは服屋さんなのに、いろいろな人たちがお酒を飲んだりしておしゃべりしている、不思議な場所なのだけど。惟さんが私を見るなり、妙にご機嫌で、ニッコリ笑いかけてくるものだから。
バカな私は、ついついプレゼントでもしてあげたくなってしまう。
いや、もちろん、さすがにそこまでは、しないけど。
だけど実際私は、惟さんのファンみたいになっていた。
ライブはほぼ毎回通っていたし、なんなら毎回スマホの電池を切らしている惟さんの代わりに、ライブの録音をしてあげることもしばしばで。
そんな私を見て、熱心なファンという以上の何かがあることに気づいてしまう人も、きっとたくさんいたのだと思う。
そしてきっとそれは、惟さんも、そうだったのだと思う。
バカな私が、気づかなかっただけで。
服屋さんでいつものようにみんなとおしゃべりして、お酒を飲んだりタバコを吸ったりして。そうしているうちに時間が遅くなって、1人、また1人と帰っていって。
気づけば店員さん以外には、私と惟さんの2人きりになっていた。
そろそろ帰らないと終電だっていうのに、惟さんは『まだ帰りたくないなー』なんて言ってうだうだしているものだから、私はほんのちょっとだけ期待してしまう。
もしかしてこのまま、2人だけでどこかに行ってしまったり、して。
でも、そんなことは起こらなくて。惟さんと2人、結局、終電を目指して早足で駅へと向かうことになった。
服屋さんのある商店街を早足で歩く。まわりには酔っ払っている人もいるけれど、今日は平日だから、人通りはそんなに多くはない。
道すがら、なぜか恋愛の愚痴みたいな話になって。
早歩きする足とは対照的に、口のほうは、ぐだぐだと余計なことばかり。
「私、優しくされると、すぐ好きになっちゃうんですよね」
ほろ酔いの私がそんなことを言えば。
「わかる、私も」
惟さんもそう返してくれて。
「優しくされると好きになっちゃうし、優しくされなくても好きになる」
「なにそれ、ダメじゃないですか」
「ほんとダメだよね」
そんなことを言って、2人して笑う。
だけど次の瞬間、惟さんはとんでもないことを言う。
「わかった。じゃあ私は、次に見た女の人を好きになろうかな」
そんなことを、言うものだから。
「だったら……」
バカな、私は。言ってしまうのだった。
「……こっち、見てくださいよ」
そんな、とんでもないことを。
すると、惟さんは驚いたように私を見て。
そして、ニッコリと、笑ったのだった。
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