春雷

dede

春を告げるもの


「一年の四月に告白するヤツなんてバカだろう?」

「ふむ」

「何故だか分かるか?」

「一応聞こうか?」


オレンジ色に染まりつつある教室で二人きりで世間話をしている。

鮮やかな夕焼けで、昨日の大雨が嘘のようだ。雷を伴ったそれは地面を濡らして一日で過ぎ去って行ったけれど。

窓からグランドを覗く。私たちの入学した学校は水はけが悪いらしく、まだ幾つか水たまりが残っていた。屋外の運動部員たちがそれを嫌そうに眺めている。

私は残り少なくなった水筒の玄米茶で舌の根を湿らす。

彼の熱弁は続く。

「早すぎるだろう?出会って間もないこの時期に、相手の事をどれだけ知っているというんだ?何を理解できてるんだ?そんな状態で本当に相手の事を好きだって言えるのか?」

「そうか」

「おまけにだ、あと3年同級生なんだぞ?振られたら気まずいとは思わないのか?」

「まったくもって、その通りだ」

「つまりはそんな一時的な感情に負けてリスクも省みずに衝動的にこの四月に告白してしまった彼ら彼女らはバカだと結論づけられるだろう」

「よ、名演説」

「……相槌が雑になってないか?」

「そんな事はないさ。これをあげよう」

「ありがとう」

私が渡した龍角散を彼は素直に受け取って礼を述べる。

「しかしだね?」

「うん?」

彼は龍角散を口の中でコロコロさせながら生返事をする。


「あまり好きな人の事を悪く言うものではないよ?」


その私の忠告に彼は至って不満げである。苦そうな顔をしている。きっと龍角散のせいだろう。

「気持ちは察するよ。余りあるよ?

同じ学校に入学できて、あまつさえ同じクラスに入れてバラ色の学園生活を夢見た事だろう。

まさか、入学間もなく彼女に好きな人が出来るだなんて。嗚呼、しかも速攻で告白まで果たしてしまうなんて」

私の事実の列挙に彼は恨めしそうな目線を投げかける。

「……そうだよ」

「いいじゃん。振られたんだから」

「良くないよ。振られたって。……ずっとそばに俺がいたのに」

「愛に距離も時間も関係ないのさ」

「知ったような口を利いてくれるね」

私は手帳を取り出す。

「はい、そういう訳で事前に彼女に今回の件でヒアリングして参りましたー」

「いや、知ってんのかよ!?準備いいな!?」

「親友ですから。で、聞きたいかな?」

とても嫌そうな顔をしてコチラから目を背けて耳を塞いでいる。まあ、聞かなくても構わないんだが。

しかし観念したように耳を押さえていた手を離す。

「聞きたくない。聞きたくないんだけど……聞かせて」

「わかった。さて件の彼女だが、ここでは仮にAちゃんと呼ぼうか「いや普通に呼べよ?」Aちゃんが好きになった相手は隣りのクラスの男子だそうだ。

たまたま運動場を通り掛かったところ、サッカーをしていた姿が恰好よかったと一目惚れしたとのこと」

「そっか」と、彼は感情の乗らない平坦な声で相槌を打った。

「そしてその3日後告白」

「早いなっ!?」

「ええ、本当に。私も事情を知ったのは全てが終わった後のことだったよ」

報告も相談も一切なかったのだもの。この時ばかりは流石に親友とは何だろうと小一時間問い詰めたい気持ちだった。

「電撃戦。電光石火。10万ボルトだっちゃ」

「雷ね?」

「これは春雷だよ」

「どういう意味?」

「自分で考えたら?そして自分で考えて動いたらいいよ」

きっと告白された彼の回りも同様だろう。それぐらい彼女の雷鳴は轟いた。

本当に、自由な人だ。親友なんて呼ばれているけれど彼女の考えがまるで分からない。

きっと同じものを見ていても、全然違うものが見えているんだろう。

憧れもあるが、違うものが見えてて良かったとも思う。

「ちなみにAちゃんは彼を一目見てビビッときたそうです」

「見事に印象しかないのな?」

「『相手のこと?付き合ってから知ればいいじゃん。時間の無駄無駄無駄無駄』とのコメントを預かっています」

「清々しいほど男らしいのな!?知ってたけど!」

うん、あなたはよく見てきたものね。

どんな人か見極めて、本当に好きか確信してから動く彼と

好きから始まって、知っていく過程を楽しんでいく彼女と

まるで違う人種なんだろうなと思う。相性のほどは分からないが。

どっちが良い悪いではなく、タイプが違うだけで有利に働く点はそれぞれあると思う。

とはいえ、春雷は鳴ったのだ。これから騒がしくなりそうだった。


「……春雷はね?」

「ん?ああ、教えてくれるのか」

「春雷はね、春の訪れを告げるものなんだよ。そしてその雷鳴で冬眠していた虫を呼び覚ますものでもある」

「……ああ、だから春雷」

「そ。で、どうする?起きる?まだ寝てる?」

「……まあ、寝耳に水だったけど」

「私もだったよ」

「だけど起こされちゃったからなぁ。随分長話しちゃったな。そろそろ帰ろっか?」

「いいとも」

私と彼は席を立って帰路についた。

傘立てから、念のためにと今朝持ってきた傘を引き抜く。これだけ晴れた中傘を持って歩くのは少し滑稽だった。

帰り道で彼は言った。

「今日は愚痴を聞いてくれてありがとう。随分気が楽になった。まあ、耳が痛い事も多かったけど」

「君はバカだなぁ」

「わかってるよ」

「四月中?」

「さて、どうかな……彼女と同じバカになるのも悪くないかもな」

笑ったようだったが、やや暗くなってきたのでよく分からなかった。


「じゃあな」

「うん、ではまた明日学校で」

そう言って彼と十字路で別れた。

春雷は寝た子を起こす。

きっと告白された彼の回りでも、ぬるま湯に浸かっていたような思考をしていた女子が慌てふためいてるに違いない。

我が親友の回りでも、彼以外にも案外動きがあるかもしれなかった。


(……振ってくんないかな)


私は持っていた傘をくるりと回すと、彼には悪いがそう願った。

とはいえ春眠暁を覚えず、私はまだまだ寝てる気でいる。

痛みはあるし、取り上げられるのは困るが、このぬるい関係性もまた私は好きなのだ。

ギリギリまで粘りたいと思うのは私が弱腰だからそれともよくばりだからか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春雷 dede @dede2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ