第9話
「お会計、お願いします」
いつものイベント終わり。ライブバーの閉店時間を迎えて、私たちは帰路に着く。といってももう、深夜0時。もうとっくに終電はなくて。
「オールしようよ!」
週末の夜だからと、酔っ払ってご機嫌の深青に連れられて。私と惟さんと、3人でカラオケに向かった。
初めは順番に曲を入れて普通に歌っていたのだけれど、さすがにいい歳をした大人の私たちには、若者みたいに元気なテンションで朝まで過ごすのは、きつかったみたいだ。
1番元気に見えた深青はすぐに寝落ちてしまったので、毛布がわりに服をかけてあげて。
仕方がないので、私と惟さんは2人でおしゃべりをすることにした。
話題は音楽の話がメインで、惟さんが普段どうやって曲をつくっているのかとか、そんな話を聴いたりしていた。
「私、あの曲、好きなんですよね」
私がそう言うと、惟さんは自分のギターを取り出して。
好きだと言ったその曲を弾いてくれる。惟さんのバンドの曲。いつもはとっても美声のボーカルが歌っているその曲を、私に歌わせてくれた。
胸が、ドキドキする。
惟さんのギターの音に、私の声が重なって。空気が震えて。心も震えた。
こんなこと、本当に許されるんだろうか。
「ダメですね。やっぱり私には難しい……」
照れとか、恥ずかしさとか、そういうのもあるけれど。
惟さんの作る曲は、歌ってみるとやっぱり難しくて。歌詞まで覚えているくらい大好きな曲だけれど、曲のサビのところにあるロングトーンがどうしても私にはきつくて。
「ああ、もっと歌うまくなりたい」
ついつい、そんな弱音が溢れてしまうのだけど。
「葉瑠は、まだ始めたばっかりでしょ。まだまだこれからだよ」
惟さんはそう言って、フォローしてくれる。
「曲つくるのは、好きなんですけどね。私じゃ、イメージ通りの声って出せなくて」
私がそう言うと、惟さんはこちらを真っ直ぐに見つめて。
私の目を見て言う。
「葉瑠の声は、綺麗だよ」
「……っっ」
急にそんなこと言われて、私はうまく声が出せなくなる。
「もっと歌ってみて」
顔が熱くなる。
恥ずかしくて、呼吸ができなくて。だけど嬉しくて。
私はまた歌い出す。それに合わせて、惟さんはまた、ギターを弾く。
惟さんは私の歌にダメ出しをしたりはしない。私はバンドメンバーじゃないし、これはただのお遊びだから。
それがほんの少し寂しくて。
一緒に演奏をできる深青や、バンドの女の子のことを羨ましく思いながらも。
それでもこの時間が嬉しくて。
それからずっと、私たちは、夜が明けるまでそうして歌っていた。
惟さんは時折、私の歌にハモリを入れてくれて。
普段バンドでは歌わない惟さんの歌声を、私はこのとき初めて聴いた。
惟さんの声は優しくて、低音がすごく綺麗で。
ドキドキが止まらなくて苦しくなるけれど、それでもこの時間が永遠に続けばいいなと思ってしまう。
楽譜を一緒に見ながら、不意に手が触れると、惟さんは私の手をわざわざ、ちょん、と触り直してくる。私もふざけてその手をつついたりして。
もう、本当に、何をやっているのだろうと思いながらも、2人して楽しんでしまっていたのだ。
深青がずっと眠っているのをいいことに、そんなことを。
「さすがに、ちょっと眠くなってきちゃった」
「タバコ、吸いに行く?」
「そうしましょうか」
カラオケの閉店直前に、そんな会話をして。
起きる気配もなく、すやすや眠っている深青を残して、私たちは喫煙所に行く。
狭い喫煙所で、煙を吸って吐いて。何を話すわけでもないけど、惟さんと目が合って、笑い合う。
さすがにもう、シガーキスなんてしないけど。
こういうときにも結局、私の胸は高鳴ってばかりなのだった。
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