第8話

 ため息をつくように、白い煙を吐き出す。私がすっかり喫煙者になってしまったのは、元彼がタバコ嫌いで、ライブ帰りでタバコの匂いのついた私と盛大に喧嘩して別れたから、その反動で。

……というのは建前の話で、実際のところは違っていた。



 あのライブイベントのあと、私は深青のほかに惟さんのライブにも顔を出すようになっていた。


 惟さんは同じライブバーで毎月ライブイベントを開いていて、すっかり惟さんのファンになってしまった私は、そのイベントに行くのが恒例になっていた。


 ある日のイベント終わり、その場でタバコを吸い出した惟さんを何の気なしに見つめてしまっていたら、惟さんがこちらに近づいてきて言った。


「ずいぶん、物欲しそうな顔してるね」

「……禁煙中なんですよ」


 実際そのときは、お金の節約のためにタバコを止めようと試みている最中だった。


「一本、あげようか?」

「えっ、いいんですか?」


 ついつい、食いついてしまう自分が憎らしい。


「せっかくだから、シガーキス、してみる?」


 惟さんはそんなことを言ってくる。

 そのとき私はちょうど、シガーキス百合の連載をしていて、どういうわけか惟さんはそれを知っているようだった。


「えっ……じゃあ、やります」


 なるべく平常心を保ちつつ。あくまでこれは小説のための取材、みたいなものだから。

 そう自分に言い聞かせながらも、内心はドキドキで。


 ……そんなの、当たり前だ。

 だって私の小説では実際、シガーキスをした2人は結ばれることになるんだから。


 惟さんはそのことを知っているのかなんなのか、わからないけれど。


 だけど、結局私は、嬉しかったのだと思う。


「……行くよ」


 惟さんからタバコを1本もらって、咥えて。受け取る時にほんの一瞬、指が触れたからって、そんなことですら、まるで中学生みたいに意識してしまうのだけど。


 今からするのは、大人にしか許されない、子供っぽいお遊びで。


 タバコを咥えた惟さんの顔が、私に近づく。私の書いた小説みたいに、顎をクイッと触られたりはしなかったけれど。タバコと同時に、私の心も一緒に燃え出してしまったのだった。


 それから私は、ライブのたびに、惟さんと一緒にタバコを吸うようになった。

 本当は私は呼吸器が弱くて、タバコをたくさん吸っていい体質ではないのだけれど、惟さんと一緒に喫煙所に行くのが楽しくて、それで、ついつい吸ってしまうのだ。


 私がもともと吸っていたのは、ピースで。惟さんはラッキーストライクを吸っていた。違うタバコを気になるのか、ときどき惟さんは、私のピースを勝手に持っていく。


 一度私が、人に呼ばれてタバコを吸いかけのまま灰皿に置いていたら、その1本を勝手に吸われてしまったことまであって。


「いや、もったいないと思って」


 惟さんは悪びれずにそう言う。


「葉瑠にもあげるから」


 そう言って自分のラキストを1本、私の手に握らせてくる。ちゃっかり呼び捨てにしてくるのも、ずるい。


 そのせいで私はまた1つ、白いため息をつくことになってしまうのだった。


 

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