:第21話 「肉薄」

 B分隊は絶望的な戦いに臨んでいた。

 敵となった連邦軍の戦車は対戦車砲の砲弾を寄せ付けないほどの防御力を持っているだけではなく、一撃でこちらを吹き飛ばすことができる火力を有しているのだ。


 すでに、第二大隊が形成していた二つの防衛線の内、第一防衛線は壊滅した。

 射距離一千メートルで射撃を開始したもののまったく歯が立たず、なんとか数両を擱座かくざさせることができたものの、ついには蹂躙じゅうりんされるのに至ったのだ。


 自分たちはそれをどうすることもできずに、ただ、見ていることしかできなかった。


 そしてアランたちが守備に就いている第二防衛線も、間もなく、同じ運命を辿るのに違いない。

 ルッカ伍長の射撃によって一両の動きを止めることには成功していたものの、連邦軍の戦車隊はまだまだ多数あって、前進を止めていないからだ。


 数えきれないほど、いる。

 左右のどちらを向いても鋼鉄の怪物の姿がある。

 この場所は、敵の攻勢正面のひとつとなっているらしかった。


 しかも、ようやく足を止めさせた敵戦車も、その重装甲のためにしっかりと介錯かいしゃくをできたわけではない。

 場合によっては再び動き始める可能性があるし、なにより、その砲は健在なまま。

 機動力を奪われてもなお、その砲塔は旋回し、目標を定めては砲撃を叩きこんで来る。


 敵は間近に迫りつつあり、近くを弾丸がかすめ、敵の砲撃によって舞い上がった土くれや小石が絶え間なく頭上に降り注いでくる。

 そんな戦場を、アランは一心不乱に走り抜けていく。


 なにかを考えている余裕などなかった。

 もし、思考を巡らせようものならば、現状を認識してしまって足がすくみ、二度と塹壕の底から動き出せなくなる。

 それが分かっているから、目の前の使命にひたすら、集中する。


 容易には敵戦車を撃破できないことから、ベイル軍曹はとにかく、撃ちまくることを命じていた。

 一撃必殺の信念も、こうなっては捨てる他はない。

 一発ではだめでも、数を撃ち込んで少しでも敵にダメージを与え、防衛線の突破を阻止しようとしているのだ。


 対戦車砲は、すえつけられた場所からは容易には移動することができない。

 自分たちが生き延びるためには、敵の突進を食い止め、撃退する他はなかった。


 だから、砲弾の消費は激しい。

 砲尾から吐き出される薬莢はいつの間にか折り重なり、互いにぶつかり合って、ガランガランと音を立てている。

 射撃を継続するためには、アランたち弾薬係が弾薬を保管している塹壕と対戦車砲との間をなんとか行き来し、弾を運び続けなければならなかった。


 一回目の往復は、うまくいった。


 しかし二回目の往復で、敵の機関銃の掃射に捕まった。


 今までも敵弾が近くを飛びぬけていくことはあったが、今回のものは違う。

 明確に、自分が狙われている。

 そういう感触があった。


 これまでにない頻度と密度で近くを弾丸が飛翔し、その着弾が徐々に自分に近づいてきていることに気づいたアランは、咄嗟とっさにその場に伏せていた。

 一瞬でもその反応が遅ければ、おそらくはハチの巣になっていただろうという確信がある。

 頭上を、まさにさっきまで自分の身体があった場所を、ヒュン、ヒュン、と音を立てながら弾が飛びぬけていった。


 そう認識したアランは、もう、その場から一歩も動けなくなってしまう。


(狙われてる……! 狙われてるんだ! )


 起き上がった途端に、また撃たれるのに違いない。

 そう思うと、恐ろしくて、地面から顔をあげることさえできなかった。


「オイ、新入り! 伏せてろよ! 今、援護してやるからな! 」


 釘付けにされていることに気づいたのか、パガーニ伍長がそう声をかけてくれ、その言葉通りに敵に向かって軽機関銃を乱射し始める。


(七,七ミリなんかじゃ……! )


 戦車相手に効くはずがない。

 そう思ったが、そんなことは伍長だってよく知っているだろう。

 知った上で、敵の気を引いて、なんとかアランが逃げ出す隙を作ろうとしてくれているのだ。


 自分は、軽機関銃兵だ。

 そう鼻にかけて得意げなところがあったが、伍長のそれはうぬぼれなどではなく、本物の矜持きょうじであった。

 だから対戦車砲の射撃を支援するために囮になったし、こうして、アランをなんとか救い出そうと、自らの危険を省みない。

 勇敢だった。


「わっ、チクショウ! 」


 だが、すぐに彼も塹壕から顔を出せなくなってしまった。

 分隊はどうやら、複数の戦車から同時に目をつけられてしまっているらしい。

 別の方向から浴びせられた機関銃の掃射によって、釘付けにされている。


 これまでの戦闘で、ここにB分隊がいる。

 そう認識した敵は、明白な殺意を抱いて潰しに来ているのだ。


 身動きが取れなくなっているのは、アランだけではなかった。

 軽機関銃チームも、対戦車砲についているベイル軍曹たちもみな、断続的に撃ち込まれてくる敵弾から身を守ることしかできない。


 セルヴァン上等兵は自分の監督下にある後輩を救おうと塹壕から起き上がりかけるが、すぐに軍曹に引き留められ、強引に連れ戻されていった。

 後ろを懸命に走っていたG・Jも地面に伏せて、涙目になりながら頭を抱えていることだけしかできない。


 このままでは、良くない。

 そう悟って、なんとかこの場を切り抜ける隙が無いかとわずかに顔の向きを変えて前方を視認したアランは、思わず双眸そうぼうを見開いていた。


 第一防衛線を壊滅させた敵の戦車が、もう、百メートルほど先にまで迫っている。

 それだけではない。

 その砲塔がゆっくりと旋回をし、砲口がこちらに、B分隊へと向けられつつあったのだ。


 後、ほんの数秒。

 たったそれだけの時間が経てば、あの大砲から発射された砲弾で、分隊の九人全員が木っ端微塵にされる。


 先に、多くの味方がそうなったように。


 そのことが分かっても、アランにはどうすることもできなかった。

 なにかしようとすれば機関銃で撃たれるし、そもそも、どうしたらいいのかもわからなかったからだ。


 ———その時、こちらに砲を向け終えつつある敵戦車の近くに、突然、誰かが飛び出してくる。


 志願して残ってくれた、味方の敗残兵たち。

 B分隊の前方にタコ壺を掘り、その中に身を隠していた兵士たちの臨時の分隊長を務めていた、工兵軍曹だった。


(いったい、なにを……!? )


 アランには理解できない行動だった。

 対戦車砲がほとんど通用しないほど強固に守られた鋼鉄の怪物に、いったい、生身の歩兵がなにをできるというのか。


 だが、工兵軍曹は立ち止まらなかった。

 隠れていた場所から飛び出し、素早く敵戦車に肉薄すると、重々しく不快なキュラキュラというキャタピラを回す音を立てながら丘の斜面を登って来るその車体の下に、潜り込んだのだ。


 なんの躊躇ちゅうちょも、迷いもなく。

 そうすることを以前から決めており、そのチャンスを、じっとうかがい、待ちわびていたかのように。


 その両手には、なにかが抱きかかえられている。

 アランがそう気づいたのと、工兵軍曹に車体の下に入り込まれた敵戦車が爆発し、炎上したのは、ほとんど同時のことだった。

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