:第20話 「鋼鉄の怪物:2」
それらは、ほんの数分の間に起こった出来事であった。
戦いとも呼べないような、ほとんど一方的な
王立陸軍は
対して、戦果はほとんどあがっていない。
二両が
敵戦車が予想以上の防御力を誇り、強力な火力を有していたために砲手たちは動揺し、一撃受けるだけでやられる、というプレッシャーから、最初の数発以降は精密な照準がつけられなくなってしまっている。
放たれた砲弾は、まるで扉をノックでもしているかのように弾かれ、砕かれるだけだった。
「隊長! ヴァレンティ中尉! 」
対戦車砲の脇に設置してあった無線機に飛びついたベイル軍曹が切羽詰まった様子で叫んだ。
「射撃開始は、まだですか!? このままじゃ、味方がみんなやられちまいます! 」
≪……こちら小隊長。ダメだ、射撃は許可しない≫
「どうしてです!? 援護もしてやらないんですか!? 」
≪現状では、こちらの攻撃は無意味だ。距離二百メートルまで詰める≫
「二百メートル!? それじゃ、前にいる奴らは……! 隊長、隊長!? 」
≪これ以上は言うな、軍曹! ≫
珍しく、無線の向こう側にいるヴァレンティ中尉も感情的になっていた。
目の前で味方が次々と倒されていくことには、どうしても思うところがあるのだろう。
「しかし、ヴァレンティ中尉! 」
≪私には、私自身の部下を指揮する責任がある。すでに我が方の兵器の劣勢は明らかだ。有効打を放てないと分かっている段階で発砲し、敵の反撃によって部下を無為に失うことは容認しない。断じてだ! ≫
「……ぬっ、ぐっ……! 」
部下を無用な危険にはさらせない。
そう言われてしまっては、ベイル軍曹も押し黙る他はなかった。
ヴァレンティ中尉の部下、とは、すなわち軍曹を始めとした、今、ここにいる者たちなのだ。
それを、目の前で壊滅しつつある味方と同じ目に遭わせるのか、と問われれば、取捨選択をせざるを得なくなる。
≪射撃開始は、二百メートルまで待つ。B分隊、……C分隊も、必ず、発砲はA分隊が撃つまで待て。これは、厳命だ。……小隊長、以上≫
無線が途切れると、そこには、爪が皮膚に食い込むほど強く拳を握りしめ、全身を震わせながら自身の感情を押し殺しているベイル軍曹と、中尉の、冷酷にも思える命令に言葉を失っている分隊の面々だけが残された。
敵が二百メートルに接近するまで、発砲しない。
———それはつまり、第一防衛線を構成している友軍を、見殺しにする、ということと同義であった。
第二防衛線を形成している第三小隊から二百メートル前方と言えば、それは、まさに第一防衛線がある場所なのだ。
そしてそこに敵の侵入を許す、ということは、あの場所にいる味方はその時すでに壊滅している、ということだった。
実際、そうなりつつある。
第一防衛線は崩壊しつつあった。
戦意を喪失して後退しようとする兵士たちが相次ぎ、塹壕から逃げ出し、敵戦車からの機関銃の掃射で次々と撃ち倒されている。
踏みとどまって戦い続けている者たちも、いた。
それは、彼ら、彼女らが、勇敢であるのか。
あるいは、直面した現実を受け入れることができず、直前まで信じ続けて来たことにすがっただけなのか。
そういった者たちは砲撃によって四散するか、———敵戦車のキャタピラによって、踏み砕かれた。
身を隠している塹壕ごと、馬乗りになった敵によって文字通りに
そしてそれは、敵と、アランたちB分隊の距離が、二百メートルにまで近接したことを意味していた。
≪各分隊、敵の弱点を狙え! 撃ち方開始! 撃ち方開始! ≫
「目標、正面、距離二百メートル! 味方陣地を踏み破って来る敵戦車! 射撃開始! 射撃開始! 窓を狙え! 弾は惜しまなくていい、装填が終わり次第、伍長の判断でどんどん撃て! 」
無線を通して中尉からの射撃許可が下りると、歯を食いしばって敵を睨みつけていたベイル軍曹が、ルッカ伍長に射撃目標を指示した。
伍長は、なにも答えない。
ただ黙々と、とっくの昔に照準を終えていた敵に向かって引き金を引いた。
三十七ミリ対戦車砲が、雄々しく
砲弾が勢いよく飛び出すのと同時に駐退機が発砲の反動を相殺しながら砲尾が後退し、復座機によって元の位置にまで戻ると、ミュンター上等兵が素早く尾栓を開く。
すると硝煙をまとった薬莢が排出され、そこにすかさず、次の徹甲弾が装填された。
「装填完了! 」
そう報告を受けるや否や、ルッカ伍長は引き金を引く。
また、発砲。
そして再装填の、同じことの繰り返しだ。
敵を引き付けての射撃。
それでも、その装甲を正面から貫通することはできなかった。
強くつけられた傾斜のために砲弾の威力が逸らされ、弾かれてしまうのだ。
厚みも、相当にあるのだろう。
だから伍長は、弱点と思われる場所を手当たり次第に撃ちまくった。
砲塔上部についた車長用ののぞき窓を撃ち、砲塔と車体の隙間を狙って撃ち、車体前面に設けられた操縦者用ののぞき窓を撃ち、そして、キャタピラに向かって撃った。
そこまでして、ようやく。
B分隊の正面にあらわれた敵戦車を
だが、進行を停止させることができたのはまだ、たったの一両だけだ。
連邦軍の戦車部隊は相変わらず濃密な排気ガスをまき散らしながら、けたたましい
「この野郎! 来るな、来るなってんだよ! 」
塹壕から身を乗り出したパガーニ伍長が、恐怖に歯を食いしばりながら軽機関銃を乱射する。
対戦車砲の効果がないのだ。
七,七ミリ弾などなおさら効かないだろうが、どうやら敵の意識を少しでも散らし、砲に向かって行かないように、囮の役割を果たそうとしているらしい。
「次の目標!
その間にも、ベイル軍曹からの指示を受けたルッカ伍長は二両目の敵戦車、先に
そして、再び撃ちまくる。
「もう撃ち切っちまう! た、弾、持っていくぞ! お前ら、姿勢を低くして、つ、ついて来い! 」
砲の側に用意していた即応弾がなくなる。
射撃の回数を計算してそう悟ったセルヴァン上等兵は震える声でそう言うと、十発入りの弾薬箱を抱え、タイミングを見て塹壕を飛び出していった。
即席で築き上げた防衛線だ。
陣地間を結ぶ連絡用の塹壕など用意できていなかったし、一度、身をさらさなければどこにも行けない。
正直なところ、足がすくむ。
しかし、B分隊にとっての頼みは、非力であっても、訓練で慣れ親しんだあの対戦車砲しかないのだ。
真っ先に砲火の中に向かって行ったセルヴァン上等兵の背中が、いつになく頼もしく思える。
同時に、眩しくもあった。
彼だって、ついさっきまでは自分の隣で、戦闘の恐怖に震えていたのだ。
それなのに砲弾が尽きる前にと、懸命に使命を果たそうとしている。
(俺だって……! )
勇気を振り絞ったアランもまた、弾薬箱を抱えてその後に続く。
掃射された機関銃弾がすぐ近くをかすめ、地面に着弾して土くれが舞ったが、気づかなかったフリをして駆け抜けた。
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