第7話 先駆者
棒が撃ち合った瞬間、ザインの切っ先が下がる。滑らせて僕の打ち込んだ棒の軌道をずらし、逆に打ち込む気だ。
僕は抑えながら巻き込む。ザインが切っ先を跳ね上げた。
瞬きする間もないほどの一瞬で、僕とザインは交錯した。
まだ撃ち合った硬い音が響いている。
地に足が付くと同時に身体を捻りながら潜り込む。ザインも動いていた。
屈んだ頭上を棒が掠め、僕は棒を跳ね上げる。
ザインは身体を開いて躱し、わずかにその身体がぶれた。
身体を起こしながら棒の柄でザインの棒を打ち、その懐に身体を入れる。
肘を撃ち込む。
いや、上から抑えられた。押さえた手がそのまま胸に当てられる。
思った瞬間、僕の膝は落ちた。
重い衝撃が胸から身体全体に広がる。
ルクスの衝撃波だ。ルクスにこういう使い方もあるのだ。
咳き込みながらも身体を起こした。
「本当に驚かせるな。一撃目の捌き、あそこまで出来る奴はそうはいない。俺も本気になった」
傍らにザインが腰を下ろす。
「今のは、ルクスの打ち込みですか」
「そうだ。そのまま殴りつければ、互いのルクスの打ち合いになる。そっと手を密着させれば、おまえのルクスの干渉を受けないからな」
「では、手を付けた後でルクスを込めるのですか」
「違う。こっちに来いと思いながらルクスを込めるんだ。そうすれば相手の身体を引き寄せるルクスはその身体に溜まり、四散する。衝撃は外に抜けずに相手の身体を撃つ」
「こういう使い方を初めて知りました」
「ルクスは、様々に使い方がある。教えて貰うといい」
ボルグ先師が声を掛け、椅子を引いた。
「はい」
「ところで、数学理論を返しに来たが、内容は把握できたのか」
ボルグ先師の目が射貫いてくる。この目は、僕を試す目だ。
その目を見ながら、引かれた椅子に腰を落とした。
「現象を数値化したもので、大切なのは導き出される答えではなく、公式です。この公式は聖符ともリンクしています」
「ほう、では公式でルクスの発動はするのか」
「いえ、公式はあくまでも現象の流れを証明したものに過ぎません。公式ではルクスの流れを制御できません」
「なるほどな。数学と聖符の重なる点はそれだけか」
「いえ、聖符の外周にある円。これはルクスの循環を現しますが、数字の零とも呼応します。始まりであり終わりでもある。全てを内含するものです。まずは零という概念がなければ、聖符も数学も成り立ちません」
「その口ぶりでは聖符のことも理解したようじゃな」
「はい」
「ならば聞こう――」
ボルグ先師との問答は延々と続く。
ボルグ先師が本を閉じ、それを終えた時には僕の頭は思考が止まったようにすら感じた。
さすが最高学府の先師だ。質問も細かく計算まで交えてくる。思考をフル回転させても即答など出来なかった。
そこへ、
「ここを出て、自由になれば何をしたい」
不意に尋ねられた。
「国を導きたいです。歪でない真直ぐな国造りをしたいです」
咄嗟に出た言葉がそれだった。
思考が止まった中で、即答したのは僕の潜在意識なのだろうか。
その答えに、ボルグ先師が楽しそうに笑う。
「よかろう、分かった。それで、魂の浄化はどこまで進んだ」
「まだまだです。第二門まではすぐに行けますが、闇の中に浮かぶ映像に慣れることはありません。最初と同じに自分の愚かさを見せつけられ、自殺も頭をよぎります」
「自殺か、下らんことはするなよ。それで第三門はどうじゃ」
「魂の焼かれる感覚は、言葉に出来ません。本当に魂は浄化されているのか。これが永遠に続くのではないのか。僕の魂は、汚れ切っているのではないのだろうか。様々に思います」
「そうか、わしらはそれを知らん。それゆえ掛ける言葉もない。おまえが先駆者になるのだから」
先駆者、その言葉に頷くしかない。
僕には進む以外の道はないのだから。
「ダイムは修士を拾いものだと言った。しかし、それは違った。修士は、掘り出しものじゃ。わしは、学院で二十年、教鞭を取って来た。しかし、おまえほどの修士は見たことがない」
誉められた。僕はボルグ先師に認められたのだろうか。
「これからは、おまえには全てのわしの知識を与える。しかし、修士も取れる時間が少なく、わしにも時間がない。これからは、詰め込む講義になるそ」
「先師が直接教えて下さるのですか」
「当然じゃ。これからは礼儀も身に付けなくてはならん」
「ありがとうございます」
「振り落とされるなよ」
ボルグ先師に言われたその日から、睡眠時間は再び削られた。
ユリウス学院で習っていた詩歌や評論は下らない事と講義からは外され、代わりに統制と国体が中心となった。
統制は民への法と税、国体は官吏の配置と人員。国の向かうべき方向と王の在り方までもが含まれる。
そして史学と法律論。
ルクスの浄化で心は疲れ切り、講義で頭、武術で身体が悲鳴を上げる。
それでも、新たな知識は僕に翼を与え、武技は意識と身体の絆を深めていくようだ。辛いが苦しくはなかった。
ただ、壁に刻まれる傷の数に合わせて、体力が無くなっていくのだけはどうしようもなかった。
いや、その中で得たものがもう一つあった。
意識と一緒にルクスを潜らせることだ。意識を沈める時に自分自身のルクスを循環させる。ルクスは常に外へ放出されるが、それを身体の内側に回らせるのだ。
浄化に焼かれる痛みを和らげられないかと始めたことだった。痛みは変わらなかったが、その代わりに身体に変化が現れたのだ。
無くなっていく体力でも、多少の無理がきくようになった。集中力が切れにくくなった。これは大きい。それがなかったら、僕は振り落とされていただろう。
足掻いて、しがみついて、付いて行ってみせる。
ダイムとザインは僕の為に準備をし、時間を割いてくれ、ボルグ先師は執筆の手を止めてくれているのだ。
三人の教えをしっかりと刻むことが、その恩に報いることになるのだから。
僕は自分のベッドに戻ると、倒れるように眠った。
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