:第16話 「戦車」

 敵主力の中戦車は、手ごわい。

 その情報はすぐさま無線でヴァレンティ中尉に報告され、大隊のすべてで共有された。


「中尉殿。ひとまず、敵戦車の弱点を狙いましょうか」

≪ああ。教範にある通りにしてくれ≫

「了解。報告は以上です! 」


 だが、その対処法は意外なほどあっさりと決まった様子だった。


 王立陸軍の対戦車猟兵向けの教範では、こちらの砲の威力では撃破が困難な敵が出現した際にはその弱点を狙え、と記されている。

 たとえば、操縦者や戦車長が車体の中から外部を確認するために開かれたのぞき窓。あるいは、一般的に戦車の正面よりも装甲が薄いとされている、側面や後方。

 キャタピラを攻撃することも効果的である、とされていた。それで戦車を完全に破壊することはできなかったが、移動力を封じれば追い打ちを加えて撃破しやすくなる。

 将を射らんと欲すれば、まず馬から。という古い時代のことわざと同じだ。


「しかし、軍曹。敵は野戦砲クラスの戦車砲を装備しているって話ですが、本当なんですかね? 」

「さぁな。見間違い、とは思わないが……。もっとも、やることはいつもと同じだ」

「攻撃こそ最大の防御、ですね。了解です」


 対戦車砲の射手の位置についたルッカ伍長と、その隣で双眼鏡を使ってじっと敵がやってくるはずの方向、西側を睨みつけているベイル軍曹は、敵戦車が装備している戦車砲は野戦砲クラスだ、という情報について、半信半疑であるらしかった。


 王立陸軍で[野戦砲]と呼ばれているのは、七十五ミリ以上の口径を持った火砲のことだった。

 発射される砲弾の重量は、六キログラムから七キログラム程度。

 B分隊が保有している三十七ミリ対戦車砲は発射薬や薬莢まで含めた弾薬の重量が一キログラムをやや超える程度、発射される砲弾部分は六百グラム台であるから、七十五ミリ砲は単純計算で十倍程度の重さがある砲弾を発射してくる、ということになる。


 その威力は、一撃で対戦車砲とその砲員を吹き飛ばすのに十分過ぎるものであった。


 敵戦車の武装が本当にこの通りだとすれば、大変な脅威だ。

 こちらはまともな装甲もなく、一発でも直撃すれば無力化されてしまうのにも関わらず、相手は装甲に守られていて容易には撃破できないというのだ。


 ベイル軍曹もルッカ伍長もそれがよくわかっているから、信じたくない、という無意識が働いているのかもしれない。


 加えて、王立陸軍において七十五ミリ以上の野戦砲クラスの戦車砲というのは、工兵軍曹が言っていた[中戦車]ではなく、より強力な[重戦車]がやっと装備しているものだ、という認識もある。


 王立陸軍では、いわゆる[戦車]と称される兵器に三つの区分を設けている。

 軽戦車、中戦車、重戦車、というものであり、野戦砲クラスの戦車砲は、重戦車にだけ装備されているものだった。


 王立陸軍の重戦車は、敵の強固な陣地を突破しなければならない場合、その戦線に集中投入される、という運用か、各戦車隊や歩兵部隊に分散配備されて火力支援を行い、強固な装甲によって味方を守る、という使われ方が想定されている。

 その配備数は、ごく限られたものだった。

 重戦車は強力な存在であったがそれだけに高価であり、大きな重量から運用にも様々な困難がつきまとったからだ。


 重装甲、重武装であればその分の材料費がかさむし、まともに行動するためには大馬力の、往々にして劣悪な燃費のエンジンを搭載し、その重量ゆえに多大な負荷をギアなどの走行装置にかけなければならない。

 単純に生産に費用がかかるだけでなく、燃料を大量消費する大飯ぐらいで、しかも普通に移動するだけで故障などを起こし整備が必要になる、ということだった。


 七十五ミリ口径の野戦砲クラスの火砲を装備した戦車、とは、王国ではこのような有様の重戦車のことであった。

 長年の開発と運用経験の蓄積により信頼性が向上し、近年ではまず問題を起こさずに運用できるまでに改善されていたが、それでもその高コストはさほど変わらず、配備台数は限られてしまっている。


 その重戦車と同じ火力を持ったものを、連邦軍は[主力]の[中戦車]として運用している、という。


 王立軍にとっての中戦車とは、[重戦車の廉価版]、すなわち数をそろえるためのものだった。

 重戦車のように少数で強固な陣地を突破できるほどの打撃力とはならずとも、数を確保することで有効な戦力として活用できるようにする。

 なにより、装備した戦車砲による火力と、装甲による防御力を、より多くの戦線で展開することが可能となる。


 王国の限られた予算で数をそろえる、となると、おのずとその性能には上限を設けざるを得なかった。

 コスト度外視で強力な車両を作ると、それはもう、重戦車になってしまうからだ。


 ある程度の火力と防御力、走行能力を有し、運用コストも負担可能なレベルに抑える。

 そうしたバランスを意識して生産された王立陸軍の中戦車は、アランたち対戦車猟兵が運用している対戦車砲と同じ三十七ミリ口径や、砲身を短くし初速を低下させ、貫通力を諦める代わりに榴弾を発射した際の威力を重視した五十七ミリ口径の戦車砲を装備している。


 そしてそれが、王立軍の将兵が知っている[戦車]というもののイメージであった。

 第四次大陸戦争が勃発して以来、この兵器は大きな進化を遂げ、従来では考えられなかったほど強力になっている、という話は多くの者たちが聞いていたものの、王国でいう重戦車と同じ、三十トンクラスの大型の車両が、連邦と帝国では中戦車、主力として運用されているとは、にわかにはどうしても信じることができなかった。


 あの工兵軍曹が言っていたことは、どこまでが真実なのか。

 激しい攻撃を受けながらの初陣で混乱し、誤認したのではないか、という思いがぬぐえない。

 アランの聞き間違えでないことだけは確かだった。一緒に砲弾を運んでいった他の仲間たちも、まったく同じ内容を聞いていたからだ。


(あの軍曹さんの、勘違いであって欲しいなぁ……)


 いつでもベイル軍曹たちの下に砲弾を運び込めるよう、分散して保管している弾薬箱のひとつの脇にひざまずいて待機したアランが、緊張気味に力を込めて小銃のグリップを握りしめながら祈っていた時のことだった。


≪第三小隊長より、各分隊。注意しろ。前方より、戦車らしきもの、複数接近中。号令! 全分隊、射撃準備! ≫


 ヴァレンティ中尉からの緊迫した声での無線が辺りに響く。


「よぉし、みんな! 戦闘準備だ! A分隊の射撃開始に合わせて、オレたちも撃ち始めるぞ! それまでは、顔を出すな、音も立てるな、気配を消すんだ! さぁ、訓練の成果を見せてやろうぜ! 」

「「「了解! 」」」


 ベイル軍曹の勇ましい声に、B分隊の仲間たちが答える。

 アランも声をあげていたが、しかし、すぐに喉が裏返ったような感覚を覚え、ゴクリ、と固唾を飲みこんでいた。


 ———いよいよ、実戦の時が訪れるのだ。

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