甘い蜜 とける花弁

ゆめのみち

蕾のうちに

「あそこの大きな公園あるやん?桜の木があるところ」

 1時間目が終わって友達と集まっていると、唐突に麦菊きくがおどろおどろしく話し始めた。

「あの公園にトンネルあるやんか…」

 私と日々にちが、あるねぇと相槌を打った。

「あのトンネル、前にまつりちゃんと夏樹と入ったんやけどね…骸骨があったんよ。どうやらあそこ、幽霊出るみたい」

 簡潔に分かりやすくまとめられたその言葉が終わると、しばらく静かになって、ええー!?と2人で口を揃えて驚いた。

「ああ、あそこ、え!入るの怖そうやと思ってたらそうやったん!?」

 あの怖そうな、真っ暗で何も見えなくて湿気で転けそうな、ゴキブリが居そうなのを想像して体がぶるりと震えた。

「そういえば…近くに墓があったって聞いたことがある。使われてるのか分からない墓」

 日々にちの付け足す言葉にさらに体が寒くなった。

「あそこは行かん方がええで、マジであかんやつ」

 と麦菊は自分の腕をさすりながら言う。相当怖かったのだろう。

 けれど友達との会話は過ぎるのが早くて──この時ばかりは時間が早いのか、家に帰ったら会えない分話したいのか──もう話題は水族館になっていた。

「かからんよな?あんなに煽っといてイルカショーで水なんてかからんよな?」

「全っ然かかんない!盛り下がるわー」

「あれって誰かの指示でかからんようなっとんかな」

「そういえば、角質を食べる魚入荷しとったで、うち、1時間くらい食べてもらっててん!」

「うわ、九重、ぶよぶよやん」

「意外とぶよぶよならんかったで」

 なんてあーでもないこーでもないと話しているとすぐにチャイムが鳴った。慌てて席に着いて国語の準備をする。

 それから先生がすぐに入ってくるのに全く入ってこなかった。

 さすがに5分くらい経てば異常なのでドアに近い子が開けて確認するが、先生は来てないそうだ。

 最初こそはいつ来てもいいように皆は座って黙って待っていたけど10分も経てば休み時間のようになっていた。それでも性格によってはきちんと座って待っている子も居れば、座ってるが落書きをしている子もいる。私と麦菊と日々にちは、座って大人しく何かをしているタイプだ。

 らくがき帳を出して大好きな浅田真央やしょこたん、たまごっちなどを描いていく。キラキラのドレスを着せたり、めめっちとまめっちの恋の応援に漫画を描いたり。

 意外と集中していたようで、首が痛いからと上を向いた時に、誰かが「もう30分も経ってる、ラッキー!」という言葉に驚いた。

 ちょうどその頃、隣の組の東雲先生がやってきた。

「先生が来てないからってはしゃぐのは分かるけど、こっちまで聞こえているんだよ。少し静かにね」

 とだけ言って戻った。

 先生がどうして来ないのかはなく、注意もあっさりとそれだけだったので、すぐに意識はらくがき帳に向かった。

 昨日読んだ漫画に「お前はショタコン《しょこたん》だからな」と、しょこたんが出てきていた。全く関係ないと思っていたけど、しょこたんが出てきて嬉しい。

 さて、描こう。そうした時だった。

「しーのーはらはーロリコンー!」

 と、突然男の子たちが言いはじめた。それはあまりにも大きく、注意してきた先生と似た名前で言っている。たった数回、その男の子たちが言うと組全ての男子がそれに悪ノリした。

「えー!あいつロリコンなの?俺とかどーしよー!」

 など盛り上がっている。

 何度か勇気ある女子がそれに対して注意をしてくれているが、あいつの名前じゃねぇし、だからあいつじゃねぇし、とのらりくらりとしている。

 さすがに女子も呆れて、友達と続きを話し始めた。

 話からするにロリコンというのは悪い言葉なのだろう。けど先生は悪い人ではなく、私のような引っ込み思案の子にも良いところがないか探そうとしてくれる。なんだか気分が悪い。

 嘘なのに、悪い人だとはやし立てる。それが物凄く気持ち悪かった。


 結局2時間目はまるまるっと先生は来なかった。ロリコンコールは休み時間も続いていた。

 3時間目が始まってしばらくしてから先生が慌てて入ってきて、息を切らしながら謝った。

「ちょ、忘れ物し…今日の授業でつ、使うプリン…フォ…」

 そう言いながらも、苦しそうなのにきちんとプリントを配っていく。

 多少ミスはあって余ったプリントを1番後ろの子が先生に運ぶ事はあったが、3時間目はあまり滞りなく授業は始まった。

 正直、勉強は嫌いなのでショックだ。できれば今日の分、1日まるまるっとなくなってほしかった。それでもマシなのは、算数が数分とは言え時間が削れた事か。

 分からないから当てられるのが嫌なのにわざわざ当てられる。指で数えないと出来ないから時間は全く足りない。もっともわり算が出てきたらもうお手上げだ。どうしたものか。

 心の中でねっとりとした重い憂鬱なため息をつく。

 先生が言うには、まずはこことここのかけ算だから…7に、8.9.10.あれ…10の次なんだっけ…ああ、またやり直し。人に指で数えているのをバレないようにしながら数えるが、どこまで数えたかも忘れやすく、次の数字が分かりにくく非常に疲れる。

 まだ1門目も解けていないのに、解けた人手をあげて、と言われた。ここで分かるフリをして手をあげても当てられるし、かといって手をあげなくても「分からないなら前に来て解いて」といらないお節介をされる。

 友達と会いたいけど、学校に行きたくない。また心の中でため息をついた。またこれで男子に馬鹿にされるんだ、大声で、知らない人の前でも。たし算も出来ないから。

 泣きそうなのを我慢して、なるべく当たらないように祈って、身を縮こませる。

「…………」

 4門、つまり4人。24人中4人。来るな、来るな、と思いながら1門目を解けるように頑張っていく。

 柏木さん、西野さん、と一人一人呼ばれていく。

 あと2人。

 わざとなのか、これをされたら嫌がる事を先生は知っているのか、当てるのを焦らしていく。

 んー、だーれーにーしーよーうーかーなー、なんてのんきに呟いている。

 今田さん……………桜木さん。

 ああ、呼ばれた。桜木。学校に行かなかったら学校から家に連絡が行くんだろうな、学校に行かなかったら殴られるんだろうな。だからむりやり行くしかないな。

 うつむきながら黒板の前に出る。もうすでに1門目の人と2門目の人は書き終わったみたいで戻っていった。

 今田さんも分かっていなかったらいいのに。なんて黒い気持ちで目の前の数字を見る。

 黒板の前、つまり皆の前なので指で数えれない。指で数えて分かるのは、1桁のたし算ひき算だけなので、目の前のかけ算などを使った数字はどう考えても分からない。

 ただ沈黙が教室中を包んでいく。

 目の前の数字を見つめるだけで、心の中ではもうとっくにパニックになっていた。

 また馬鹿にされる。笑われる。友達も、私の事を嫌いになったんだろうな。なんで先生は私をいじめるんだろうか。

 指がなければ数えることも出来ない。数える事も難しいから、メモをしながらじゃないと出来ない。

 そうやって数分か、10分か、それとも3分かもしれない、時間が経った。

「………もういいよ、戻って」

 と言われてチョークを起き、またうつむいて席に着く。先生は再び、これ分かる人、と選び始めた。

 ──なら最初から分かる人を選べばいいのに。

 なんて口にする勇気もないキツイ言葉を心の中で言いながら答え合わせが始まるまで続きを考えた。


 無事地獄の授業が終わった後、日々が来た。あんな友達としても恥ずかしいだろう出来事をなかったかのようにアイドルの話をした。その不安を吹き飛ばす、いつもどおりの会話は泣きそうなほど嬉しい。

「バク転?」

「そ!バク転!何回も連続で出来るんだって!顔だけじゃなく運動神経もあるなんて!かっこいいよねー」

「うん、凄いなぁ、あれぴょんって空中浮いてるやん。それ連続って、踊れる人ってひとあじちゃうんやなぁ」

「そうそう。一般人と違うんだねぇ」

「そういえば昨日、ちゃお読んだ?」

「読んだ読んだ!!」

「お休みするって悲しい」

「本当だよ、続きが気になるのに!なんで休むんだろ。理由くらい書いてほしいよ」

「いきなり休みやからなぁ...怖いなぁ」

「裏の組織に手をだしたのかな」

「あ、それで指を......」

 と話が膨らんでいっている途中でチャイムがなった。

 あーあ、話足りないな、次は何話そうかなんて考えながら授業の準備をした。

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甘い蜜 とける花弁 ゆめのみち @yumenomiti

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